第3話 出会いは突然に
「次の者……ん?」
入国審査を行っていた役人のような人が、アレリとルーンを見て目を見張る。
「それは……犬? いや、狼……か? ん?」
ルーンをしげしげと眺めていた役人だったが、そこへ一羽の小鳥が飛んで来て、その肩に止まった。
「あ、使い魔だ。初めて見た」
使い魔とは、精霊を動物の形にして使役するもので、高位の魔術師や精霊使いの
アレリの育った国には、民間に低位の魔術師がいる程度で、使い魔を使役出来るような者はいなかったのだ。
「ほう……」
アレリの言葉にその役人は少し感心したような様子だったが、使い魔の小鳥の伝言に耳を傾けて、今度はびっくりしたようにアレリを見直した。
「そなた、連れているのはもしや霊獣か?」
「あ、はい。我が家にずっと伝わる霊獣です」
「ふむ、では、こちらにおいでください」
急に扱いが丁寧になり、驚いているうちに、応接部屋のような場所に通される。
そこそこ上等なソファーに座るように促されて、アレリは不安に思いながらも、言われるがままに座った。
アレリの不安が伝わるのか、ルーンが警戒するように唸る。
「おお、我々は貴女に危害を加えたりいたしません。その、霊獣殿を鎮めてはいただけませんか?」
「あ、はい」
アレリは慌ててルーンに言い聞かせた。
「大丈夫。お話するだけなんだそうよ」
「クーン」
首の周りを撫でながら宥めると、ルーンはすぐに落ち着いて、その場に伏せる。
「心が通じておられるのですな」
「あ、はい。生まれたときから一緒なんです」
「それはそれは。あ、いらしたようですな」
誰が? という疑問は、すぐに解消された。
振り向いた部屋の入口には、肩に真っ白な鳥、いや、霊鳥を乗せた、聖職者のローブを着た青年がいたのだ。
明らかに高位の聖職者である雰囲気を発している青年を見て、アレリは慌てて立ち上がる。
一緒にルーンも立たせた。
「いや、そのままで」
落ち着いた心地いい声で、青年が言う。
その声に、霊力が乗っていることに、アレリは驚いた。
今まで、アレリは魔力を使う人は何度か見たことがあったが、霊力を使う人を自分以外見たことがなかったのだ。
簡単に説明すると、魔力は破壊や変化に特化した力であり、霊力は世界に同調する力という理解でいいだろう。
「驚かせてすまない。精霊達が大騒ぎをしていたので、どうしても直接お会いしたくなってね。足止めしてしまい、申し訳なかった」
「え、あ、いえ。こちらこそ、わざわざお運びくださって、ありがとうございます」
アレリは、長年培った礼儀作法で、反射的に優雅なお辞儀をしてみせる。
相手が、それに応じて、返礼を行ったのがわかった。
ただし、貴族的な礼ではなく、神殿風の敬虔なものである。
実は、アレリはこの国アンジュールに訪れたときに気づいてはいたのだが、青年に指摘されるまで、あえて無視していたことを改めて意識した。
この国は精霊の気配が濃いのである。
その多い精霊が、アレリと青年の周囲で、さまざまな色合いの光のように激しく飛び交っていた。
アレリは物心ついた頃から精霊と触れ合って来たが、家人からその力を秘めるようにと言い聞かされて育ったので、他人の目がある場所では、精霊の存在を無視する癖がついている。
しかし、青年に指摘されたことで、同じように世界を感じられる相手がいることを知り、その枷が外れようとしていた。
「貴女は、何かご用があって、この国を訪れたのですか? ああいえ、立ち入ったことをお尋ねするつもりではなく、もし、時間がありましたら、神殿を訪れていただけないかと思いまして」
物腰低く優しい言葉に対して、普段なら用心するアレリだが、青年の肩の霊鳥と、周囲ではしゃいでいる精霊を見て、悪い人ではないと感じたアレリは、これまで抱いていた不安の分、つい、弱音を吐いてしまう。
「実は、私、祖国を追放されてしまいました。行く当てもないのですが、それならせめて、貴国の精霊神殿をひと目見てみたいと、ここまで来たのです」
青年は驚いたようだった。
「国を追放とは尋常ならざることです。理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
誰も尋ねなかった自分の言葉を聞いてもらえる。
その思いが、アレリの心を揺り動かし、涙を溢れさせた。
「キューン」
傍らのルーンが、心配そうにより近くに寄り添う。
「ありがとうございます」
礼を言い、アレリはこれまでの事情を語った。
自分の家の女子は、代々王家に嫁ぐ決まりであったこと、それをうとましく思った王太子に身に覚えのない罪を着せられたこと、家の土地を狙った者もそのたくらみに加わっていたらしいこと。
