硬貨、白刃、柄物靴下

春嵐

01 硬貨

 十円玉を、落としてしまった。


 自販機の前。


 見事に転がって、自販機の下へ。


「まいったな」


 靴で探る。


 感触はない。


 仕事前に、幸先がわるい。


「あきらめるか」


 金はあるが、万冊と電子キャッシュだけだった。百円だけで買える飲み物は、ない。


「ちょっと」


 声をかけられる。


 後ろ。


 女子高生か。今どきの短いスカートに、今どきの制服。長い黒髪。


「おじさんは援助しないが」


 真っ先に、援助だけは否定した。


「は?」


 女子高生。十円玉を二枚。


「やるよ。おじさん」


「おお」


 女子高生という生き物のことはまったく知らないが、どうやら良い人間らしい。


「では遠慮なく」


 何を飲もうか。


 選んでいると。


「お。おいおい」


 女子高生が、股下に潜り込んできた。


 避けようとして。


「ちょ。おじさん。動くな。そのまま飲み物選んでろ」


 なんだ、この体勢。


 膝から下に女子高生がうごめいている。やはり、女子高生というのは、得体が知れない。


 とりあえず、コーヒーを買った。持って、後ろに退く。


 女子高生。短いスカートが、ごそごそと動いている。振られるお尻。


「よっしゃ」


 女子高生。


 立ち上がって、こちらに見せてくる。


 十円玉が二枚。


「取った」


「おお。ありがとう。では、俺はこれで」


「いやいやいや。待てよ」


「まだなにか」


 仕事の準備をしなければ。


「ほら。十円玉。おじさんのだろ」


「いやいや。さっきもらった分が」


「いいから。もらっとけって。困ったときはおたがいさまだから」


 手渡される。


 十円玉が二枚。


「じゃあなっ」


 女子高生。顔を緋らめて、駆け去っていく。


 最後まで、よく分からない生き物だった。

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