去り行く者に捧げる折り紙

春嵐

01 去り行く者に捧げる折り紙

「おとうさん。おかあさん。行っちゃうの?」


「うん。そうだね」


「絶対に来てはだめよ?」


 そう言って、おとうさんとおかあさんは去って行った。手に何か、荷物をたくさん抱えて。


 わたしは、折り紙を折って、おとうさんとおかあさんに渡した。よろこんでくれた。たくさんの荷物のなかに、折り紙も持っていってくれた。


「どれ。わしらもそろそろ」


「そうですね」


 おじいちゃんとおばあちゃんも。


 手に何か、固いものを持って。


「いかないで」


「ごめんねえ。もうそろそろ、時間なんじゃ」


「おとうさんとおかあさんが行ってしまったのに、わたしたちだけのこるわけにはいかなくてねえ。ごめんねえ」


 折り紙を折った。


 せめて、旅路がこわくないように。


 おじいちゃんとおばあちゃんに渡す。


「ありがとうねえ」


 おじいちゃんとおばあちゃんは、折り紙を見て、涙ぐみながら、消えていった。


「おにいちゃん」


 残ったのは、おにいちゃんと、おにいちゃんのおよめさんだけ。


 おにいちゃんだけは。


 ずっとそばに、いてくれるよね。


「おれは折り紙折れないからなあ」


「いいの」


 おにいちゃんの背中に乗っかる。


「おわっ」


「おにいちゃんはここにいれば、それでいいの」


「よしよし。そこで折り紙折ってなさい」


「おにいさんではなく、わたしと折り紙を折りましょうか」


 何か四角い板みたいなのと、なんか押すやつがたくさん付いて画面が点いているやつを、おにいちゃんはずっと忙しそうに眺めている。


 わたしは、おにいちゃんの周りに、およめさんと一緒に、折った折り紙をすこしずつ、並べていった。


 揺れ。


 最初は小さく。


 だんだんと、大きく。


 叫び声も聞こえる。


「お、はじまったか」


「おにいちゃん。こわい」


 おにいちゃんとおよめさんの背中に隠れる。


「そうだな。こわいな。待ってろ。おにいちゃんがやっつけてきてやる」


 立ち上がったおにいちゃんの、袖を掴む。


「おにいちゃん。行かないで。行かないで」


「あなた、わたしたちもそろそろ」


「そうだな」


 おにいちゃんと、およめさん。


 私のほうを見て。


「俺たちふたりも、そろそろだ。ごめんな。最後までいてやれなくて」


「いやだ。おにいちゃんとおよめさんは一緒にいるの。わたしといっしょにいないとだめなの」


 おにいちゃん。およめさん。行かないで。


「お前だけしか生き残れないんだ。おれたちにも、大事なことがある」


「だいじなこと?」


「そう。おとうさんとおかあさんと同じだな。大丈夫。この揺れはすぐ収まる。大丈夫だから、ゆっくりここにいなさい。決して外に出てはいけない」


「うん」


 おにいちゃんとおよめさんに、とびきりの折り紙を折って、渡した。


「ばいばい」


 おにいちゃんとおよめさん。


 いなくなった。


 わたしだけ。


 ひとりぼっち。


 揺れは、すぐに鎮まっていった。


「おにいちゃんとおよめさんがなんとかしてくれたんだっ」


 うれしくなって、跳び跳ねたかったけど、揺れるのがこわくて、じっとすわった。


 ひとりぼっち。


 折り紙を、折り続ける。


 もういない、おとうさんとおかあさん。おじいちゃんとおばあちゃん。おにいちゃんとおよめさん。


 みんなのことを思って。


 折り続ける。


 やがて。


 さっきよりも大きい揺れが。轟くような叫び声が。


 わたしを震え上がらせた。


 こわい。


 こわいよ。


 そのなかで、ただひとり。


 折り紙を。


 祈り続けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る