Episode009 ナチュラル・サンクス
…――僕は思うんだ。
強く、こう思うんだ。
主人公になれるような人物は、この世に二人といないってさ。
この世での主人公、それは悲しいかな間違いなく僕じゃない。
だから、
探すんだ、主人公を。
主人公と友達になって平凡に生きてきた僕自身を変えるんだ。
そして、
友達になってくれたら、そして、僕の人生が劇的になったら。
こう感謝したいんだ。
ありがとうって、さ。
さあッ!
主人公を探し始めようか。輝く明日の為。
街角に出て、人混みの中で、ひときわ目立つ輝きを放つ人物はいないかと目を光らせる。主人公になれるような人はいないかってさ。主人公は、自分を平凡で一般的なんて言う。けど実は個性的で、人混みの中でも、ひと目で分かる。それが主人公。
ああ、そうだ、先に断っておくけどもさ。
僕も平凡に生きてきたなんて言ったからフラグじゃないかと勘違いされても困る。
僕が、お話の中へと放り込まれたら間違いなくモブになるね。
まあ、世の中にはモブが主人公のお話もあるから、モブになるようなやつが主人公になれないなんて事はない。けどね。もし、モブが主人公のお話が在って、僕が主人公だったら……、朝起きて学校に行って、学校から帰って、夜になったら寝る。
そんな、
日常が延々と繰り返されるようなどうにもつまらないお話になってしまうだろう。
伏線もなくオチもなく笑える場面も泣けるシーンもなにもない平坦なお話になる。
言っちゃえば、一般人の日記とも言えるようなものだろうか。
有名人でもなければ面白い事も言えない単なる高校生の散文なる3分クッキング。
しかも、短文なやつ。
それは、間違いない。
だからこそ僕は主人公を探しているんだ。
繰り返しになるけど、
そんな、お話にもならないようなものの主人公にしかなれない僕を変えたいのだ。だから主人公と友達になりたい。……などと考えながら、町中をくまなく探索していると、目の前から、褐色の肌を持ち、銀髪な、デカおさげの女子が歩いてくる。
「よっ!」
面識もない僕に右手をあげ挨拶する女子。
女の子としゃべった事が、数えるほどしかないから、ドキドキして焦ってしまう。
手に汗を握ってしまい、思わずうつむく。
顔が赤いのバレてないかな。ドキドキだ。
「元気? 死にそうな顔してるぞ、男の子」
てかさ。
……馴れ馴れしいぞ。
この子。
なんて恥ずかし紛れにも憎まれ口的な思いを浮かべてしまう。
女の子は、意にも介さずに二の句を繋ぐ。
「あたしは三珠イタコだわさ。青森県恐山で霊媒師してるッス」
うおお。
てかさ。
いきなり、当たりを引いたか。恐山の霊媒師って口寄せのイタコってやつだよな?
イタコをやる女の子の名がイタコ。名は体を表すってやつだ。
めっちゃ分かりやすくて、主人公っぽい。
「あの、……、と、と」
恥ずかしすぎて言葉が出ない。クソがッ!
「と? とっつあん?」
なんて不思議な顔をされ言われてしまう。
「というかよ。イタコなんかと話すと頭がバカになってしまう菌が脳に染み込むぞ。それよりも壺、買わねぇか。壺。あ、壺って言っても怪しい霊感商法じゃねぇぞ」
うおっ。
今度はなんだ? なんか青い髪のぶっ飛んだ格好の女の子だ。
てかさ。
また女の子に話しかけられてしまったぞ。
耳まで真っ赤に染めてドキドキが最高潮。
てか、もしかして逆ナンとかいうやつか?
いやいや、絶対、違うとか思う僕はきっと残念君なんだろう。
トホホ。
「オッス。俺はロータス・フォール。天国宣伝部営業課の天使だ。この壺を買えば死んだあと天国に逝けるぜ。まあ、でも天国も地獄も、さして変わらねぇけどな」
おおっ!
思わず、声にビブラートを加えてしまうほど、主人公っぽいやつがまた現れたッ!
天使で……、しかも天国宣伝部営業課所属などという肩書を持つ超個性的な女子。
しかも、
自分の事を俺という。
もはや、主人公は、この子でよくないか?
と、友達に、な、なってくだしゃっ……。
なんて心の中で噛んでしまう、残念な僕。
「あいやぁ、待たれぇ」
カンカンカンと軽くも拍子木を打ち付けているような音が辺り一面へと鳴り響く。
「俺にぃぃ、俺にぃぃ」
なに? なんなのさ?
「打てない球はねぇ!」
なんだ?
なんだ!
