天野と紫翼の天使

紫苑

序章

四天の因子と堕天の十二翼

 神の遣いとして語り継がられる存在、『天使』。

 それが伝説の存在ではなく、実際に現れ、世界へあまりにも大きな忘れ物をしたのは遥か昔の話だ。


 何百、何千、何万……あるいは何億という数の悪魔と僅か四人の天使が争った天災があった。

 人類を守護する目的で現れた天使たちは圧倒的な実力を誇り、悪魔たちを淘汰し続けた。

 しかし、多勢に無勢。どこかで一国を救う間に、どこかで数カ国が滅亡をしていく。

 次第に人類は数を減らしていき、天使たちも衰弱と疲労により実力を充分に発揮することが出来なくなっていったのだ。

 やがて庇いきれないと判断した天使たちは、世界に残りの力の全てを託すことを決断する。


 それが『忘れ物』––––四天の因子だった。


 それらは世界へ吸収され、受け継がれるべき者たちへと放出されていく。

 因子を受け継いだ少年少女たち、神世代の子どもたちはかんなぎ、あるいは巫女みこたちは四大天使までとは行かなくとも、悪魔を凌ぐ実力を有していた。

 

 ガブリエルの因子––––雷撃と予知の因子。

 ウリエルの因子––––白炎と純光の因子。

 ラファエルの因子––––液体と治癒の因子。

 ミカエルの因子––––救済と断罪の因子。


 四つの因子を受け継いだ子どもたちの世代が時代の主軸を担うようになると、恐れられていた悪魔という存在は次第に恐れられなくなっていった。

 しかし。

 神世代の人間は言う。


 「恐れるべきなのは悪魔ではない。本当に恐るべきなのは……」


 堕天の因子––––理不尽を捻じ伏せる程の理不尽。



 § § §



 九月の終わり。気温が下がりきらない満月の夜。

 街灯に照らされる道を歩く紫の半袖パーカーが一つ。手にはコンビニの袋が見られるあたり、おおよそ夜食の買い足しにでも出掛けていたのだろう。

 黒に近い深緑色の髪が月光に照らされる度に、不思議な色へと変化する。少し吊り目気味だが、真っ白な肌と涙ボクロは中性的だ。一見しただけでは男性が女性かの判断を付けることは難しい。

 ドン、と腹底に響くような衝撃に顔を上げる。

 遠くの空に、暗闇に溶けるような煙が登っていた。


「––––はぁ」


 溜め息を漏らす。

 遥か遠方から次第に近付いてくる光が四つほど。緑、白、赤、青色の光が少年の上空を通過して煙の根元へ向かっていく。

 それぞれ二対四枚の翼を擁して夜空を羽ばたいている。

 察するに、悪魔出現に伴い討伐に向かった因子持ちだろう。

 見慣れた光景だ。少なくなったとは言え、未だ非定期的に出現する悪魔に対して、一般人では手も足も出ない。

 どこかの誰かが正義感に駆られて作った組織がいくつも存在する。因子持ちの子どもは大抵が学生を卒業すると同時に、どこかの組織へ入るルートが完成しつつある。

 将来の自分が誰かを救っている姿を想像して、少年は眉をひそめる。とてもじゃないが、想像しきれなかった。


「はぁぁぁぁぁ……」

 

 もう一度溜め息を吐く。それが将来への不安なのか、何か他の要因なのかは分からないが、溜め息と呼ぶには少々長かった。

 乾いた風が吹き抜ける。

 月光が一瞬雲に隠れ、再度少年を照らす。

 

 ––––キラリ


 六対十二翼。背中一杯の紫の透明感のある翼が浮き上がった。

 

 


 





 


 


 

 

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