パンダの愚痴。
@Strayer
パンダの愚痴。
よお、俺パンダ。動物園でやたらと猿共にに人気の白黒毛玉だ。ここ、下野動物園のアイドルみたいなモンをやってる。今日は閉園したようで俺のファンはもうみんな帰っちまった。はー、今日も一日よう働いたぜ。……にしてもあのガキ、檻ん中に水筒なんざ投げ入れやがって。迷惑な野郎だ。
俺がやれやれだぜといった感じで迷惑なファンに対する悪口を唱えていると、目の前に毛の足りない猿が通りかかった。
「あ、そこのお前、俺の声聞こえてるか?ちょっとこの白黒アイドルの愚痴に付き合ってくれよ。ほら、笹やるから」
「パンダが喋った……?」
声をかけると、俺が入っている檻の前に一人だけいた『飼育員』と呼ばれる種族の無毛猿が、鳥小屋の鳩みてえな間抜け面でこっちを見てきた。ちなみに俺が種族を断定できたのは時間帯のおかげだ、この時間に園に入れるのは飼育員だけだからな。
「ああ、そうだよ。俺こそがみんなのアイドルパンダ様だよ、愚痴を聞いてけそこのハゲ猿」
どうやらこのハゲ猿は毛だけじゃなくて脳みそまで抜けちまってるようで、言語まで向こうに合わせてやったのにてんで理解しやがらねえ。大丈夫かこいつ?パンダだって会話くらい嗜むんだよ。バカにすんな。
「まじでパンダ喋った……」
「んだよ、パンダが喋っちゃ悪いのかよ」
「夢?」
そう呟くとこの毛根壊滅猿はいきなり頬をつねって俺の言葉を幻想だと疑いやがった。あんまりにもムカついたので手に持った笹で猿をぶっ叩く。
「ノン!」
バシィ、という快音と猿の悲鳴が誰もいない動物園にこだまする。
「夢じゃねえし、いいから愚痴に付き合えって」
俺がもう一回そう言うと、流石のバカ猿でもどうにか現状が理解できたようで、檻の前の手摺に腰掛けた。お前、目がやけに遠いところを見つめてるけどどうかしたのか?
「パンダの声が聞こえるなんて、ついに俺も寿命か……いいぜ、どうせお終いなんだ、パンダだろうと何だろうと話くらい聞いてやるよ」
「なんか分からんが失礼な奴だなお前」
まあいいや、こんな奴でも俺の愚痴に付き合ってくれるようだし、ありがたく思わねえとな。
「まあいいや、じゃあ愚痴るぜ」
「ああ」
俺は日頃の愚痴を垂れ流し始める。
「つーか、俺はこの動物園で産まれてこの動物園で育ってきたけどよぉ、檻狭くね?本能が走りたがってんだけど。それに、俺らパンダって本来なら広大な竹林に棲む種族だっておふくろから聞いたんだよ。おかしくね?」
「確かに、そう言われてみるとひでえもんだな」
「おうよ、まあ、他の連中と比べりゃまあまあ広い方だとは思うんだが、いかんせんな……」
「まあ、慣れだ。俺もそっち側にいたことがあるし気持ちはわかるぜ」
「はあ、やっぱ慣れるしかねえんだよなぁ……慣れる気はしねえけど」
ハハッとお互いに乾いた笑いを漏らして次の愚痴へ。なかなか聞き上手だなこの猿。
「それにこの動物園、人気があるのは結構だがうるせえんだよ。四六時中頭の足りなそうなキラキラしすぎた番とか、キンキン響く鳴き声の小猿とか……しかも小猿偶にゴミとか投げてくるからな。今日も水筒投げつけられてあわや大惨事だったぜ。何が『パンダさんお水ー!』だ!まだ末期の水はいらねえよ!しかも中身麦茶じゃねえか!殺すぞ!」
「お、おう……お前も溜まってるんだな。……つーかお前、やけに俺らの文化に詳しくね?」
「投げられるゴミとかの量が半端じゃねえからな。それを片付けにくるお前らの会話とゴミの特徴を摺り合せればそれくらい覚える」
「中々にロックな生活だな……」
ツルハゲ猿がどことなく哀れみのこもった目で俺を見てくる。
「だろ?でもまあ、今のはまだマシな方さ」
「今のでマシなの?パンダの扱いひでえな!?」
猿は心底びっくりした様子で目を見開いていた。俺、もしかして割と冷遇されてんのか?じゃあ俺の最大の不満を言ったらこいつどんな反応するんだ?ちょっと気になるな。
「それで、俺の最大の不満なんだがな」
「ああ」
「……水浴びに使える水が、足りねえんだ」
しばしの沈黙。猿はフリーズしていた。リアクションが返ってくる気配もねえから俺は勝手に話を続けることにする。
「しかも水が妙にぬるくてな、朝イチは冷水で顔を洗いたい俺としては甚だ不本意なワケだ。おまけに全身洗える量の水が来るのは週に一度だけ。信じられるか?何度も係員を噛み殺してやろうかと思ったが、それをやったライオン先輩が殺されたのを見てな、止めようと思った」
猿はフリーズから立ち直ったようで、立ち上がるなり足元からいきなり変な光る板を取り出した。
「……虐待じゃねえか!安心しろ!今すぐ俺が改善してやる!」
なんか頼もしい発言をした猿がいきなり光る板を三回タップして、そのあと板に向かって喋り出した。大丈夫かこいつ。
「警察か!?動物虐待の現場だ!場所は下野動物園パンダコーナー!早く来てくれ!」
頭のおかしくなってしまった猿はひとしきり板に向かって叫ぶと、とてもいい笑顔でこっちへと振り返ってきた。怖えよ。勢いが良すぎるんだよ。
「今助けを呼んだからな。多分そのうち改善されるはずだ」
「助けを呼んだってお前、板に向かって叫んでただけのアブねえ奴じゃん」
「ハハッ、流石に知らねえか。これは携帯と言ってだな……」
俺が猿から携帯とやらのレクチャーを受けていると、遠くの方から耳障りな音と赤い光が近付いてきていた。それらはある程度の距離で止まると、今度は騒々しい足音が聞こえてきた。
「お、来た来た。あれがさっき教えた俺が連絡した先の警察ってヤツでなぁ」
猿がそう言うと、夕闇の中を紺色の毛皮を纏った一団が駆けてきた。
「おう!おまわりさん!こっちこっち!」
猿が叫ぶと紺色たちが一斉に猿を取り囲んだ。
「ヒトキューマルナナ!露出狂を確保!」
そう紺色たちが叫ぶと猿はいきなり紺色に捕らえられ、夕焼けの向こうへと連れて行かれてった。
「なんだってんだ全く……」
俺は一連の流れの意味が理解できずボケーっとしていた。
「もういいや、今日は寝るか……」
次の日の朝、飼育員の毛皮を纏った猿が朝食を配りながらぶちぶち言っていた。
「まさかパンダコーナーに変態が出るなんて世も末だね……つーかパンダが喋ったとか供述がアホすぎるよ……」
「んだこら、パンダが喋ったらいけねーのか」
「……喋った」
パンダの愚痴。 @Strayer
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