胸に秘めた想い ④
あんなにユキに会いたかったはずなのに、いざ面と向かうと、どうしていいのかわからない。
鼓動だけが、やけに速く大きく身体中に響く。
アキラはその場を取り繕うように、心なしかぎこちない手つきでタバコに火をつけた。
「ユキちゃん、何飲む?」
「私もビールで」
マナブはカウンターの中のスタッフに、ビールを3つ注文した。
それぞれビールを受け取り、改めてアキラの退院を祝して乾杯した。
アキラはそのままグラスを置かず、ほとんどの量を飲んでしまった。
「アキ、ペース早くない?」
ユキが不思議そうに尋ねた。
アキラは少し落ち着こうと、それに答える代わりにタバコに口をつけた。
(誰のせいだよ、オマエだよ!!)
マナブはグラスを傾けながら、所在なさげなアキラの様子を眺めニヤニヤしている。
「そうだ、ユキちゃん腹減ってるだろ?ユキちゃんの分、取っといたんだ」
マナブは席を立ち、カウンターの中から料理を盛り合わせた皿を持ってきて、ユキの前に置いた。
「すごい!美味しそう!!」
「オレが作ったんだ。遠慮なく食べて」
「ありがと、すっごくお腹空いてたんだ。いただきます!」
ユキはアキラの隣で、マナブの手料理を美味しそうに食べ始めた。
「何これ美味しい!!マナ、料理うまいんだね!」
「料理のできる旦那はいいだろ?いつでも嫁にもらってやるぞ」
「たしかに、それはいいかも……」
マナブとユキは、アキラをはさんで楽しそうに会話をしている。
アキラはそれを聞きながらイライラしている。
(何が『それはいいかも』だ!オレを間に置いてそんな話すんなよ!!)
何も言わず苛立たしげにビールを飲み干すアキラを見て、マナブはまた込み上げてくる笑いを必死で堪えた。
「なんか忙しくなってきたな。オレ、ちょっと手伝って来るわ。しばらく二人で飲んでて」
マナブは席を立ってカウンターの中に入り、他の客の相手をし始めた。
そして客からの注文を取りながら、並んで座っているアキラとユキの方をチラリと見てほくそ笑む。
(さぁアキ、どうする?指くわえて見てんのか?それともここらで覚悟決めるか?)
アキラは空になったグラスをカウンターの上に置いて、ビールのおかわりを注文した。
仏頂面でおかわりを受け取り、また無言でビールを煽る。
ユキは料理を口に運びながら、そっとアキラの様子を窺った。
(アキ、なんか機嫌悪いみたい……。一度もお見舞いに行かなかったから怒ってるのかな?それとも、私が来たのが気に入らなかったとか……?)
アキラはユキの方を見向きもしないで、タバコを吸いながら、ひたすらビールを飲んでいる。
ユキは思いきって、アキラの服の袖を引っ張った。
アキラはほんの少し首を動かして、チラリとユキを見た。
「アキ、これ好きだよね。食べる?」
「……いや、いい。さっき食った」
それだけ答えると、アキラはまたそっぽを向いた。
「ふーん……そう……」
ユキは、いつになくよそよそしいアキラの態度に肩を落としてビールを飲んだ。
(なんか、避けられてる?……ってか、嫌われてる?来ない方が良かったかな……)
ユキがそんなことを考えているとも露知らず、アキラはユキに話し掛けられたことにうろたえていた。
ユキに背を向け気味に座り、耳まで真っ赤になっているのを気付かれないように隠す。
(焦った……。ってか……普通に話せばいいのに、なんでオレはこんなそっけなく答えるんだ!!)
さすがにこれはまずいと思ったアキラは、正面を向いて座り直し、緊張してカラカラになった喉をビールで潤して、ゆっくりとユキの方を見た。
「やっぱ……」
「ん?」
ユキが顔を上げた。
こんなに間近でユキの顔を見るのは久しぶりで、アキラの胸が急激に高鳴る。
本当はもうお腹いっぱいなのに、アキラは皿に乗った唐揚げを指差した。
「それ……1個くれ」
「唐揚げ?」
「……おぅ」
「いいよ。はい」
ユキは唐揚げを箸でつまんで、アキラの口の前に差し出した。
「えっ?!」
(なんだこれ?!『あーん』ってやつか?!このまま食えばいいのか?!)
ユキは激しくうろたえているアキラを不思議そうに見た。
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