「将来の拒人四番バッター、草野球とは俺の事でぇぃ。てか、くさやきゅうじゃねぇぞ。くさの・きゅうだ。あ、これは念の為で、文字で読んでる人の用な。タハッ」
音を発していたのは拍子木だと思われたが実はバットだった。
それを二つ持って打ち付けていたわけだ。
加えて、
顔に隈取りを取り、歌舞伎然としたポージングで、ここへと入場してくる男の子。
てかさ。
文字で読んでる人用ってなんだよ。いや、この親切さが、余計に主人公くさいぞ。
なんて考えてた僕の頭をボールに見立ててカキーンとホームランの草野球なる男。
まあ、実際は、軽く小突かれただけどさ。
それでも痛かったぞ。この野球小僧がッ!
てかさ。
夢。それは主人公に絶対的と言ってもいいほどに必要なもの。
草野球、彼は、将来の拒人四番バッターだと言い放った。つまり、彼は、ともすれば不審者とも言えるほどの強烈な個性を放つという主人公特性をこれでもかと兼ね備えながらも夢を持つ男。イタコやロータスも捨てがたい。……捨てがたいが、
草野も間違いなくも主人公を張れる人物。
しかも、
打てない球はねぇという信念にも似た言葉を放つのが、余計に主人公っぽいぞッ!
クソッ!
一体、誰が主人公に一番ふさわしいんだ?
「ククク」
およっ?
「格好良い男の格好良い登場は、この辺りが妥当かな。俺は、裏の運び屋、葦田天」
裏路地へと続く街角に背中を預けて、両腕を組み、右人差し指と中指を立てる男。
黒い影を背負い、逆にこっちが恥ずかしくなるほどダンディズムを体現しまくる。
「よっ!」
と華麗にスライディングを決めて、草野のバットを右足で蹴り上げ、天へと還す。
が、びりっと大地が裂けるような大きな音がしてスボンの尻部分が派手に破れる。
「ちょっ」
溢れる滝汗がダンディズムを流し落とす。
「待てッ」
待てよ。
「ば、バカ。こっちを見るな。見るなって。違う。違うぞ。パリでは、これがトレンドなんだよ。芸術家気質のパリっ子、みんな、ズボンの尻が破れてるんだぜッ!」
と必死の形相で尻を手で覆ってから隠す。
てかさ。
格好良い男と自分で言いながら、きっちりとフラグを回収する男。これはもしか?
もしか。
もしか!
主人公にはよくある適正補正なのか。格好良いと自分で言いつつ格好悪い目に遭いまくるというコメディでのお約束なのでは? もはや裏の運び屋だとかいった属性には慣れてしまって陳腐化しているが、こいつも主人公で間違いはない。マジかッ!
てかさ。
今、現れた誰もが、一様に主人公を張れるようなやつらだぞ。
霊媒師のイタコと営業天使のロータス。打てない球はねぇと言い放つ夢追い人の草野球。格好良い男と言い張るが、実際は格好悪い男、葦田天。こいつら、今まで、どこに隠れていたんだよと思うほどに個性的で面白い。見てて飽きない。うむむ。
と唐突。
「……洋太くん、そちらは、どうでした?」
「いいえ。フーさん。残念ながら、こちらも全てが空振りです」
ほよっ?
黒いトレンチコートの襟を立てて、ひそひそ話をする、いかにもな怪しい2人組。
深々と黒いハットを被り、大きめのサングラスで顔を隠して世をはばかっている。
探偵なのか。格好からそう見える。ただ、片方は、そうとも思えるけど、もう片方が若すぎる。なによりも深い悲しみを背負っている瞳が、探偵などとは言ってはいけないようなオーラを放っている。あの人達は、一体、どんなやつなんだ?
中年の探偵らしき男が、目を閉じて言う。
「フムッ」
おおッ!
あれは口癖というやつなんじゃないのか?
「見事に灰色領域に溶け込んでしまいましたね。さすがは山際君といったところでしょうか。よろしい。推理ゲーム時の感覚で、ヒントを、ひねり出しましょうか」
探偵と思しき男が、ふっと顎へと手をあててから考え始める。
推理ゲームやヒントというのも聞き捨てならないが、なによりも灰色領域ってなんだ? 気になる要素満載でミステリアスすぎる。しかも若い方が、フーさんって言ってた。それで探偵。となると、もしかして彼の名は、……フー・ダニットか?
推理小説の三大分類の一つで、誰が犯人なのか? ってやつ。
めっちゃ、しゅ、主人公っぽすぎる名前。
狙い過ぎなくらいだ。
フムッ!
