第59話:隠された道
それからすぐ向かったのは、四つある監視塔の南東にあるものだ。ほんの少し前、一度は公爵を探しに訪れた。
「地下ももう探しましたが」
「ああ、覚えてる。今度は探す物が違うんだよ」
「違うとは、何を?」
「サリハの言った通りだ。隠し通路だよ」
互いに消耗が激しく、拮抗は崩れていない。どこまで「参った」と言わないか、我慢比べと言ってもいい。
公爵にとって最大の誤算は、城を奪われたことのはず。取り戻すにも十分な人員がなく、目下の居場所に事欠く。
となれば誰も知らぬ場所へ隠れたくなるのが、人情というものだろう。
「私は想像を言っただけですが、本当にそんな物が?」
「さあな。分からねえから調べに来たんだ。なかったらまた別の可能性を探すさ」
「――ザハークには挫けるとか萎えるとか、そんなことはないのですか」
地下室への細い階段を下りつつ、サリハは問うた。言い方次第で貶したともとれるが、彼女にそんな気配はない。
「挫ける、ねえ。食ったことはないな」
「こんなときに冗談まで。私はいつも心配するばかりで何も出来なくて、余裕がありません」
ザハークのように強くありたい、と。サリハは苦笑する。
「俺は何も強くはない。目の前のことしか考えられねえ阿呆だから、そう見えるだけだろうさ」
「阿呆なんて。そんなことは絶対にないです」
「じゃあサリハも弱くはない。村の奴らのことを自分より先に考えるなんて、俺には真似出来ねえこった」
彼女に頼まれることなく、ただ惨状を見ただけであれば。ザハークは、どうにかしてやろうと考えなかった。
「俺を強いと褒めてくれるなら、その俺を動かすだけの強さがサリハにはある」
「ザハークを動かすだけの強さ? そんなものがあるなら――」
サリハの声はまだ続いたが、小さくなって聞き取れなかった。先を歩くザハークには、表情も見えない。
嬉しいとか何とか聞こえたように思うので、機嫌を損ねたわけではなかろう。
「さて」
「ここで間違いないのですか? 他の監視塔にも、同じ地下室があるのに」
会話が続く前に地下室へ着いた。木組みに石の積まれた、頑丈な壁に囲まれる。
どこへ通じるのか、頭上に明かり取りの隙間が見える。おかげでサリハも危うげなく歩くことが出来た。
「たぶんな」
「何かあるようには見えませんが、どうやって探しましょう」
外から見える場所に、城壁と城とを繋ぐ物はなかった。ならば通路があるとすれば、地下しかない。
言ってしまえば簡単だが、人の通れる穴を掘るのは途轍もない労力がかかる。それをなるべく軽減するには、近い場所を選べば良い。
ザハークが推測したのは、単純にそれだけだ。外れれば格好が悪いので、特に説明もしなかったが。
「サリハに手間をかけるまでもない。もう見つけた」
「そうですか、もう……えっ? もう見つけたのですか」
隠し通路の入り口を探すのに、ザハークはぐるっと一回転しただけ。サリハには、そうとしか見えなかっただろう。
実際にその通りだが、一つ特別なのは蛇人の眼だ。
温度の配置だけで、人間の男か女かくらいは見分けられる。その眼を以て壁を見れば、ただ積み上げた継ぎ目なのか、抜けた先が空洞なのかは一目瞭然だ。
壁の一か所にだけ、ほぼ正方形に温度の低い継ぎ目があった。
「ここなんだが、押せば開くのかな」
最悪は破壊しても良い。しかしほんの少しの力をこめるだけで、壁は口を開けてくれる。小柄なサリハなら、少し屈めば通れるだけの大きさがあった。
「暗いな、見えるか?」
「いえ、まったくです」
入り口さえ抜ければ、ザハークも立てる高さだ。幅は狭いままで、並んで歩くことは出来ないが。
壁に灯りの用意はなく、手探りで進むのも難しい。もちろんザハークでなく、サリハにとってだ。
「灯りを探してきます」
「いや、時間がない。乗れ」
跪き、背を向ける。まだここでならサリハにも見えるはずだが、すぐに動こうとしない。
遠慮をしているようだが、その時間も惜しかった。強引に掬い上げるように背へ乗せ、すぐさま走り出す。
「足を引っ張るばかりですみません」
「そんなことはねえ。むしろ俺のほうこそだ」
「ザハークが? そんなことは一度もありませんよ」
なくはない。サリハが拘束されたのは、ザハークのせい以外の何物でもなかった。彼女を発見したときは安堵と喜びで、謝るのをすっかり忘れていたが。
「ハッ。俺なんかを、そこまで信用させちまったのが罪だ。詐欺だな」
「嘘なのですか?」
真っ暗な通路は、どれだけ続くのか。耳許へ囁かれた言葉に、ギクリとする。
嘘なのかとは、ザハークのどの言葉を指しているのか。あるいはどの行動を。
正直者では到底なく、嘘を吐くのはむしろ頻繁だ。だが振り返って、彼女には吐いていないと思う。少なくとも、意図して騙した記憶はない。
「嘘でも構いません。今まで誰も、そんな方便さえ聞かせてくれた人は居ませんから」
――急にどうした?
何の話をしているのか。推測するに、サリハ個人の過去を儚んでいるようだ。
間近でも顔の見えぬ暗闇が言わせたのかもしれない。巫女の予備と、自身を蔑んで生きてきた女だから。
「嘘じゃねえさ。もし知らずに言ってたとしても、今から本当にしてやる」
「信じますよ?」
「これを信じないと言われたら、立つ瀬がねえな」
返事はなかった。ザハークの首すじへ、何度か顔を擦り付けるだけだ。
そのうち、出口らしき光が見えてくる。それには先にサリハが口を開いた。
「あの向こうへ居るんですね」
誰が、とは指定がない。公爵も含んでいようが、彼女の脳裏には別の姿が主にあるはずだ。
神殿で神官長は言った。イブレスは巫女を辞めたいのだと。
その真偽を確かめ、真意を知らねばなるまい。行く先へあの巫女が居なければ、もちろん手伝ってやるつもりだ。
だから「分からない」とは、答えなかった。
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