三話・四話
三
(小さな団地前にある公園にて。ケンジ、夏羽がベンチに腰掛けている。夏羽の腕には、生後七か月の進化前が目を瞑っている)
夏羽 ケンジは?
ケンジ ……。冬に匂いなんかあるか?
夏羽 あるやん。春も夏も秋もあるやろ? ああ、もう春の匂いやなあみたいな。
ケンジ いやないやろ。
夏羽 は、あるし。え、噓やろ? ケンジ、冗談やんな?
ケンジ 何がおもろくてこんな冗談言わなあかんねん。
夏羽 噓やろ……考えられんわ……えっちゃんこの人やばいわ。
進化前 ……。
夏羽 まぁええわ。ほな好きな季節なに?
ケンジ 春かな……秋でもええけど。やっぱ春かな……秋やったら寒なっていく感じが嫌やわ。
夏羽 噓……夏羽は断然冬やわ。暑いのだけはほんま無理。あ、今夏羽の癖にとか思ったやろ。知ってんで。
ケンジ いや、別に。
夏羽 絶対思てたやろ。知ってんで。
ケンジ いやほんまにそんな、なんも思ってへんけど。
夏羽 ふうん。ケンジって暑いの耐えられるん?
ケンジ いやまぁ嫌やけど、寒かったら指とか動かんなるし、動くのも面倒くさなるやろ。それがだるいわ。
夏羽 いやいや暑いのも同じやろ。まあ指動かんとかはならんけど、冷房の部屋から出た時のムワッとするあれ、ほんまめっちゃ嫌やわ。肌も汗でベタベタするし、虫もようけ出てくるし、匂いもなんか好きになれんな。
ケンジ あのさ、さっきから言ってる匂いって結局何なん? いい匂い、それとも臭いん?
夏羽 うーん、なんかようわからんねんけど、あるやん。うわっ、もう夏の匂いや。最悪やわーみたいな。
ケンジ なるほど。
夏羽 絶対分かってないやろ。知ってんで。
ケンジ いやなんか段々分からんくもないかなあ思てきて。
夏羽 ほんまにぃ。じゃあ冬ってどんな匂いや思う?
ケンジ 分かりかけたのさっきやから、今年の冬なってみな分からんわ。
夏羽 ほんじゃあ今は。
ケンジ なんか、草の匂いとかするな。
夏羽 ちゃうちゃう、それただ公園の匂いやろ。やっぱケンジなんも分かってへんわ。
四
彼女は少し吹き出しそうに頬を緩めて、私を探るような目つきでなめまわしている。
生涯このような言葉を私に言った人は、彼女しか知らない。思えば彼女と出会ったのは14歳の頃で。カケルの住むマンションの駐輪場だった。
「おい、夏羽。紹介するわ。俺のツレのケンジ」
「よろしく。ケンジのことはカケルからちょくちょく聞いてるで」
「ああ、そうなんや。まあ……よろしく」
隣の中学に通う夏羽は、どちらかというとそんなに可愛い方ではなかった。目つきは狸のように切れ長で、あとは女の身体をしていて、これといった特徴も他にないカケルの第8号目の彼女だった。夏羽はピアニッシモを吸っていた。確かにこれも女みたいだった。
「ケンジA子は?」
カケルがマイルドセブンの八ミリを口に加えながら私に言った。
「今日は別に会う約束してへんけど」
「呼ばへんの? せっかくやから四人でどっか行って遊ぼかな思てんけど」
「いや、今日はええやろ」
「なになに、喧嘩でもしてんの」
夏羽は結構馴れ馴れしく喋ってくるタイプだった。私は赤のマルボロに火をつけて、一口長めに吸って、吐いて、それから答えた。
「喧嘩なんかしてへんけど。普通に会いたくない日もあるやろ」
「えー夏羽は結構毎日会いたい人やけど。なー」
夏羽はカケルに媚びるような言い方をした。カケルは白煙をくゆらせて、じりじりと燃える火先を眩しそうに目を細めながら、少しはにかんで頷いた。
その日は公園に行って、カケルの家に常備されているボロボロのサッカーボールを使って、三人でインサをして遊んだ。
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