悲劇のヒロイン志望でした

やなぎ怜

(1)

 式場は海の見える丘の上の教会がいいわ。そこで流行りの真っ白なウェディングドレスを着るの。ブーケは淡いピンクとホワイトのバラをたくさん使って。指輪はそうね、小さくてもいいからやっぱりダイヤモンドがいいわ。そして神父様の前で誓いのキスを交わして、永遠の愛を約束するのよ。新婚旅行はなくてもいいわ。貴方といられるのならどこでも構わないから……。


「アン……いや、アンジェリア。君の愛って……そうだね。独り善がりなんだよ」


 スクールの中庭に呼び出されて、美しいバラの生垣を見ながらそんな空想をして、隣を歩く恋人のライナスに告げる。そんなわたしに、ライナスは冷やかな視線を送って、足を止めた。わたしもそれにならって歩を止める。自然、わたしはライナスと真正面から対峙する形となった。


 わたしはライナスの顔を見た。美しい黄金の髪に透き通るような碧眼の持ち主であるライナス。わたしの恋人で……いずれは夫になる男性。歳はわたしより二つ上だから、もうすぐスクールを先に卒業してしまう。


 そうね、でもライナスと早くに結婚するためだったら、スクールを退学しても構わない。「これからは女性も自立して行かなければならない」と叔母様に言われてスクールに入ったけれど、ライナスといっしょにいられないスクールにいつまでも在籍していても仕方がないと思うの。


「どうしたの? 急にひどいわ」


 わたしはライナスの言いたいことがよくわからなくて、首をかしげて問うた。いつもだったらライナスは微笑みを浮かべて、わたしをまるでお姫様のように扱ってくれるのに、今日はちょっと違う。そう――まるで鬱陶しい羽虫でも見るかのような、冷めた目でわたしを見ている。


 わたしは戸惑いを込めてもう一度ライナスを見た。けれどもやっぱり、その端正な顔にわたしへの……愛情みたいな温かい感情は読み取れなくて。


「ハア……」


 ライナスが大きくため息をついた。大きな落胆と共に吐き出された彼の呼気。その意味がやっぱりわたしにはわからなくて、再び首をかしげてライナスを見る。


 そしてライナスはわたしの心臓に杭を打ちつけるような、決定的な言葉を放った。


「アンジェリア……別れよう」

「え?」


 ライナスの言っている意味がわからず、わたしは思わず身を乗り出してライナスに近づいた。それを見たライナスは、わたしから距離を取るように――いや、正しくそうなのだ――一歩、うしろへと下がった。


「え? え? え?」


 混乱の渦中へと突如として突き落とされたわたしを、やっぱりライナスは冷たい目で見るばかりだ。


 おかしい。わたしたちは将来を約束しあった恋人同士のはず。スクールを卒業すれば結婚して、子供を作って、幸せな家庭を築いて行く。そういう約束をした仲のはず。


 そう……そのはず……だった。


「僕もそろそろ将来のことを真剣に考えなければならない」

「……わたしと結婚してくれるって――」

「それについては謝る。できもしないことを約束して、君の貴重な時間を使わせてしまった」

「それじゃあ」

「……君との結婚は無理だ。現実的に考えて、僕は君の妄想には付き合えない」

「も、妄想……?」

「君のその、現実を生きていないふわふわしたところを可愛いと思っていたけれど――僕の将来を考えれば、君は妻としてふさわしくないと気づいたんだ。僕はいずれ父上の商会を継ぐ。家を空けることも多くなるだろう。君がそれに耐えられるとも思えないし、女主人として采配を振るえるとも思えない。僕の妻としては……君は失格、いや、そもそもの資格すら存在しない女性なんだよ。アンジェリア。いつまでも少女でいたいと思っている女性は――はっきり言って、僕の妻にはしたくない」


 淡々と「なぜわたしと結婚できないか」……その理由について告げるライナスの目には、ある種の侮蔑すら浮かんでいた。


 いつだって、わたしを優しく見つめていたライナスの瞳は、今やわたしを糾弾する色を帯びてさえいる。


「『式場は海の見える丘の上の教会がいい』とかさ……潮風はきついし、そもそも行くのが大変だし……そんなところに親戚や大切な取引先を招待するなんて現実的じゃないんだよ」


 吐き捨てるようにライナスはわたしの「幸せいっぱいの結婚ドリーム」を粉砕する。わたしはその衝撃でめまいを覚えた。あたまがくらくらして、視界がぐらぐらと揺れて、吐き気さえ覚えた。


「アンジェリア……恋人としてのアドバイスだけれど、いい加減、君は現実を見たほうがいい。でなきゃ、あっという間にき遅れのオールドミスになってしまうよ。世間には、夢見がちの妻を養う道楽男はそう多くはないだろうからね」


 呆然と立ち尽くすわたしとはもう目を合わせず、ライナスはさっさと踵を返して中庭を去って行く。


「さようならアンジェリア。君といた時間は楽しかったよ」


 そう、なんのフォローにもならない言葉を残して、わたしを置き去りにさっさと帰ってしまったライナス。


 ライナスにこっぴどくフられた事実をわたしが受け入れるには、相当な時間が必要で、教師に声をかけられるまで、わたしは美しいバラに囲まれながら、呆然と立ち尽くしたままだった。

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