「今一度、確認したいのですが、洋太くん、君は、君の理想を、まだ捨ててはいないですか。あの過酷な殺し合いの中でも最後の最後まで貫き通した理想をです」
おもむろに考えるを止めて若い方に問う探偵っぽい中年の男。
「誰も殺さない、誰も傷つけないという君の気高き理想をです。反政府組織ダニットの全てを動かす為には、君の理想の火が消えていない事が大前提なのですから」
ちょっ。
ちょっと待て。待てって。……マジかッ!
あの若い方の瞳がたたえる悲しみの意味が、今、分かったぞ。
そうか。
そうだったのか。洋太くんと呼ばれた彼は、なんらかの力によって殺し合いを強要されていたのか。しかも、その中で、誰も殺さない、誰も傷つけないという浮世離れし過ぎな理想を貫いたと。しかも殺し合いの生き残りというやつじゃないのか?
もう、リミットがミジンコな僕の脳がパンクして熱暴走を起こしてしまいそうだ。
この2人組だけを見ても、どちらもが主人公を張れすぎて、頭が混乱してきたぞ。
「魔王!」
と唐突にも耳をつんざく大声が聞こえる。
てかさ。
ロリっ子悪魔だッ! ここまできて、ここに来るんかいッ!!
「どこにいったのよ。てかさ、あんたら、長縄蜜柑と天花由牙って言ったわよね?」
彼女は、自分であるロリっ子悪魔に付いてきた男女へと問う。
「フッ。君にもギャンブラーの友がいたな。確か、阿笠久里子と言ったか。彼女に悪魔の罠師と聞けば俺の詳しく分かるはずだ。Mメーク参加者と聞いてもいいがな」
「よっす。そそ。蜜柑だよ。てか、魔王って地蔵の居場所を知ってるんだよね。地蔵のやつ相変わらずだからさ。どこに行っちゃたのか、まったく分からないんだよね」
うほっ。
一気に情報の洪水が襲ってきて、脳が、フリーズでプリーズ。
おジョーズなジョークで我ながら苦笑い。
てかさ。
もう、一体、本当に誰が主人公なんだよ?
いや、もう、この際、誰でもいいんじゃないのか。別に本物の主人公を探しているわけじゃない。平凡な僕を変える為に彼らの誰かと友達になれればいい。もちろん、友達になれれば、僕の人生も少しは光り輝くものになるのではと思う。
そして、
人生が輝いたら、改めて言いたいんだよ、ありがとうってさ。
だから頑張る。気弱でも、僕の必死でだ。
あ、あ、
あのう。
おずおずとでも目の前でワイワイと騒ぎまくっている主人公軍団へと声をかける。
方や彼らは大きすぎる声で応えてくれる。
なにッ?
なんだ?
ハァン?
などと。
主人公軍団の声が重なりヤバげな大音量。
まるで、驚天動地なるビッグバンで、だ。
こっちは忙しいんだよとでも言いたげに。
だから余計に気後れしてしまい更に声が小さく萎んでしまう。
「あ、あの、その、だから、そうなんです」
クソッ。
ここで引いたら僕の人生は一生平凡なままで終わってしまう。
負けるか。負けるもんか。頑張れ、僕よ!
「ぼ、僕、平凡過ぎるくらいに平凡な男なんです。だ、だ、だから友達になりたくて。へ、平凡な自分を変えたくて、劇的に生きる為にも。友達、い、いいですか?」
我ながら、しょぼい声のかけ方だと自嘲。
友達、いいですか? ってなんなんだよ。
本当に。
「ハァ? 友達? マジで言ってんの、君」
と、イタコが信じられないといった感じ。
ヤ、ヤバい。もしか怒らせてしまったか?
と……。
イタコを制し中年の探偵さんが前に出る。
先ほどの返事には参加していなかった探偵のフーさんが応えてくれるのだろうか。
冷静に場を見守っていたからこそ彼らを代表してという感じ?
「フムッ」
ぴーんと僕の背筋が伸びてから緊張する。
探偵の射抜くような鋭い目つきに、また、気後れしてしまう。
「君は、劇的に生きたいと願うのですか?」
はいッという意味を込めたお辞儀をする。
カチコチに固まってしまった体でギクシャクしつつも必死で。
「フム。では、それは、なぜなのですか?」
えっと?
なぜだって? なぜ劇的に生きたいのか?
と、と。
僕は明確な答えを持っていなかったから応える事ができずに、眉尻を下げて困る。
「答えがないのですね。よろしい。では一つヒントをさしあげましょうか。本来ならばヒント料5万円を頂くのですが、今回はサービスという事にしておきましょう」
君が勇気を出してわたくしどもに声をかけた事に免じてです。
フムッ!
