第56話:特等の証明
「さあ。特等などと煽てられた阿呆が、この上どんな恥を晒すのだ。たった一人で、何が出来ると言うつもりだ」
天空騎士団の長は、突撃を保留したまま嘲る。己の後ろで何が起こったか、まだ気づいていない。
ザハークが提案し、騎士団長が指示をした。ラエトは奴隷を味方に付け、僅かな兵士と使用人の残る城を占拠したのだ。今ごろは門という門が閉じられ、城壁の監視台に居る公爵は戻る場所を失っている。
「大したことじゃねえさ。例えばそう、たまには後ろを振り返ってみるのも大切だとか。それくらいだ」
「ふざけたことを」
多少の距離があろうと、敵を目の前にして後ろを向くのは自殺行為だ。ただし今がそうであるように、ハッタリでない場合も多い。
天空騎士の数人が、目視したい誘惑に負け振り返る。
「……き、騎士長! 城が!」
「城がどうした」
「王家の旗が降ろされ、騎士団の旗に変わっております!」
「何い?」
騎士長はそれでも振り返らなかった。慌てる部下の顔色だけを横目に、「チッ」と面頬を下ろす。
「公爵閣下の護衛へ、二人戻れ」
王家の旗を、臣下が自身の物とすげ替える。それは謀反以外の何物でもない。冷静な声に、両端の巨鳥が引き返した。
真実を知った騎士長は、事実を騎士団長へ問う。
「騎士団長さま。宿将の誉れ高い貴方が、王家に弓を引くとは。信じたくありませんな」
言いつつ、騎士長は残った七羽のうち、四羽までの高度を落とさせた。騎士団が城へ戻る道を塞ぐ格好で。
「儂は大馬鹿者であったようでな。陛下と閣下の目を覚ませられるのなら、謀反人の汚名も甘んじて受けようぞ」
「覚悟の上、ですか。ならばもう、語りますまい」
誰もが、言うべき言葉を尽くした。悔いはないか問うように、幾拍かの沈黙が訪れる。賑やかなのは旗を靡かせる風のみで、ザハークの背を押す向きに強く吹いた。
「――時は満ちた。敵は天空騎士団と、神官戦士団。敵も味方も、楽に死ねると思うな。我らが城へ辿り着くか、押し止められるか。意地の張り合いだ」
厳かな騎士団長の声が、敵と味方を選り分ける。神官戦士に不服があれば、この時だけは認められたろう。
しかし誰も、異議を唱えない。
「ザハーク殿。戦闘再開の檄を頼む」
「ああん?」
太鼓を鳴らしたり、猛将が叫んだり。そういう合図は戦に不可欠。そんなものは柄でなく、面倒としか思わない。しかし否と答えるのも興を削ぐ。
「ああ、そうだ。特等で思い出した」
戦う相手に対し、手の内を先に見せるなど愚の骨頂だ。だがあえて、そうしようと思った。これはただの殺し合いでなく、この国の未来を決める行いなのだから。
「俺はそれほど、依頼の完遂率が高くねえ。仕事熱心でもねえ。この国へ来たのも物見遊山だ。それでも俺が特等なんて呼ばれるには、理由がある」
耳を押さえるサリハに、腰のベルトをしっかり掴んでいるよう言った。もう大声は出さないから安心しろと。
「ダージ、
羽を生やした蛇。相棒の姿をひと言で表せば、それで間違いない。羽毛があるとかは、些事に過ぎない。
あまり指摘されないことだが。人の背丈の十倍近くもある体長を浮かべるのに、ダージの羽は小さすぎる。
だが竜は飛べるのだ。より素早く動くのに風を利用するだけで、浮かぶそのものは魔力で行っている。
「ギュエッ!」
「――ザハーク、これは」
頼みに応じて、ダージは身体の外へ魔力を放出し始めた。ザハークとサリハとを、薄く膜に覆っていく。
朧に光る色は赤く、血液が霧と噴き出したようにも見える。案じたサリハに「害はない」と、ひと言で答えた。
「相手がどんな大軍だろうが、千年生きた古竜だろうが。負けねえと決めたら負けねえ、ってことらしい」
それでも敵わぬ相手は、いくらでも居るだろう。そう思う気持ちが人ごとのように言わせてしまう。
だがきっと、そんな相手はこの国に居ない。
「だから。死にてえ奴だけ、かかってきやがれ!」
「ひっ!」
悲鳴を上げて、サリハは身を縮める。大声を出さないと言ったばかりなのに、悪いことをした。
しかし彼女の手は、ベルトをきっちり掴んだままだ。むしろ背中へ押し付ける力も増したように思う。
「反逆者どもに鉄槌を!」
騎士長の槍が、とうとう振り下ろされた。切っ先は紛うことなく、ザハークを指している。
部下の二騎は左右へ。その真ん中、ザハークの正面を黄金のとさかが突き進む。
「
三方向から最高速による急襲を狙う相手に、ザハークの反応は緩やかだった。池に浮かべたボートが、風に押されるほどしか進まない。
攻撃を受けるにも躱すにも、速度の高いほうが有利だ。反撃に転ずるなら、なおさら。
「押し包め!」
互いの槍の長さは、さほど違わない。突き、切り、払うことが出来るのも同じ。
ならば三本と一本では、どちらが勝つか。約束された勝利を見て、騎士長の命令にも力がこもる。
だが。
ニヤと笑ったザハークが槍を抜いたのは、まだ間合いの四倍も距離を残してだ。固定の金具を掛け、前に構える。と、赤い霧は槍をも覆う。
「てめえらの順番は、もうないんだよ!」
「待て! 転換! 逃げろ!」
その一動作だけで悟った騎士長は、巨鳥の鼻先を急降下に転じた。気づかぬ残りの二騎が、勢いそのまま突っ込んでくる。
「もう遅え!」
一閃。
横薙ぎに振り抜いた切っ先は、巨鳥にも天空騎士にも届かない。ただし纏った赤い光だけは伸び、彼らの胴を通り抜ける。
けれども二人の騎士はザハークのすぐ脇を過ぎ去った。振り上げた槍を、一リミも動かすことなく。
「ギャアッ、ギャアッ!」
異変を感じたのは、乗せている巨鳥のほうだった。「寝ているのか」と叱るように、自身の乗り手へ呼びかけて羽ばたく。
天空騎士の身体は、その振動で分かれた。金属の鎧に傷はない。胴体だけが上下に切り離され、バラバラに地面へと落ちていった。
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