ゼロの竜騎士

@higherthan

第一話 最後の戦闘


そこは、草木の一つもない岩と砂が一面に広がった荒野だった。断層がむき出しになり、岸壁は今にも崩れそうなほどの亀裂が入っている。薄暗い空は今にも雨が降りそうなほど分厚い雲が広がっており、青空の一つも見ることが出来ない。


唯一見て取れるのは、大地を踏みつぶしながら進む、人の形をした無数のシルエットだけだ。だが、それは人型と言うだけで生身の人間ではない。正確な数値は定かではないが、少なくとも十メートル近くはある巨体を持っている。銃器を握りしめたその体躯は、鋼や鉱石で構成され、騎士甲冑にも似た装甲に包まれていた。


人型起動戦争兵器、ドラグーン。それが鋼で出来た巨人達の総称だった。


数えて九機。同一の特徴を持つそれらが、各部に備えられたスラスターをふかしながら荒れ地を駆けていく。時折、振り返った数機がバズーカ砲やライフルを一点に構えると、各々の引き金を引いて目標を攻撃していった。


向かっていく弾丸は閃光となり、放たれた砲弾は放物線を描いて着弾する。


『おい、一体どうなってんだ!』


逃走していく内の一機が、単眼の頭部を動かしながら不満を漏らした。正確に言えば機体を内部で操っている人間の叫び声だ。ドラグーンには、胸部付近に装甲のような出っ張りがあり、そこが所謂コックピットと呼ばれる場所だった。


『知るかよ、そんなのこっちの台詞だ!』

『ざけんなよ、ハイランカー(・・・・・・)一人囲んでボコるだけの仕事じゃなかったのか!』


便乗するように、他にも文句が機体を通して発せられる。機械音が混ざった男の声に宿っているのは、不満や疑問、そして怒りの感情だ。話が違う、もっと簡単なはずだった。言い争いが加速していく中で、全員のコックピット内にアラートが鳴り響く。


警戒しろという命令に身を竦ませていると、砲弾を撃ち込んだ場所から二つの光が浮かび上がった。紅い、血の色をした瞳の光だ。


巻き上がっていた砂塵が裂かれる。そこから姿を現したのは、黒い、男たちからハイランカーと呼ばれた、鋭角的な装甲を持ったドラグーンだ。

編隊を組んでいる男たちの機体は、どちらかと言えば武骨で土木作業に使われるトレーラーなどに近い。


だが、黒い機体はそれと雰囲気が異なり、戦国時代の鎧と言う印象を相手へと与える。細身でありながら関節部や胸部などには装甲が重ねられ、動きやすさと機能性が合わさった装備だ。


頭部パーツと同化している兜は、鬼を模したのだろうか。吊り上がった二本の角を持っている。その下で揺れる紅い双眼が、獰猛さと残忍さを持っていた。


『嘘だろ、あれで無傷かよ……』


誰が呟いたのか、移動している彼らに確認する余裕はない。問題なのは、目の前にいる“敵”が健在だということだ。彼らの機体が放った、実弾が込められたライフルも、バズーカ砲の砲弾も、直撃とはいかなかった。


だが砂塵や粉塵の中から現れた機体には、目立った損傷は一切ない。それどころか、右腕に握った身の丈近くある片刃の大剣を構えている。

その姿は、竜騎士(ドラグーン)と言うよりも、鬼武者と呼ぶ方が相応しいだろう。


『く、来るぞ、陣形を維持しろ! バラバラに動いたら』


逃げ惑うドラグーン達の中で、リーダー格と思われる機体から通信が入った。怯えているが、判断は冷静だ。焦り、怒り、戸惑っていては何もできない。だとしたら、為すべきことは連携を取りながら離脱することだけだ。


だが、声をかけるには遅すぎた。リーダー格の男が隣の機体へと視線を向けたその時、胸部のコックピットへと大剣が突き刺さったのだ。


貫通した幅広の刃には血の一滴も付いていない。その代わりに損傷した部位から火花が散ると、貫かれた機体は膝を着いた。頭部の単眼は光を失い、完全に沈黙している。


そこから大剣を引き抜いたのは、いつの間に接近したのか分からない鬼武者だった。ゆったりとした動きで構えなおすと、そのまま刃を振りおろす。


反応出来たときには、男のドラグーンが構えたライフルが両断された。火花が生まれ、引火した残骸が爆発する。


『これで、二機』


鬼武者から呟くような声が聞こえてくる。誰に聞かせるものでは無く、単なる確認と言ったような口調だ。それが、リーダー格の男が聞いた最後の言葉となる。


袈裟に振り降ろされた斬撃が機体のコックピットを両断すると、上半身がズレて地面へと落下する。コックピットの内部が露わになるが、そこに男の死骸は無く、青い粒子が砕ける様に浮かんでいくだけだ。