「さて、ここにいる七草洋太くんは政府主催での人体実験で殺し合いを強要されました。その果て幼馴染を失います。これは一つのお話にもなり得るものです」
まだ言葉を失ったまま頭を上下に振る僕。
「そのお話においての洋太くんは主人公と言える。悲劇のヒーローといいったところでしょうか。また、わたくしは灰色領域を持つ事件を探偵として解決してきました」
それは数多なる星の数ほどの事件をです。
「その果て灰色探偵ダニットという異名を頂戴し、依頼人と推理ゲームを愉しむ不謹慎で性悪な探偵という人生を送っています。これも、また一つのお話になり得る」
他にも、
「今、ここに、ずらっと並んだ彼らの顔つきを見渡して推理すると、彼らのお話もまた見えてくる。つまり、ここにいる全ての方達が、それぞれのお話を持っている」
もちろん……、いえ、これは蛇足ですか。
ここは自重しておきましょうか。フムッ!
そして、
「ここにいる全ての方達は、それぞれの人生というお話をもっている。そのお話の主人公なのです。その上で、お話が劇的であるか否かは、さほど重要ではない」
フム。それは、なぜだか、分かりますか?
答えは、
「それぞれの人生の中で、それぞれが必死で生きているという事の方が重要だからです。一見、平凡に見える人生とて起伏は激しいもの。その意味は分かりますよね?」
あ……。
そっか。
僕も、必死で声をかけて友達になって欲しいと勇気を出して。
「フム。それこそがヒントとなります。では、あとは、ご自分で、お考え下さいね」
と言うが早いか、目の前に並んでいた主人公軍団がぼやっとしたもやに包まれた。
今までいた街角も白く霞んで消えてまう。
あれ? なんだろう?
もしかして……、今、僕が居たところはお話の中だったのか?
そののち僕の視界が抽象画のよう歪んで揺れ、意識が遠のく。
でもさ。
そうか。そうだよ。なんとなく分かった。
なんとなくだけどさ。灰色探偵ダニットのフーさんのヒントを聞いて分かったんだ。お話は人生だと。漫画や小説、映画などで描かれるものは全て誰かの生き様を切り取った人生に過ぎなかったんだ。自分なりに必死で生きた事の記録だったんだね。
そうか。
そうだ。
僕を主人公にしたお話はつまらないものだって言ったけども。
言っちゃったけどさ。
ハハハ。
滑稽なほど見事を通し越してゆくフラグ回収をしちゃったよ。
そうだね。そうだな。
今、主人公を探して、さ迷ったのも僕を主人公にしたお話だったのか。勇気を出して必死な思いで声をかけたのも……、みんな、みんな、僕の生き様を記した冒険記。ハハハ。そうだ。つまらない人生なんてないんだ。みんな、必死で生きて……、
笑って、泣いて……。
そうか。
だからフーさんは言ったんだ、ここにいる全ての方達と……。
アハハ。
この世に、つまらない人間なんていない。
モブなんて、いない。
みんな、一人ひとりが劇的な人生を必死にもがき生きている。
それが、その人なりのお話で、その中の主人公こそが、その人自身。ああ、大きな勘違いをしていたみたいだ。うん。僕は、僕が生きている事で紡ぎ出す、お話の主人公になればいい。今回のように。大丈夫。きっと面白いお話の主人公になれる。
いや、面白い、つまらないなんて他人に決めさせちゃダメだ。
僕が、必死に生きれば、それだけでいい。
それだけでいいんだ。
「フムッ」
なんてあの探偵のおじさんの口癖を真似て意識が消え去った。
不可思議な空間を浮遊しつつ漂いい、そっと意識を手放した。
その耳に聞こえた。温かく優しい鳴き声。
空を舞うノビタキのピリリッという声だ。
僕は、ありがとうなんて気持ちで応えた。
また、たのしい物語を紡ぐぞと心新たに。
「てかさ」
と、イタコが、不満たらたらに口を挟む。
「友達、いいですか? なんて言うなよ。こっ恥ずかしい。友達なんて、いつの間にかなってるもんだわさ。てか、あんたとは、もうすでに友達だけどね。フハハ!」
こっ恥ずかしい事を口にできる勇気があるのを見直したから。
これから、よろしく。
ただし、地獄だがな。
「……というかッ!!」
俺(僕、私)ら、全員、もうすでに友達だぜ(ださわ、だろう)。分かったかッ!
この野郎。アハッ!!
うんッ!
ありがとう、みんな。
本当にありがとうッ!
「フム。もちろん、わたくしもなのですが……、いくらか歳が離れすぎですかね?」
アハハ。
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