こんばんは、御作を読みました。
戦況整理回でしたが、改めて読んでもこの頃の関東は複雑怪奇だなあ(^◇^;)
もうちょっと時代が進むと、氏康さん達が頑張ったせいか、北条対それ以外で整理されるんですが……。
それだけこの戦いの影響が大きかったんだって、思い知らされました。面白かったです。
作者からの返信
伊勢新九郎(北条早雲)さんが手を出さなければ、魔界のまんまでしたね、関東。
研究者すら「複雑過ぎ」と愚痴るぐらい、酷い状況でした^^;
河越夜戦、実際は戦いなんて無かったという説もありますが、少なくともこのタイミングで扇谷はフルボッコにされ、山内はポイされてしまい、関東の旧権威は散々となります。
ましてや、古河公方に至っては……^^;
今川義元や武田晴信に匹敵する人材がいなかったことが、旧権威側の敗因でしょうね。
扇谷さんならワンチャンあるかもでしたけど、それがここでフルボッコにされてまうから……(遠い目
ありがとうございました。
いろいろと話が込み入ってきて、舞台もあちこちに飛んでいますから、総括的復習編はありがたいことです。
むしろ、それだけ範囲も影響も大きいということが言えるのですね。すごい勇壮な物語なんですね。日本三大夜襲・三大奇襲と言われるだけのことがよくわかります。
同時にこれだけ広域で複雑に絡み合っていることが、合戦を複雑にさせて、かえってよく知られていないということに繋がっているのでしょうか?
作者からの返信
私自身もよく分かんなくなってきたという裏事情です(笑)
よくアニメとかで総括総集編をやるのは、何も製作の手間を省きたいだけじゃないと痛感した次第^^;
ちなみに里見とかに風呂敷を広げたのは、拙作においてだけのことですので、そこまで話は大きくないはずです。
でもある程度複雑なのは事実です。
実際は、おそらく今川義元が全体のプランを考えて、北条をマクロに挟み撃ちにしている、というアウトラインでしょう。
で、今川はもう駿河を抑えたので、後はどうでもイイやとなってしまったせいで、事態が止められないという……^^;
知られていない、という点では、これは北条が滅亡してしまったことが大きいと思います。
厳島=毛利は生き延びていますし、桶狭間=織田は滅んだというか豊臣徳川と続いている感じですから。
で、伝えられている、いないの分かれ目となったと思います。
ありがとうございました。
ニコニコ動画の関東三十年戦争という動画で古河公方と上杉氏、そして各豪族の活躍を見ましたが、この戦国時代の前哨戦の話を見ると北条氏が関東をまとめたというのが奇跡的な快挙だというのが分かります。
古河は交通、特に水運の要衝として重要地点で、しかも最前線だったことも多いのでやたら戦場になってました。
この辺の知識があると、もやもやしたこの時代の関東がもっともやもやして、坂東武者のめんどくささがより理解できると思いました。
重ねて言いますが北条氏はすごいことをしてるなあと感心する次第です。
作者からの返信
関東三十年戦争……言い得て妙ですね(笑)
このあたりの関東の状況は複雑怪奇で名状しがたいですね……私も、よく北条早雲はこれを治めようと思ったな、と感じます。
そしておっしゃるとおり、古河は水運の要で、このあたり、河越夜戦の戦後に、北条氏康が手を伸ばしています。
また、北条氏もすごいのですが、これをその北条氏より先にまとめたのが、かの太田道灌で、彼が主君に暗殺されなければ、もうちょっとマシな展開……いや、北条氏にはきつい展開だったでしょうね(笑)
ありがとうございました。
和睦が成立したあとを考える武将たち。
こうした会話が実際にあったかのようです。
風は武蔵野。
この時代は不明で、歴史でもなかなかお目にかからない、だからこそ、想像力が羽ばたいているようですね。
作者からの返信
このあたりの会話、筆者の脳内を整理するために書いたようなものだったりします(^^;
しかし現実には、10万字超えたのに終わんないよ……と泣いてました(笑)
ただまあ、挑戦する以上、手抜きはできないな……とも思い、想像力というか、無い知恵しぼって書きました(;^_^A
ありがとうございました。
編集済
関東地方における征夷大将軍・古河公方の存在、まったく知りませんでした。
だいたい、戦国から江戸の一時期の偏った知識しか持ち合わせていないので。(;´∀`)
ですが、波乱の前半生に翻弄された千姫が、後半生の精神の拠り所としたのが常陸の古刹だった事実を見ても、往時における常陸の重要性が偲ばれるような気がします。
貴作のタイトルにもある八万の軍勢、想像したくても、しようがないです。§^。^§
3代将軍家光が自らの立場誇示のため初上洛したときの同行家臣数は三十余万だそうですが、鶴のひと声の将軍の威光の1/4を連合軍として掻き集めるのですから、さぞかし大変なことだったろうと思います。
作者からの返信
古河公方。
東西ローマ帝国と同様に、室町幕府も「一人じゃやってられない」というのが理由でしょうね。
ただ問題はそのおかげで分派して相争う破目になるという……。
ちなみにその血筋は喜連川氏として、豊臣、徳川の時代に生き延びていたりします。
その本拠地・古河は、河越もそうですけど、この時代の関東の要なんですよね。
交通の要衝で、のちに当の北条氏康が食指を伸ばしています。
八万の軍勢は、おそらく話半分で四万もいればいい方でしょう(笑)
扇谷上杉と山内上杉、それと古河公方の手持ちの兵力がほとんどだと思います。
史料がなくて、実際にそんな戦闘は無かったという説もあるくらいですから、「公式」の呼称だったのでは……と思います(^^;
ありがとうございました。
拝読致しました。
真田さん&原さんの活躍、そして里見さんの撃退を遂行して意気揚々とした北条全軍。
それでも人数差は変わらない……ある意味絶望的と言って良い兵力差。
ある意味、ここまでは前哨戦のようなものだったのが、こんごは本格化するというサイン?
いよいよ、戦闘も本格化してゆきますね!
作者からの返信
そろそろ「まとめ」をやらないと、読んでいる方と、何より作者がわからなくなってきた(笑)、ということで、まとめ回です^^;
おっしゃるとおり、史実には無い戦い、里見との海戦、および千葉家防衛戦は、作者の好きにさせてもらって(笑)、北条サイドの勝利としました。
されど、戦略的な、大規模な視点で見ると、北条が押されているという状況は変わりません。
河東にしても、今川と武田は停戦に応じてくれたけれど、その河東を譲った状態だし。
……この圧倒的不利な状況を、どう覆すのか。
お楽しみいただければ幸いです。
ありがとうございました!