十二話・十二.五話
十二
カケルと出会ったのは小学六年の時だった。正しくはもっと早い時期に出会っていたのだろうけど、私が確かにカケルを認識したのはこの時であったと思われる。
カケルと私は同じクラスになった。六年間で初めてのことだった。当時の私は、勉強こそあまり出来なかったが、運動がそれなりに出来て、酷く暴力性な部分を兼ね備えていた。だが日常的には人に優しく、クラスの中心となることが殆どであった。
カケルも大体似たようなもので、まだこの時は私より暴力性が少ないだけだった。
カケルはバスケ俱楽部に入っていた。カケルの二番目の兄がバスケをやっていて彼もそれに影響されてのことだったらしい。ちょうど私もバスケ俱楽部に入っていたので、私たちは自然と仲良くなっていった。だが次第にぶつかり合うことも多くなっていった。
会話の節々に、まだ上下関係が明確に決まっていないことが主な原因だった。カケルは噂で知っていたのだ。六年生に進級するまでの私の暴力性を。カケルも私も探っていたのだ。こいつに対して上から行けばよいのか、下に出ればよいのかを。簡単なのは後者なのであるが、それはお互いの矜持が邪魔をした。
この頃は、どこのクラスでも虐めが流行っていた。来る日も来る日も、ターゲットがコロコロとサイコロのように変わって掌返し上等なんて野蛮な行為は、日常茶飯事のように行われていたのだ。そこに男女の壁はなかった。人であれば限りなく虐めの対象だった。
だが私たちのクラスは、少し違っていた。カケルにつくか、私につくか、それが狭い教室という世界の常識になっていた。それでもカケルは、私よりかはまだ少し大人だった。三男であるのが原因かは分からないが、カケルは「譲る」という能力を持っていたので、私と全面的にぶつかるという事はなかった。休み時間では互いを首領とし、ドッチボールやバスケで競い合う所謂冷戦状態であった。
だがこれによって一人ぼっちという恐怖からは皆が守られた。対クラス全員という構図が無くなるということは、他のクラスの子たちにとってどれだけ羨ましがられることであるか。虐めはそれほどまでに校内を、感染ウイルスのように蔓延していた。だが私達の教室は、国でも違うかの如くその様な虐めウィルスは、全く流行らなかった。
十二.五
「今日は雨やし校内鬼ごしよか」
昼休みに私はそう仕切りながら、八人の生徒たちにじゃんけんをするように仕向けた。その中にはカケルを含めた『カケル派』が四人いた。
じゃんけんの結果、カケルが鬼になった。鬼は六十秒教室で数え、スタートする。鬼に捕まったら鬼の仲間になる。休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、生き残ったらそいつの勝ち。全員が鬼になったら、鬼の勝ち。
だがこれは普通の校内鬼ごではなかった。つまり派閥抗争の一つであったと言える。カケル派の誰かが鬼になれば、カケル派の皆は必然的に鬼の仲間になることが確定していた。それは逆も然りである。そして今回はカケル本人が鬼になったので、カケル派の三人は開始直後すぐに首領に捕まって、我々ケンジ派の捜索にあたった。
ケンジ派の三人は続々と捕まって鬼になったが、決して私を鬼にすることはしなかった。むしろ私を見つけると敵が何処にいたのか、その情報を素早く教えて私を逃がしてくれた。私はカケル派の四人から逃げ切ればいいだけだった。
そしてチャイムが鳴る一分前に私はカケル本人に捕まった。
「よっしゃ! 俺らの勝ちや!」
カケルの発言からみてもよく分かるように派閥抗争を意味していた。その時のカケルはとても満足そうで、仲間たちと楽しそうだった。チャイムが鳴った。私は一人置いてけぼりになったような、冷たい感覚に陥り、気付いた時には、教室の前の扉に向かってカケルの背中を強く突き飛ばしていた。パリンッと硝子が割れ、近くにいた女生徒が悲鳴をあげた。幸いカケルは扉にぶつかっただけで、大きな外傷はなかった。だが驚きと次にやってくる怒りで私の胸倉を掴んでいた。我々は互いに胸倉を掴みあって教室内まで縺れこんだ。教室内は騒がしくなった。
「誰か先生はよ呼んできて!」と誰かが強く叫んだ。
私はカケルに机とイスに押し込まれ、無様に倒れた。頭を強く打った。視界が一瞬ぼやけて、すぐに立ち上がりカケルを押し飛ばした。次にカケルが机とイスと共に無様に倒れた。私はすぐさまカケルを引っ張りあげ、教室内を引きずり廻して、教卓近くにあるストーブにカケルを放り投げた。カケルはそのままストーブに直撃した。ストーブがボウリングのように倒れ、その上にあったヤカンからお湯がこぼれてジュウと音をさせて、ついでカケルを濡らした。
「何しとんやお前ら!」
担任の若い男教師が慌てて我々の間に入って、派閥抗争は一時中断とした。
カケルは驚くほど怪我がなかった。ストーブにぶつけた肘辺りに掠り傷があるくらいで、頑丈な奴だった。
その放課後、私と母親とカケルとカケルの母親が学校に呼ばれ、互いに謝罪をした。カケルの母親は、化粧が若くて、とても気遣いが上手い女性であった。
先生からの話も終わって私とカケルの母親は、校門前で互いに何度も謝りあって、いつの間にか息子たちの苦労話に華を咲かせ仲良くなっていた。
置いてけぼりにされた私とカケルもそれを見て、何か前とは違った感情が生まれていた。
我々は兎小屋の前にある半分だけ地面から出ているタイヤの遊具に座っていた。
薄っすらと月明かりが運動場を照らし、校舎を見れば、職員室以外の教室にも幾つか電気がついていたりして、何か愉快な気持ちになった。
「もう、こりごりや。こういうの」
カケルは少し笑って言った。
「せやな。悪かったなカケル。明日からは俺らも協力して遠藤を守るわ」
遠藤はカケル派の一人で、他のクラスの奴から五年の時の因縁でちょっかいをよく出されていることを私は知っていたのでそう言った。自分でも驚くくらい自然に出た言葉だった。その後には、自然と気恥ずかしさもこみ上げてきた。
「そうか。助かるわ。他にも俺がムカつく言う奴がおるからケンジらが協力してくれると助かるわ」
私たちはこうやって互いの敵を共有し、ケンジ派が力を貸すことで、より仲良くなっていった。結果的に私が上とかカケルが下とか、そういう力関係は自然となくなっていた。
そうしてクラス対抗の運動会や音楽会、その他の行事で我々は、異常な強さを誇った。京都と大阪と奈良の修学旅行も楽しかった。卒業式でクラスが解散してしまうのが悲しかった。後に我々は派閥を超えて唯一の友となっていく。だが、私はこの時、一つ異常な行動をしていた。それはカケルを殴らなかった、ということだ。私は確かにカケルを殴ろうと彼の表情を見ていたことは認める。普段は決してみせない怯えた小鹿のような顔にも見えた。それがどうした。何故殴らないのか。今まで殴ってきた相手と何か違うとでもいうのか。この一種差別的な行動の裏側には何の意味が存在するのか。もしカケルを殴っていた未来があったのなら、どうなっていたのだろうか。ちょうど兎小屋にいた一匹の兎が、赤い目を強烈にギラギラと光らせて、私を睨んでいたのを今でも覚えている。
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