第2話 旅立ちは突然に

 アレリは、家に伝わる精霊種という存在の話を、おとぎ話のように聞いて育った。

 もちろん、自分がそんな存在だとは思わなかったが、世界と語らい、人と世界との橋渡しをしていたという精霊種には、憧れがある。


「ワフッワフッ」


 アレリが同行を認めると、ルーンは嬉しそうにふさふさの尾を振った。

 そうしていると、ただの大きな犬のようだ。

 白銀の、誰も触れていない雪のような毛皮がとても美しいルーンは、アレリが物心付く前から、ずっと一緒にいたため、家族のようなものだった。

 本当の家族とはもう会えず、もはや戻る術はない。

 そんなアレリにとって、ルーンの存在は大きかった。


 頼もしい仲間の出現に、アレリは萎えた膝に力を入れて、立ち上がる。


「頑張らないと、一人じゃないんだし」


 次代の王の妻となるための教育を受けていたアレリには、今、自分がいる場所がだいたい把握出来た。

 ここは、他国との境にある緩衝地帯の荒れ地、不毛の地ダートである。

 とすると、陽の昇る方向へ歩けば、精霊信仰が盛んなことで有名な国、アンジュールに到着するはずだ。

 途中いくつかの国を通過するが、ルーンの持って来た荷物のなかに、平民としての出自証明があったため、旅人として通行することが出来る。

 アンジュールは、子どもの頃からの、アレリの憧れだった。

 精霊を愛し、共に生きる国とはどんなところだろう?

 全てのしがらみから解き放たれた今こそ、憧れの地へ行ってみるべきかもしれないと、アレリは心に決めたのだ。


「行こうか、ルーン」

「ワフン!」

「え? 背中に乗っていいって? ふふっ、ありがとう」


 ルーンは霊獣なので、普通の野の獣とは違い、見た目以上に力があった。

 自分の身体よりも巨大な魔獣を、体当たりで弾き飛ばしたこともある。

 アレリは、ルーンの言葉に甘えて、その背に横座りで乗った。

 普通なら不安定な体勢だが、不思議なことに、ルーンの背では落ちる心配などする必要がない。


「ふふっ、子どもの頃みたいだね」

「ワフッ!」


 一人と一頭は、不毛の大地を軽やかに走り抜けたのだった。


 やがて辿り着いた、精霊の国アンジュールの国境の街は、街自体の印象は、素朴な木材とレンガ造りの建物が立ち並ぶ、のどかな街である。

 しかし、街の周辺には、街を囲むように、五つの塔があり、その塔のてっぺんには、神獣と呼ばれる獣の姿をかたどった像があった。

 それだけではない。

 それぞれの像の口に咥えられている宝珠は、途方も無い力を秘めたものだと、なぜかアレリにはわかった。

 それは、悪しきものを監視する、精霊の目であるらしい。


「さすがに精霊の国だね。国境の街なのに、もうほかの国と全然違うわ」


 アレリは、ルーンの肩から横腹辺りを撫でながら、そんな風に言った。

 これまで、街に入るときには、ルーンは姿を人の目から見えなくしていたのだが、精霊の目がある以上、すぐに露見してしまうだろう。

 仕方ないので、アレリとルーンはそのまま街へと入ることにした。

 実のところ、この国に辿り着くまでに、父から餞別としてもらったお金は底をついていて、入国するためのお金すら怪しい状態なのだ。

 場合によっては、何かお金の代わりになるものを提出する必要があるだろう。


「狩りの獲物とかで大丈夫かな?」

「クーン」


 不安そうにしながらも、とりあえず入国の列に並ぶ。

 現在時間は、すでに午後となっていて、入国の列もそう多くはない。

 一般的に、入国する人が多いのは早朝である。

 物売りの人達が、街で商売をするために朝一番に押し寄せるのだ。

 そういった常識を、旅の途中で学んだアレリは、国境の街へ入る場合には、昼過ぎに訪れるようにしていた。

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