第19話 夢再び

 破壊神に触れられた瞬間、意識が一瞬遠くなる。

 だが、前回と違って意識を失うことは無かった。


「今度は何をくれたんだ?」

「破壊の権能が、生物にも通じるようになりました」

「……それは恐ろしい話だな」

「恐ろしいと感じてくれると思っていました」

「どういうことだ?」

「調子に乗って使いまくるような者には権能を与えるわけにはいきませんから」


 使いすぎて、世界のバランスを崩されたら困るとかそういうことだろうか。

 そんなことを考えていると、破壊神は満足そうにうなずいた。


「うんうん。エクスは賢いですね」

「お褒めの言葉ありがとう」

「まあ、バランスが崩れるとかそういう浅い話ではありませんが」

「浅くてすまないな」

「いえいえ、人としてはその認識で大丈夫です」


 恐らく、神には人の思考が及ばないほど深い理由があるのだろう。


「生物に権能を使う場合は、とても大きな力を使います。使いすぎたら倒れますよ」

「わかった。気を付けよう」

「それに絶対にすべての生物に通じる万能で無敵の能力でもありません」

「まあ、そうだろうな。……ところで」

「疑問があるのですね。答えましょう」

「……教えてくれ」


 俺が口にする前から、破壊神にはわかっていたようだ。

 さすがは神と言ったところか。


「まず身体が自在に動くようになったことに関して答えましょう」


 一昨日、権能を与えられた後、身体が思い通りに動くようになった。

 突如、まるで一流の剣士のようにふるまえるようになったのだ。


「直接的に私の権能ではありません」

「つまり間接的な影響ってことだな」

「やっぱり賢いですね」

「……呪いの類だったということか?」

「鋭いです。呪いです。私の加護で呪いが解けたのです」

「……そうか。誰にかけられた呪いかは――」

「そのぐらいは自分で調べてくださいね」


 破壊神は笑顔で言う。

 あっさり答えを言ってはつまらないと思っているのだろうか。

 それとも、人の社会に干渉したくないということだろうか。


「どちらかというと後者に近いですが、正解ではありません」


 神なりの理由があるのだろう。人風情が深く考えても仕方がない。

 それにどうせ呪いをかけたのは義母たちに違いないのだ。


「……次に、なぜ私がエクスに権能を与えたかです」

「それが一番気になるところだ」

「破壊神の使徒が果たすべき使命があります。今は力を蓄えてください」

「使命?」

「私以外の神の使徒も含めて、多くの使徒が集まるときがもうすぐやってきます」

「よくわからないが……。まさか神の使徒と戦えとか言うまいな?」

「今はわからなくても大丈夫です。何をするかも知らなくてよいことです」

「その言い方、不安しか感じないが」

「時期が来れば教えますから」


 神の考えることなど、人が聞いてもわからないに違いない。

 俺は詳しく聞くことをあきらめた。


「……で、俺を選んだ理由は?」

「私との相性です」

「相性って……」

「あとは破壊の権能をうまく扱えそうだったからですね」

「確かに使い方は、すぐにわかったが……」

「そういうことではありません。私が権能を与えたときエクスは逆境にありました」


 俺が権能を与えられたのは追放直後だ。


「……今も逆境ではあると思うがな」

「ひどい目に遭いながらも精神を荒ませることもありませんでした」


 内心結構へこんでいたし、捨て鉢気味になっていたのだが。


「その程度で済んでいるのは素晴らしいことです」

「それはどうも」

「それに破壊衝動に支配されることもありませんでした」

「……もし、俺が破壊衝動に任せて大暴れしたらどうなったんだ?」

「それはありません」

「なぜわかる?」

「神だからです。そうならないからエクスを選びました」

「神だからと言われたら、そういうものかとしか言えないな」

「それで構いません。他にも色々理由がありますが、教えても理解できないでしょう」

「馬鹿ですまないな」

「いえいえ、そういうことではありません。エクスは賢いですよ」


 そして破壊神は優しく俺の頭を撫でた。とても心地が良かった。


「人の身では、神の考えることは理解できないのです」

「例の『審級』とやらが違うからか?」

「そのとおりです。やはりエクスは賢いですね」

「それはどうも」

「時期が来れば、わかりますから」


 そういって、破壊神はにこりと微笑む。

 それはまるで聖女のような、慈愛に満ちた微笑みだ。

 そんな破壊神の顔を見ていると、徐々に意識が遠くなった。



◇◇◇

「はっ。夢か……。知らない天井、でもないな」


 起きたら朝だった。すがすがしい気分だ。

 体の疲れも取れている。体調もいい。


 夢で破壊神と話した内容は覚えているが、急速に曖昧になっていく。

 そういうところは普通の夢と同じだ。

 起きた直後は覚えていても、すぐに忘れてしまうらしい。


 頭の中で反復して夢を思い出し、忘れないようにする。


「とはいえ、どうやっても、すぐ忘れてしまうのだが……」


 確か使命があるとか、神の使徒が集まるとかそんなことを言っていたような。

 そもそも神の使徒とは何なのだろうか。よくわからない。


 それに生物にも破壊の権能が使えるようになったらしい。


「まさかとは思うが……」


 その破壊の権能で、神の使徒を殺せとか言われたら困る。

 神の使徒というぐらいだから、とても強いに違いないのだから。


「強い奴とは戦わないに限るからな」


 そう言って、俺はベッドから出た。

 この時は、すぐに強い奴と戦うことになるとは思いもしていなかった。

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