第1章➀

「俺には前世のおくがある」


 はじめましてのごあいさつもそこそこに、きんぱつへきがんの王子様は高らかに宣言した。

 場所はお城の中庭、向かいの席でドヤ顔をろうしているのは我がアシュトリア王国の王太子、ユージィン・パドゥラ・アシュトリア様だ。対する私は田舎いなか貴族のむすめアリア・リラ・マテラフィ。可笑おかしいくらい身分のちがう二人がどうしていつしよにお茶しているかと問われれば、お見合いですと答えるしかない。


 想像してほしい。れいりこまれた生けがきに囲まれた小さなテーブルで、王子様と紅茶を飲む。お茶はとびきり美味おいしいし、テーブルの上には色とりどりのおとお花。かたわらのサービスワゴンでは、きゆうの少年がしんちようにケーキを切り分けている。

 さて──非常にロマンティックといえなくもないこのロケーションで、金髪碧眼の王子様はぼうとうばくだん発言をり出したわけであります。どう反応していいのかわかりませんわ、王子様!

「失礼いたします」

 フリーズした私に、給仕の少年が小皿に取り分けたチョコレートケーキを運んできてくれた。ラズベリーソースが白いお皿にえてすごく可愛かわいい。

「わあ、美味しそうね。ありがとう」

 思わずお礼の声もはずむというものだ。半分くらいは現実とうだけど許して欲しい。

 少年は私のテンションを目礼で受け止めて、音もなくはなれていった。ああ、ちょっと待って、もう少しそばにいて今日の茶葉の話でもしてくれないかな。いきなり前世の記憶を話しはじめる王子様のお相手は、私一人では荷が重すぎると思うの!

「きいているのか?」

「え、あ、はい。ケーキ、美味しそうですわね?」

「菓子のことは後でいい」

 うーん、気をらせそうにない。仕方ない、気が進まないけど話をあわせて差し上げますわ。

「……、ゼンセのキオク、でしたかしら?」

「そうだ、意味がわかるか? ここに生まれる前、違う人間として生きていた記憶だぞ」

「それは、興味深いお話ですわね?」

 五度ほど首をかしげてそうこたえると、王子様はみような表情をかべた。あれ、反応をちがえちゃったかな。でも、とつに正直な感想しか出てこなかった。

 常識的に考えて、うさんくさい『前世の話』を初対面のれいじようにぶっちゃけるのはどうかと思います。あまたのおじようさま方とお見合いをしてまとまらなかったのも当然ですわ。王太子候補最有力とうわさのジュリエッタ様に至っては見合いすらきよしたという噂だけど、この調子じゃ本当かも。

「興味深い、と言ったか?」

「ええ、この世界に生まれる前の記憶があるなんて、不思議なお話ではありません?」

 だけど大変かんながら、私は王子様の正気を疑ってはいない。疑う演技すらできなかった。

 打ち明けるつもりはさらさらないけれど、実は私にはいくらかのアドバンテージがある。どうようを見せることなく話をあわせることができているのは、そのおんけいだ。


「不思議……、そうか、考えてみれば不思議な話だ」

 王子様が考え込んでいるすきに、私はチョコレートケーキを一口食べた。うわ、めっちゃ美味しい! チョコレートケーキのひかえめな甘さと、ラズベリーソースのさんが絶品なの。これが食べられただけで、もとは取れましたわ。お茶もお菓子も美味しいし、目の前には(見た目は)キラキラの王子様。おそらく二人で話す機会なんて二度とないだろう。よし、この際きたいことは訊いておかなきゃ。

殿でんは前世で、どんな方でしたの?」

 思いきってそうたずねると、王子様は今度こそめんらったような顔をした。

 でもね、よほどのご不興さえ買わなければ、私には失うものはない。じやを装った問いかけに、王子様はまばたきもせず数秒間ちんもくした。青いひとみなつかしむような色がゆっくりとにじんでいく。

「……俺は、異国に生きていた」

「この国ではないのですか?」

「違う。そこでは小国が乱立し、領土を広げようと争っていた。俺は、そんな小国の領主だった」

「前世でもやっぱり王子様でしたのね」

「小さな国だ。だが俺は戦乱をしずめ、あまたの国をひとつにまとめるつもりだった」

「まあ、ご立派です」

「実際、我ながら良いところまで行ったと思う。天下統一まであと少しだった」

 ええっ、ホント? 話が出来過ぎじゃない? もしかしたらユージィン様のもうそうって可能性もあるぞ。

「だが、その野望は達成目前で裏切りにあい、俺は不意のしゆうを受けて死んだ」

「裏切り?」

「そうだ。しんらいしていた家臣に裏切られ、められ、火を放たれ、天下統一を目前にして命を落とした」

 ……あれ、なんかその話、知ってるかも?

 天下統一寸前で部下に裏切られ、ほのおに巻かれて自死しただいえいゆうを、私は知っている。でも、でも、まさか、まさかだよね?

「……あの、ユージィン様は、前世ではどんなお名前でしたの?」

 まんできずそう尋ねると、金髪碧眼の王子様はすいと目を細めた。遠くを見ていた王子の瞳が、私をとらえる。

「は、それを訊くか」

「殿下のお話があまりに興味深いので、つい。しつけでしたかしら」

「かまわん。前世の名前を訊いてきたのは、お前がはじめてだ」

 そうかもしれませんわね。つうは〝前世の話〟なんて真に受けはしませんもの。

くわしい話を聞きたいか?」

「ええ、

 むしろさとりの境地でうなずくと、王子様は美しい瞳におどろきとうれいの色を浮かべて私をめた。うすくちびるがゆっくりと動く。


「前世での俺の名はノブナガ」

「のぶ、なが……?」

「そう、オダノブナガといった」


 ────王子様の前世はのぶなが


 うすうす予感はしていたものの、いざその名前が出たしゆんかん、ひっくり返りそうになりました。平静を装って『不思議なひびきですね』と返した自分をめてあげたい。

 それからお茶会が終わるまで、変わり者で気難しいと評判の王子様は終始げんよくじようぜつだった。

 それにしても……、まさか、王子様が、〝お仲間〟だなんて。しかも王子様の〝前世〟は〝織田信長〟って。なんだろうこの格差……!

 そう──、私ことアリア・リラ・マテラフィも、実は前世の記憶を持っている。

 とはいえ、王子様のようにきようれつではなく、有名人でもなく、もっとあやふやだ。

 はじめて思い出したのは、ほんの子どものころのこと。おてんだった私はおしきけ出して森に探検に行き、道に迷った。雨に降られ、雨宿りにもぐり込んだ大木のうろねむってしまった。その時、はじめて前世の夢をみたのだ。

 どこかの国、どこかのせつ。並べられた机と椅子いす。同じ服を着た少年少女。今ならわかる、あれは学校だ。学校の夢を私は見たのだ。 無事に発見された私は、その後も同じ世界の夢を何度も見るようになった。夢の中の私は〝ヒナ〟と呼ばれている。たぶん、平和な国の平和な時代に育った、どこにでもいるごく普通の女の子。

 それが〝前世の私〟のすべてだった。

 もちろん前世の話は基本的に秘密。確実に頭がおかしくなったと思われるもの。そうわきまえてへいぼんな田舎貴族の娘として生きてきたというのに、それなのに!


 我が国の王子様が、まさかの前世持ち。

 しかも元・織田信長……織田信長だよ?

 第六てんおうだよ?

 マジですか?

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