第12話 商会長
そして若い店員は俺を小馬鹿にしたような目でみると、
「……あのねぇ」
見下したように言う。
俺は店員の口調に含まれる毒には気づかないふりをする。
「なんだ? ここでは奴隷を扱っていないのか?」
「扱っていようがいまいが、あんたに買える値段じゃないよ」
「……ほう。俺の財布の中身をいつ見たんだ?」
「見なくてもわかるっての」
そんなことを話していると、若い店員の後ろから年かさの店員がやってくる。
「どうなさいましたか?」
俺がその問いに答えるより前に、若い店員が答える。
「どうもこうも、このFランク冒険者が奴隷を買いたいって……」
「奴隷でございますか? あの奴隷というのはとても高額な商品でして……」
物腰こそ柔らかだが目が笑っていなかった。
年かさだけあって、表情をごまかすのが若い店員よりうまいようだ。
暗に「さっさと帰れ」言っている。
確かに金を持っていなさそうだし、仕方ない面はある。
向こうも商売なのだ。
俺たちは年かさの商人に促され、入り口から見えない物陰の方へと移動する。
入って来た客に、俺の姿を見せたくないのだろう。
みすぼらしい格好なので、それは仕方がない。理解できる。
「忙しいとは思うが、こちらも冷やかしできているわけじゃないんだ」
「そう申されましても……」
店員二人との押し問答が続く。こちらとしても強くは出れない。
俺の所持金では、アーシアたちの両親を即金で買うことは出来ないのだから。
とはいえ、俺も引くことは出来ない。
アーシアたちの両親をどこか遠くに売られてしまうわけにはいかないのだ。
「なんとかならんか?」
「なりませんね」
年かさの店員は口調をあくまでも丁寧語で、俺に接する。
だが、若い店員は
「迷惑だからさっさと帰れよ! 薄汚ねえFランク風情の貧乏人がよぉ!」
「これ! お客様に失礼ですよ」
「こんなやつ客じゃないっすよ!」
「これ! やめないか。……すみませんねぇ。……教育が行き届かず」
若い店員の暴言を、年かさの店員は止める。
だが、形だけで、本気で止めているわけではないようだ。
本音は同じなのだろう。
「魔族の奴隷を探している。最近入荷したやつがいるだろう?」
「うーん。そんな奴隷は入荷しておりませんね」
「嘘をつくな。隠すな」
「そうは申されましても……」
しばらく押し問答を続けていると、店の入り口から男が入って来た。
俺は物陰から、ちらりとそちらに目をやった。
立派な口ひげをはやし、恰幅が良くて身なりも良い。おまけに三人の従者を連れている。
店員たちは男に向かって、静かに、だが一斉に頭を下げた。
とはいえ、即座に対応に走るわけではない。
つまり、客ではないのだろう。
その男は店内を見回すと、よく通る声で言った。
「主任」
「はいっ」
俺と押し問答続けていた年かさの店員が、走り出そうとした。
「待て! まだ話は終わっていない」
「申し訳ありません。仕事ですので」
「俺の相手も仕事だろうが!」
だが、俺の引き留めを無視して年かさの店員は走り去ってしまった。
「旦那様、お待たせいたしました」
年かさの店員は深々と男に頭を下げる。
旦那さまと言うことはこの商会のトップなのだろう。
「接客中だったのなら、接客を優先しなさい」
「いえ、接客ではなく……」
こそこそと話している。
恐らく金持ってない奴が奴隷を見せろと絡んできただけとか言っているのだろう。
「たとえどのような格好をしていても、お客さまです」
そう小さな声で言って、男はこちらに歩いて来た。
店員の失礼な態度をフォローして、丁重にお帰りいただこうとしているに違いない。
笑顔で近づいて来た男は、俺の顔を見て目を見開いて一気に駆け寄ってきた。
「閣下! ご機嫌麗しゅうございます! お会いできて光栄です」
男の態度を見て、俺と押し問答をしていた二人の店員は狼狽しはじめた。
顔色がみるみるうちに青くなる。
「……おはよう。久しぶりだな」
近くで挨拶されて、俺は男が誰なのか、やっと思い出した。
二年ほど前、ヘイルウッド領に支店を出したいと挨拶に来た商会長だ。
当時、内政は俺が全て取り仕切っていたので、俺が応対したのだ。
「閣下が、我が商会においでくださるとは、ありがとうございます」
「急にきて、すまないな」
「いえいえ! いつでも歓迎いたしております!」
「そうか、ありがとう」
商会長はとても低姿勢だ。
「閣下、今日は一体どうなされたのですか? もちろん用がなくとも歓迎でございますが」
「……奴隷を買いに来たんだが」
「そうでしたか。どのような奴隷を?」
「成人の魔族だ。店員にはそんな奴はいないと言われてしまったのだが……」
商会長は一瞬だけ、ちらりと二人の店員を睨みつけた。
「ひっ」「あぅ……」
二人はびくりとしたが、商会長はすぐに笑顔に戻って俺に向き直る。
「店員の勘違いでございます。当商会には魔族の奴隷のご用意はございますよ」
「そうか。それは良かった」
「はい。さっそくご案内いたしますね」
「ありがとう」
すると、商会長は店員二人を睨みつけて「準備を」と一言だけ告げる。
それで二人の店員は慌てた様子で走っていった。
「閣下。こちらにおいでください」
そう言って商会長は自ら案内してくれたのだった。
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