第4話 彼女は手品師ではないので、種明かしにも一癖ある
「これがさっきの現象のタネよ」
初理は白衣の腰ポケットから、手に収まるくらいのリモコンのようなものを取り出し、机に置いた。
「――触っても?」
「うん」
一颯はリモコン形の『魔道具』を持ち上げると、まじまじとしばらく眺めた。中央には『魔力抽出器』と接続されていると思われる、親指の腹くらいの大きさのボタンがある。これを押すことで、人体に流れる魔力が勝手に吸われて、勝手に『魔法』が発動するのだ。
「携行型の光学迷彩……。これ、結構な大発明だと思うんですけど、学校に提出する予定はあるんですか?」
現在、表には出ていないが、全身に着込むタイプの光学迷彩用魔道具――光学迷彩スーツのようなものが、魔道大学やその他研究機関にて開発中との噂がある。確かこれは、光学迷彩以外にも様々な機能を備えているものの、その形状の関係で持ち歩くのは容易ではなく、突発的事象に対する即時使用が難しいものらしい。
しかし、初理の作ったこれならば、スマホ感覚で持ち歩き、すぐに使用することができる。
とはいえ、悪用される危険性もあるため、この魔道具をそのまま一般利用、なんてことにはならないだろうが、一颯には、技術的な面で相当に価値のあるもののように思われた。
――これでしばらくは依頼なんて請けなくても……?
だが、初理は首を横に振る。
「ううん。そんな大したものじゃないよ」
「……どういうことです?」
「はぁ……。そのあたりが長くなるから、その紙だけで済ませたかったの――」
初理は億劫そうにしつつも、メモ書きの内容も交えた魔道具の説明を始めてくれる。とはいえ、それが本当に説明なのかは、懐疑的になるまでもなく否定されるべきだということを、一颯は知っていた。
片鱗は、説明開始直後から現れ始める。
スムーズに話し始めてくれたかと思えば、急にぼそぼそと独り言を言いながら考え事に耽り始めた初理。戸惑いを隠せない綾香を一颯は落ち着かせて、初理の頭ががくんがくん揺れるくらいまで肩を揺すった。よく分からん呻き声が初理の口から漏れている。
思考の海から帰還した初理が説明を再開する。一分もしないうちに「ちょっと休憩」なんて言って、ぼうっと虚空を眺め始めた。今度は、大音量の音楽を流したままにしたスマホを初理の耳元へ近づける一颯。初理が飛び上がった。
初理の瞳に一般人の十分の一くらいの覇気が戻って、話が再開される。
しかしすぐに——
といった具合のことが何度も繰り返され、中断される度に、話が飛んだり、既出の話に戻ったり。
結局、本来なら十数分で終わる程度の話が終わったのは、開始から一時間が経過した頃だった。
「……疲れたわ」
初理が満身創痍といった風に背もたれにだらりと寄りかかる。疲れたのは俺の方だ、とは一颯は言わない。言っても無駄だからである。
「えっと、藤見君。今の説明分かった?」
「まあ、一応は」
どうやら綾香には伝わらなかったらしい。ただ、それも仕方のないことだろう。初理の説明は、聞き手の知識、理解力が足りない云々の次元を完全に超えていた。
「そう……。ま、まあ、うん。とりあえずさっきのは、その魔道具が原因ってことよね?」
「ああ。まあ要するに、光が身体をすり抜けている状態を疑似的に作り出す魔道具らしい。三浦のスカートが見えなくなったのも――」
「それはもう忘れて」
一颯の言葉を遮り、綾香が一颯を睨みつける。心なしか顔が赤い。
「あ、ああ悪かった。忘れる」
どうやら余計なことを言おうとしていたらしい、と一颯は解釈をして、大人しく謝った。
ちなみに綾香スカートが透明になった理由だが、透明化の魔道具の機能実験のために、透明になった初理がスカートに触れたから、とのことだった。
着用した衣服を含めた使用者の全身に加え、使用者の手に触れた物体をも透明にできるというあの魔道具。その性能限界が、女子用制服のスカート程度の大きさの物体、ということらしい。自分ので隠れてやってくれという話である。
「……じゃあ、依頼についての話に戻すけど」
「ああ、頼む」
ようやく本題かと、一颯は椅子に座り直しながら、『依頼書』へ依頼内容の記入をすべくペンを構える。
この部に持ち掛けられてくる依頼は、基本的に一颯の手に負えないものが多い。
魔道具研究部への依頼という性質上、内容はどうしても魔道具に関することになる。それも、普通の生徒には解決できなかった問題だ。
しかし、一颯には一人で魔道具を作成、修繕等をするための専門的な知識がまだまだ足りていない。多少勉強はしているが、それでも初理のそれには遠く及ばない。
だから、魔道具に関しては初理に丸投げし、こうした事務的なものや、初理の手綱を握ること、要するに、依頼者・初理間の橋渡しこそが、自らの役割だと認識していた。
だが、続く綾香の言葉は、そんな一颯の気構えを打ち砕いた。
「ストーカーを何とかして欲しいの」
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