ほどなくして、同じ様に残骸となった機体も粒子となって砕け散る。よく見れば、数舜前に斬り伏せた機体の残骸も無くなっていた。


「残りは……七機か」


鬼武者のコックピット内で、操縦者が呟く。若々しく、未だに成人していない少年の声だ。モニターからの灯りに照らされている顔つきには幼さが残っているが、少し長い髪の間から光る目つきだけは鋭く、刃のように吊り上がって威圧的な空気を放っていた。


操縦桿を何度か握りなおすと、流れるはずのない汗(・・・・・・・・・)で掌が滲んでいくような感覚に陥る。

 

その違和感に思わず笑みを零した。その瞬間、危険を知らせるアラートが鳴る。

 

生き残った六機のドラグーンがからライフルの照準を合わせられたという報せだ。少年は浮かんでいた笑みをひっこめ、操縦桿へと力を込める。


鬼武者が少年の意思に従うと、スラスターから炎が噴射され編成された部隊へと向かっていった。大剣を盾にすればライフルの弾丸も砲弾も貫通することは無く、弾かれて荒れ地へと傷を作り出していく。


『なんなんだよ、チートでもしてんのか!』

『うるせえ、とにかく撃ちまくれ!』


混乱と恐怖に苛まれながらも、男たちは少年が操る鬼武者を撃墜しようと躍起になるが、落とすどころか立ち止まることも、速度を落とすことすらなかった。


止めろ、来るな。そう願っても鬼武者に届くことは無い。引きずった大剣を振りかぶると、そのまま躊躇いもなくドラグーンの腕を両断する。武装を失ったままでは勝負にもならない。後退し、逃げ帰ろうとした男の機体は、鬼武者の大剣に両足を斬り飛ばされた。


「おせえ……」


四肢を斬り落とされた機体が仰向けに倒れていく。だが、コックピットを破壊されていないからか、粒子に消えることは無い。それも少年の狙い通りだ。


鬼武者が倒れた機体の頭を掴み、真っすぐ担ぎ上げると、生き残り達からの銃撃が止む。彼らの射線上に、盾のように男の機体が挟まっているからだ。味方を討つということに対しての抵抗感は、四肢を斬り落とされて動けない、という言い訳では払拭できるものでは無い。


躊躇い、戸惑った時には鬼武者が突進してきた。

砂塵を巻き上げながら盾にした機体を呆けたままだった別の機体に押し付ける。すると、背後から、高熱で刃を赤く変色させた斧、ヒートアックスを構えた別の機体が襲ってくる。


味方を盾にされていないからか、その動きに躊躇いはない。だが、鈍重な動きでは鬼武者を捉えることなど出来なかった。


ヒートアックスを振り下ろし、隙が出来た頭部を蹴り上げる。一度だけではなく、着地する前に二度、三度。軽やかな動きだが、その威力は絶大だ。

重力に従った鬼武者は、大剣を支えに着地し背負った刃で自身を中心とした円を描いた。

 

斬撃に飲み込まれた三機から火花が散ると、光の粒子へと変わり姿を消す。


「あと、少し」


男たちと違い少年には迷いがない。構えられたライフルを斬り飛ばし、空いた左腕で単眼の頭部を握りつぶす。メインカメラを失った機体では、満足に動くことは出来ない。逆手に持ち替えた大剣の切っ先でコックピットを貫けば残りは三機だ。

二分もかからず六機を落とした彼には赤子を捻るように簡単な作業だ。操縦桿を倒し、フットペダルを踏み込んで大剣を振るう。


牽制か、苦し紛れか。撃たれた弾丸は鬼武者の装甲を掠めるだけで貫くことはしない。棒立ちで、引き金を引くだけでは良い的だ。


一機目の銃口を避け、胴に大剣を叩きつける。二機目には突きの一撃をコックピットへ打ち込む。だが浅く掠めただけだ。中にいた操縦者の姿を晒すだけで、撃墜にまでは至っていない。


普段はしないようなミスに少年が舌打ちをすると、スラスターを片方だけ起動して機体を回転させる。遠心力によって威力を増した大剣が半歩先にいたドラグーンを両断し、他の機体と同じように光の粒子へと変えた。。


「これで、ラスト……!」


そう少年が勢いをつけた時、最後の一機が両手を上げ、武装を解除した。降参とでも言いたいのだろう。その証拠に、コックピットのモニターに報せが届いた。


《敵部隊・代表機から降参申請が届いています。承認しますか?》


モニターの下にはイエス、ノーという二つのボタンが浮かび上がっており、選択を要求していた。残り一機となったことで、代表権が委譲したのだろう。


少年は、歯を食いしばりながらもイエスのボタンを押した。すると、コックピット内に喧しい音楽が流れ、金色の文字で少年の勝利を知らせていた。


「終わったか……ようやく、終わったのか……」


シートにも垂れ込んだ少年の呟きが漏れ出ると同時に、光が身体を包み込んだ。同じように荒れ地も光の粒子となって消えていき、次の瞬間には景色は無機質なタイルと壁が広がった室内へと変わっている。