語りながら、アレリは自分の身に起こったことながら、なんと、現実味のない話だろうと思った。
目の前の青年は、作り話だと怒り出すかもしれない。
それでも、聞いてもらえて嬉しかったと、アレリは微笑んだ。
「なんという酷い話だ」
しかし、アレリの懸念とは違い、青年はアレリの代わりに怒りを見せ、そして、興奮してしまったことを侘びた。
二人の周囲では、まるで怒り狂った蜂のように、精霊がブンブンとうなりを発している。
精霊は世界に強い影響を与える存在なので、アレリは慌ててなだめた。
「私のために怒ってくれてありがとう。でも、今は平気なの。だから落ち着いて」
アレリが優しくなだめると、精霊は、怒りを収めて、逆にはしゃいでアレリにまとわりつく。
「おお……」
青年はその様子に、ふっとその場に膝を突いた。
アレリは驚いて、止めさせようとしたが、青年はそのままの姿勢で告げた。
「実は神殿の古い記録に、精霊と自在に語り、操ることすら出来る、精霊種という種族がいて、人々と精霊の間の橋渡しをしていたというものがあるのです。現在では、精霊とのふれあいは、素質がある者が修行を重ねてやっとその気配を感じ取れる程度なのですが、ときに私のように、精霊を見ることが出来る者が生まれます。そういった者を、神殿では、精霊種の先祖返りであるとして、その血統を大事に守って来ました」
青年の話は、まるで不思議なおとぎ話のようで、アレリは心惹かれるままに聞き入る。
青年は続けた。
「貴女の家系は、おそらくは強力な力を持った精霊種の一族であられたのでしょう。土地を御するのに、精霊種の血統の存在が大きいことは、神殿の研究で判明しております。たとえ力に目覚めていなくても、その血統の人間がいるだけで、その土地は安定して、豊かになるのです」
青年は、アレリの家がどうして王家と強く結びついていたのかということを解き明かしてみせた。
「つまり、貴女の祖国の初代の王はそのことを知っていて、そのため、貴女の家系の女性を妻に欲したのだと思います。統治する者の傍らに精霊種の血統があれば、その国は繁栄する。賢い王だったのでしょうね。ある意味、精霊に対する人質のようなもので、身勝手とも言いますが」
青年の声はやや怒りを含んだ。
「精霊種の血統は、なぜか権力を欲する者の家系には続かないのです。おそらくは精霊と人の欲望が噛み合わないからなのでしょう。だからこそ、その王族は代々のあなたの一族の姫君を強奪し続けた」
とうとう青年は言葉を選ばなくなって来た。
「そして最後には、愚かにも、精霊種の力を強く持つ貴女を放逐した。……とても、腹立たしい話です」
「あ、ありがとうございます」
青年の見せる自分のための怒りに、どう答えていいかわからなかったアレリは、一応お礼を言ってみる。
すると、青年はそれまでの険しい表情を、優しい笑みに一変させ、囁く。
「しかし、その愚か者の行いを、幸いでもあると思ってしまう私の心をお許しいただけるでしょうか?」
すっと立ち上がった青年は、アレリに手を差し伸べる。
「姫君の御手を取る許可をいただけますか?」
「えっ、え、あ、はい。喜んで」
アレリは、騎士に祝福を与える際の儀礼に則った返事をつい返してしまう。
すかさず、青年はアレリの片手に自分の右手を添えた。
「姫君、我が名はライルス。御名を」
「あ、私の名はアレリです」
「アレリ、我が国へようこそ。そしてよろしければ、私の仕える神殿にお越しいただけないでしょうか? 我が国では精霊を崇め、人々との繋がりを深くして、豊かで幸福に生きられるようにと日々勤める精霊術師や、神殿に仕える者は、とても尊敬されております。貴女を失った祖国のような愚かな行いは、決してないと誓いましょう」
「ありがとうございます。ぜひ、ぜひ、お仕事のお手伝いをさせてください」
かくして、先祖返りの精霊種であったアレリは、精霊を崇める神殿の聖女として働くこととなった。
多くの精霊と、神獣とに囲まれ、自分を理解してくれる相手との実りある生活を手にしたのだ。
精霊信仰の国アンジュールは、アレリを聖女として迎えることで、大いなる精霊王の力すら得られ、永い安寧の世を謳歌することとなる。
対して、アレリの一族を失った祖国は、土地の力が枯れ果て、数年後には戦乱のなかで全てが失われたのである。
「この子の名はフィニクスと言うんだ」
「この子はルーンです」
とは言え、今お互いに、自分と共にある霊鳥と霊獣を紹介し合い、新しい日々を過ごすことになる二人には、まだ遠い未来の話ではあった。
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