六話・七話・八話

 六


「ケンジ。最近ちょっと冷たくない」

 A子はおどおどした様子で私を窺った。

「……そうか?」

 私は不思議そうにA子の綺麗な鼻を見つめていた。A子はとても鼻筋が綺麗な女生徒だった。

「なんで、どうしたん急に」

「最近、あんまり遊んでないかなって思って」

 A子は気まずそうに下を向いて歩いていた。確かにA子の言う通りであった。私とA子が正式にお付き合いをしたのは14歳の時で二回目であった。「正式なお付き合い」という言葉が正しく存在するのか分からないが、一度目は正式では無かったのだと思う。

「そういえばそうかな。じゃあ土曜日どっか行く?」

 A子は少し嬉しそうに私の顔を見て、また下を向いた。

「どっか行きたいところある?」

 私は少しだけトーンを上げて聞いた。

「どこでもええよ」

「えーと、じゃあ映画とか」

「うん」

「何見る。何か見たいもんある?」

「なんでもええよ。あ、ホラー以外やったら何でもいい」

「……それやったら、行ってからなんか決めよか」

「うん」

 A子を家に送った私は、近くの公園でひとり、煙草を吸う事にした。吐いて、吸って、また吐いた。その白い煙が、曇り空に吸い込まれて雲の一部となったような気がして、魂が抜けたようにそれを眺めていた。

「しんど」

 この時の私は、A子が嫌いな訳では無かった。ただ好きでも無かった。それはA子だけではなく、誰に対しても同じだった。本当は映画なんて行きたくないのではなく、A子と時間を共有する事に疑問や不満があって、そこに好嫌は関与しない。

 さっきA子と話した映画のくだりも、過去に六回くらいした会話だと言う事にも気づかず。後にそんな自分さえも厭になって堪らなくなる事にも気づかず。時はただ、透明に流れていくのだ。


 七


 私が生まれてケンジと名付けられ、数時間後に生まれた人はタカシと名付けられた。

 私たち双子は両親に愛されていた。父親も仕事盛りの二十代後半であったが、暇を見つけてお風呂に入れてもらい、そこまで広くない団地であったが、ちび二人を育てるには十分な広さで、朝昼晩とご飯を与えられ、眠るときは優しくあやされ、時には抱っこやおんぶをしてもらい、弟と色違いの服などを買ってもらったりと、それなりに衣食住が保証されていた。

 二歳の頃にタカシが重度の肺病を患い死んだ。私はその時のことをよく知らないが、両親はとても悲しんだと言う。ついでに私の記憶にタカシという人物はいない。唯一タカシと私が一緒に住んでいたという証明があって、それは私とタカシが寝転がっている写真だった。タカシが死んで、両親は私をより丹念に育ててくれた。二人分に分割されていた愛が一点に集中する形となった。

 もしタカシが生きていれば、今の私は少し違ったのだろうか?


 八


「分かった。ケンジがどうしてもって言うんやったらそれでいい」

 A子は真顔で何処かに行った。私は、A子と15歳の時に別れた。理由は極普通に「友達と遊びたいから今はA子と付き合ってる暇がない」と言った。A子は理解不能な様子で「ケンジ」と言った。

「うん」

「なんで私と付き合ったん?」

「A子が好きやったから」

「ふん。今は」

「恋愛感情はないかな。なんでA子は俺に告白したん」

「好きになったら仕方ないって言うやろ。それ」

「そうなんや。俺も……いやなんでもない」

 これでいい――私はひどく、すごくひどく、心が軽くなって、心が高揚した。同じなんだと私はこの時、解釈したのだ。A子は私を好きになって仕方がなかったように、私もA子が好きになれなくて仕方なかったのだ。

 良かった。俺はまだ、ずれていない。

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