見渡せば多くの人がひしめき、騒々しさに飲み込まれそうになってしまう。人々の格好は様々で、世紀末の不良を思わせる恰好の男たちもいれば、民族特有の衣装に身を包んでいる女性たちもいる。少年の格好はと言えば、特徴のない黒いジャケットにパンツ、そしてブーツだ。眺めの髪は所々が跳ねており、前頭の部分には鬼の角を模した硬い癖が出来ていた。


少し顔を上げれば巨大なモニターが取り付けられた柱に目が行き、映像を見て少年は辟易としてしまう。そこに映っているのは似たようなデザインのドラグーンを斬り伏せていく鬼武者、つまりは自分が操るドラグーンの姿だ。


「なんなんだよあいつはよぉ!」


溜息を吐いたとき、怒りを隠そうともしない叫び声が聞こえてきた。それは、少年が先ほど交戦し、一番最初に撃墜したドラグーンから聞こえてきたものと同じ声だ。


チラリと上がっていた視線を横に向けると、ぞろぞろと横並びになった八人の男たちが歩いてきた。バンダナを巻いていたり、髪を金や赤に染めていたりと柄の悪さが目立つ集団だ。


そんな彼らに隠れる様に、少年は人ごみに紛れて少しずつ離れていく。今は会いたくないような相手だった。


「だいたい、なんであんなソロ野郎がチーム戦にエントリーしてんだよ。むかつくぜ」

「あいつ、ハイランカーの鬼武者オーガだろ。噂では、チートしてポイント稼いでるって噂だぜ」


勝手なことを口々に言われても、不思議と少年の心に怒りは浮かび上がってこない。それどころか、彼らだけでもなく、自分が勝利したという事実にすら今の彼は無関心だ。


強いて上げるとしたら、どうでもいいというような感想だろうか。人ごみに紛れていき、少しだけ開けた場所で人差し指を宙で振るう。

すると、そこに透明なモニターが浮かび上がった。様々な項目が並んでいるそれをスクロールしていき、最後の段にあった『ログアウト』というボタンへと指をかける。


「……まぁ、いっか」


躊躇ったのも一秒に満たない短い間だけだ。人差し指でそのままボタンを押した。


**********


閉じていた瞳が開かれると、目の奥に鈍痛が生まれていた。身体を包んでいる柔らかい感触は横たわっていたベッドの物で、二時間近く横たわっていたせいか身体の重さで沈んでいる。


「やっと、終わったか……」


起き上がった少年は、ヘッドギアを外した。ヘッドフォンとアイシールドを合体させたそれは、装着した人を仮想空間へと案内する特別な機械だ。発売から三年が経った今でも品切れが続出するほどで、名前をダイバーズギアという。

耳当て付近にあった小さなボタンを押せば、蓋が開き中身が排出される。


カラフルなロゴに、先ほどまで戦闘をしていたドラグーンが印刷されたディスクを眺め、少年は自嘲気味に息を吐く。

当然ながら、今さっきまで彼がいたのは現実の世界ではない。仮想空間で現代技術では実現できない、人型兵器に乗って戦う。


それを醍醐味としたVRMMOロボットアクション。それがこのドラグーン・ドミニオン、DDと呼ばれる世界だ。

中指でディスクを押し込み、ボタンを長押しすれば一つのファイルが浮かんでくる。そこに映っているアバターの姿は、角のような癖が髪にある以外は現実世界の少年と殆ど同じ姿形をしていた。

 

膨大なプレイ時間に、プレイヤーネーム『アレン』の文字を見て今度こそ電源を落とす。


「もう、いいんだよな」


後ろ向きな言葉とは反対に、まるで肩の荷が下りたというかのような軽やかさを持ち、ゆっくりとベッド下の収納スペースを開けた。本に着替えと敷き詰められている中の一部分。空きがある場所へとギアをしまい込んだ。


もう手にすることは無いだろう。もともと、少年は好きであの世界に行っていたわけではない。成り行きで、始めていたのだから、辞めるのもまた成り行きだ。

ギアを手放し、瞳を閉じた少年は、ただただ解放感と疲労感に身を任せて眠りに落ちた。


この日、この瞬間、DDの世界でハイランカーとして名を轟かせ、数多のプレイヤーたちを震え上がらせた鬼武者、アレンは数年という短いながらも濃い生涯を終えた。


これから先にあるのは、現実世界において、特に何の才能も持っていない十代の少年が送る、特別なことは起きない人生だ。


それも、また悪くない。悪くないのなら、抗うこともないと、少年、相崎(あいざき)蓮華(れんか)は深い眠りに落ちていった。

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