胸に秘めた想い ③

「はぁっ?!オマエふざけてんのか?」

「いや、ふざけてねぇよ?ユキちゃんには、もし嫁の貰い手がなかったらオレんとこ来いって言ってある。でもまぁ、どうせなら少しでも若いうちがいいから、早めに来いって」

「なんだそれ……」


 自分の知らないうちにユキとマナブがそんな約束をしていたことが、アキラにはショックだった。


「チャッカリしてんな……。人に散々けしかけといて、自分は抜け駆けかよ……」


 アキラが思わず呟くと、マナブは笑ってタバコに火をつけた。


「抜け駆けって……。アキにはカンナがいたし、好きだとか結婚してくれとか、ユキちゃんにはなんも言わなかったじゃん」

「そうだけどさ……」

「ユキちゃんはアキのもんじゃねぇもん。オレがユキちゃんにプロポーズしてもおかしくねぇだろ?」

「……そうだな……」


(もっともすぎて、なんも言い返せねぇ……)


 アキラはうつむいて拳を握りしめた。

 たしかにユキは、自分のものじゃない。

 他の誰がユキを好きになってもおかしくはないし、ユキが誰を選んでも文句は言えない。

 けれど自分がユキから目をそらしていたうちに、マナブはユキに正面から向かって行ったのだと思うと、アキラは自分の不甲斐なさが悔しくて仕方がない。

 マナブは黙り込んでしまったアキラの背中を叩いた。


「どうした、アキ。もっと食えよ」

「オマエ……オレの気持ち知ってて、よく平気でそんなこと言えるよな……」


 アキラは箸で焼きそばをつつきながら、ため息混じりに呟いた。


「平気でって……。焦ってつまらん男に引っ掛かるくらいなら、オレの方がまだましだろ?さっきも言ったけどな、嫁の貰い手がなかったらだぞ?」


 やけに念を押すような言い草だ。

 アキラは焼きそばを口に入れて、少し考える。


「もしユキが他の男と結婚するって言ったらどうすんだよ?」

「そん時はそん時だ。ユキちゃんが幸せなら、それでいんじゃね?」

「適当だな、マナ……」


(マナの考えてることがいまいちよくわからん……。その程度の気持ちで結婚なんてできんのか?それとも一回経験するとそんなもんなのか?)


 腑に落ちない様子で、顔をしかめながら料理を口に運ぶアキラに、マナブは必死で笑いを堪えた。


「誰と結婚するとかしないとか、それはユキちゃんの自由だ。オレに取られたくなきゃ、さっさと捕まえるんだな」




 時刻は8時半を回った。

 店内はたくさんの客でにぎわっている。

 カウンター席では、相変わらずアキラとマナブが肩を並べてビールを飲んでいた。


「だから……なんでよりによってユキなんだよ……」


 久しぶりに飲んだせいか、今日はいつもよりアキラの酔いが回るのが早いようだ。

 さっきからアキラは、何度も同じことをくりかえし呟いている。


「それ何度目だよ。もう聞き飽きたって」


 マナブは火のついたタバコを手に笑っている。

 そのとき、アキラの隣の席に誰かが座った。

 しかし酔ってくだを巻くアキラは、それに気付いていない。


「何度聞いても納得できねぇんだよ、オレは!マナなら相手は他にいくらでもいるじゃん!」


 アキラが思わず握り拳でテーブルを叩いた。

 隣の席に座った誰かがじっと見ていることにも気付かないで、アキラはブツブツ文句を言っている。


「何がそんなに納得できないって?」

「だから、マナが……!」


 声を掛けてきた人の方を振り返ったアキラが、目を大きく見開いて固まった。


「マナが……どうしたの?」

「……っ……!!」


(ユ……ユ……ユキ……!!)


 突然目の前に現れたユキに驚いて、アキラは絶句している。


「いらっしゃいユキちゃん、お疲れ様」


 マナブは吹き出しそうになるのを堪えながら、ユキに声を掛けた。

 アキラはまだ固まったままだ。


(マナのやつ……!ユキが来るなんて一言も言ってなかったじゃねぇか!!)


 ユキはそんなアキラを不思議そうに見ている。


「アキ、大丈夫?もしかしてもう酔ってる?」


 ようやく我に返ったアキラは、慌ててユキから目をそらした。


「いや……まだ全然酔ってねぇ」


(一気に酔いも醒めたわ!!)


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