第14話 商人の情報力
商会長は若い店員に強い口調で言う。
「お客様になんてことを言うか。下がりなさい!」
「だから、商会長! そいつは既に廃嫡されたうえに、家を追い出されてるんですよ!」
商会長はちらりと俺の方を見た。
若い店員はまくしたてる。
「ヘイルウッド侯爵家の人間どころか貴族ですらないんですよ」
「……」
「こいつ相手に丁寧に接客する必要もないし、ましてや商談などするだけ時間の無駄です」
若い店員は俺に失礼な接客をしてしまった。
だから、なんとか挽回しようと仕入れたばかりの情報をまくしたてているのだ。
大切なお得意さまのヘイルウッド侯爵家の嫡子に無礼を働いたとなれば解雇もありうる。
だが、平民のFランク冒険者にならば、無礼な態度も許されるだろう。
そう考えたに違いない。
「こんな薄汚いFランク冒険者は、さっさと叩き出すべきですよ!」
そういって、店員は俺に指を突き付けた。
興奮気味の店員とは対照的に、商会長は冷静に言う。
「何度も言わせないでください。いまは大切な商談中です。下がりなさい」
「ですが!」
「お願いします」
商会長は別の店員に一言告げる。
するとその店員は素早く動いて、若い店員を連れて外に出て行った。
「閣下。……誠に申し訳ありません」
「だが、いいのか?」
「閣下が、既にヘイルウッド侯爵家の嫡子ではないことですか?」
そういって商会長は笑顔を浮かべる。
「……まさか知っていたのか?」
「当然でございます。私は商人です。情報は何より重要ですから」
「どうやって知ったのだ?」
「ヘイルウッド領には支店もございますし。あの店員も支店からの情報で知ったのでしょう」
商会の支店は、情報を仕入れるための大切な手段の一つだ。
そして、ヘイルウッド領の嫡子の廃嫡と追放などは最重要な情報だ。
商会長が知らないわけがなかったのだ。
「平店員が知ることのできる情報を、知らないと思われていたのは少しショックですね」
商会長は自嘲気味に笑う。
店員に自分が無能だと思われたと考えたのだろう。
「あの店員は冷静さを欠いていたからな。仕方ないだろう」
「……畏れ入ります」
「ところで、知っていたのならば、なぜ……」
俺のことをこれまで通りの閣下という敬称で呼んで丁寧に接してくれたのだろうか。
「……そうですね。閣下には腹を割って正直にお話させていただきますね」
一瞬考えてから商会長が言う。
「失礼な言い方になりますが……。私は閣下のことを大変評価させていただいていたのです」
「それはありがとう」
商人が貴族を評価するなど無礼にもほどがある。だが今の俺は貴族ではない。
だから気にせずともいいのに、商会長はまだ気を使って言葉を選んでくれている。
「そして、ここだけの話になりますが、今のヘイルウッド家の方々は……」
商会長は言葉を濁す。
ここだけの話とはいえ、直接口にするのははばかられるのだろう。
「わかるぞ。見る目があるな」
「畏れ入ります」
「客観的に見てあいつらには統治は無理だ。代官を雇わなければ立ちゆくまい」
「…………」
商会長は肯定も否定もしない。
商会としては、ヘイルウッド家とこれからも良い関係を維持しなければならない。
にもかかわらず、否定しないと言うのは肯定とほぼ同義だ。
「いまのヘイルウッドの首脳陣があれなのは確かだが、いまの俺はただの平民だ」
「果たしてそうでしょうか? 陛下がすんなりお認めになるでしょうか」
「……あいつらもそこまで馬鹿ではないだろう?」
国王に許可を得ずに法定推定相続人を廃嫡し追放するなど、正気の沙汰ではない。
国王が許可していないわけがないのだ。
公式に許可が出ていなくとも、王宮に根回しして内々にお伺いを立てるのは当然。
侯爵家の廃嫡などと言った大事は、陛下の意向を確かめたうえでないと行えない。
そう思っていたのだが、商会長は
「…………」
それにも否定も肯定もしかなった。
まさかとはおもうが、王宮への根回しが不十分だったとでもいうのだろうか。
商会長は、笑顔で話題を変える。
「それにしても閣下」
「ん?」
「ヘイルウッド領からここに来るまでの間にこれだけお金を稼がれたのですね」
商会長は俺が積み上げた金貨を見て言う。
「まあ、たまたまな」
「魔物を討伐されたのでしょう?」
「……なぜわかった?」
「私は商人ですから。情報は何より重要です」
商会長は改めて先ほどと同じことを言う。
「私は商隊が襲われたという情報を掴んでおります。その際に何があったのかも」
そして商会長は楽しそうに語る。
ドラゴンゾンビ二頭と盗賊の大集団。それを倒した若者がいる。
そこまでの情報は事前に仕入れていたらしい。
そして俺は大量の金貨を机の上に積み上げた。
その金額はドラゴンゾンビとその術者を退治した報奨金に近しいものだった。
「閣下が机の上に金貨を積まれたとき、私の見る目が正しかったのだと確信いたしました」
「ふむ」
「ドラゴンゾンビを倒されたのは閣下なのでしょう?」
「そうだ。よくわかったな」
「短期間でこれほど稼げる方とは、侯爵家を抜きにしても仲良くしておくべきですから」
やはり商人。利には目ざといらしい。
「ドラゴンゾンビ二頭を倒すなど、先代にも勝るとも劣らない剣の腕なのは確実です」
そして、小さな声でつぶやくように続けた。
「そうなれば、そもそも廃嫡自体……」
どうやら商会長は俺の廃嫡理由まで知っているようだ。
俺は商人の情報網を少し侮っていたかもしれない。
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