胸に秘めた想い ①
その日アキラは、3週間ほど続いた入院生活を終えて、久しぶりに自宅へ戻ってきた。
あのバーでの事件の朝に部屋を出たきりだったけれど、入院生活に必要な物は兄が取りに来て、入院中には母親が時々部屋に来て、掃除や空気の入れ換えをしてくれていたようだ。
何気なく部屋を見回すと、いつの間にかカンナが増やしていた調味料や食器が目に留まった。
いつも楽しそうに、食べきれないほどの料理を作ってくれたカンナの姿を思い出す。
(カンナが残してった物……片付けないとな……)
一緒にいる時は、カンナの異常なまでの愛情にあんなに悩んでいたけれど、今となってはカンナの想いに答えられなかったことが心苦しい。
あんなふうに終わってしまったことは心残りだが、あのままカンナと一緒にいても、いつかはもっとカンナを傷付ける形で終わりを迎えていたとアキラは思う。
どれだけ自分の気持ちをごまかしても、カンナにはすべて見抜かれていたのだから。
アキラが病院から持ち帰った入院中の荷物を片付けていると、スマホの着信音がなった。
(マナからか……)
通話ボタンをタップして電話に出る。
「もしもし」
『アキ、今日退院なんだろ?もう帰ってんのか?』
「ちょっと前に帰ってきた」
『そうか。とりあえずおめでとう。退院祝いにおごってやるから、今夜店に来いよ。退院したとこで酒ばっかもなんだから、飯作ってやる』
「そうだな……。なんかうまいもん食わせろ」
『よし、決まり。じゃあ、夜にな』
アキラは電話を切って、久しぶりのタバコに火をつけた。
入院中は『傷に障る』と言う理由で、医師から禁煙を言い渡されていた。
傷が痛むうちはタバコを吸いたいと思う余裕もなかったが、だんだん傷が癒えて痛みがおさまって来ると、無性にタバコが吸いたくなった。
しかし担当の看護師長の厳しい監視の元では、ナースステーションのすぐ先にある喫煙室に行くこともできなかった。
(やっと自由にタバコが吸える……)
アキラは煙を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
立ち上がって換気のために窓を開ける。
窓の外の見慣れたはずの風景も、久しぶりに見たせいか、やけに新鮮に見えた。
(ユキ……どうしてんだろ……)
入院中、ユキは一度も見舞いに来なかった。
マナブに何かおかしなことでも吹き込まれたのか、それともユキ自身が自分には会いたくなかったのかもと思いながら、アキラはため息混じりに煙を吐き出した。
(心配のひとつもしてくんねぇのかよ……。薄情なやつ……)
以前なら、『帰ってきたぞ』と笑って、ユキの元をふらりと訪れることもできただろう。
けれど今は、顔を見に行くどころか、メールをすることさえためらわれる。
ユキはきっと自分のことなんてなんとも思っていないのだろうと思うと、胸が痛くてため息しか出てこない。
それでもやっぱり、ユキに会いたい。
もう忘れようとどんなに無理をしても、結局はユキのことしか考えられなかった。
ユキを想うと切なくて、胸が苦しい。
それは昔から変わらない。
アキラはまたため息をついて、タバコの火を灰皿の上でもみ消し、天井を仰いだ。
(ああもう……。ユキはオレのことなんてなんとも思ってないのに……なんでオレばっかりがこんなに好きなんだ……)
外が暗くなり始めた。
アキラはついでで始めた部屋の片付けをキリのいいところでやめて、一息つこうとタバコに火をつけた。
片付けをしている時に、押し入れにしまい込んでいた卒業アルバムと、仲間たちとの思い出の写真を収めたアルバムを、しっかりと封をしていた箱から引っ張り出した。
アキラはアルバムを開き、タバコを吸いながら写真を眺めた。
写真の中ではアキラもユキも、あどけない顔をしている。
(これ、いくつの時だ?緑のリボンは2年か……。中2って言ったら、14歳か?)
アキラたちが通っていた中学は、学年によって女子のリボンの色が違う。
1年が赤、2年が緑、3年が紺。
ユキの制服のリボンの色で、この時は何年生だったかがわかる。
(あれから20年も経ったとは思えねぇんだけどな……)
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