傷付けた罪 ④

「うるせぇな!もういいっつってんだろ!別にユキなんか来たって嬉しくねぇし!」


 そんなアキラの様子がまるで子供みたいでおかしくて、マナブは笑いを堪えて涼しい顔をした。


「そうか?じゃあユキちゃんにはそう伝えとくわ」


 アキラが慌てて布団をはね除けた。

 その勢いで傷が痛んだのか、アキラは少し顔を歪めた。

 マナブは更に込み上げる笑いを堪える。


「ちょっと待てマナ、それはやめろ」

「だったら、アキは若くてかわいいセクシーナースに囲まれてハーレム状態だから、見舞いなんか行かなくていいよって言っとくか」

「そんな嘘は言わなくていい!」

「なんだよ、わがままだな。じゃあどうして欲しいんだ?」


 マナブに尋ねられ、アキラは視線をウロウロとさまよわせて考える。


「……なんも言わなくていい」

「来て欲しくねぇのか?」

「そういうわけじゃねぇけど……。ずっと会ってねぇから、なんか気まずいし……会っても何話していいか、どうしていいかもわかんねぇし……」


 予想以上にアキラが子供じみたことを言ったので、マナブは呆気に取られた。


「はぁ?!中学生かオマエは?!」

「とにかく!!ユキには余計なこと言うなよ!!絶対だぞ!!」


 アキラは激しくうろたえながら、中学生どころか小学生みたいなことを口走った。

 マナブはやれやれとため息をついた。


「反抗期……?いや、むしろ永遠の思春期だな。いい歳して、どんだけ純情だよ……」




 その日の夜。

 その日最後の客を送り出したユキは、珍しく閉店まで残って仕事をしていたミナと一緒に、サロンの後片付けをしていた。

 普段は娘のために6時頃には仕事を終えて帰るミナだが、冬休み中の娘が友達の家に泊まりに行くことになったので『たまには一緒に飲みに行こう』とユキを誘った。


「今日は二人だから早く終われるね」

「うん、さっさと終わらせて早く飲みに行こ!」

「よし!明日は定休日だし、ゆっくり飲もう」



 サロンを出た二人はマナブのバーへ足を運んだ。

 あの事件以来、ユキがここに来るのは初めてだ。

 カウンター席に並んで座り、ユキはジントニック、ミナはウイスキーの水割り、それからいくつかの料理を注文した。

 マナブはカウンターの中から、ユキにジントニックを手渡して笑いかけた。


「ユキちゃん、久しぶりだね」

「あー、うん。さすがにちょっとね、ここには来づらかったと言うか」

「だよね。でも元気そうで良かったよ。それにしても、ミナちゃんが来てくれるの珍しいじゃん」


 ミナはウイスキーの水割りをマナブから受け取り、タバコに火をつけた。


「冬休みだからね。娘が友達の家に泊まりに行ってんの。たまには母も羽伸ばさないと」

「じゃあ時間気にせずゆっくり飲んでってよ。これ、サービスしとくから」


 クリームチーズとクラッカーを盛り付けた皿をカウンターのテーブルに置いて、マナブはニコニコ笑った。

 あんな事件があったにもかかわらず、店は変わらず繁盛しているようだ。

 テーブル席の客から注文を受けた若いスタッフがオーダーを伝えると、マナブは注文を受けたカクテルを作り始めた。


「そういえばユキ、アキのお見舞いには行った?」


 ミナがタバコを吸いながら何気なく尋ねると、ユキは黙って首を横に振った。


「一度も?」

「……うん。行ってない」

「なんで?行ってやんなよ。アキ、めちゃくちゃ寂しがってんじゃない?」

「でも……仕事終わる頃には、面会時間も終わってるし……」


 いつになく歯切れの悪いユキの様子に、ミナは首をかしげた。


「仕事なら私が変わるけど?それか、昼間のユキ指名の予約入ってない時間に行ってくれば?」


 ユキは少し考えるそぶりを見せた後、もう一度首を横に振った。


「んー……いや、やっぱいい」

「なんで?命の恩人にお礼も言ってないのに?」

「うん……そうなんだけど……なんとなく顔合わせづらいって言うか……」


 やっぱり、いつものユキとは様子が違う。

 ミナには、ユキがなんだかソワソワしているようにも感じる。


「アキが体張って助けてくれて、ケンカはチャラになったんじゃないの?」

「だから、元々ケンカはしてないってば……」


 ユキはボソボソと小声で答えて、ジントニックを飲んだ。


「じゃあ顔合わせづらい理由は何?」

「……わからない。けど、なんか」

「なんか?」

「友達やめるってのは、まだ有効みたいで」


 ミナはユキの言葉に驚いて、水割りを吹き出しそうになる。


「はぁ?!何それ?!」


 ミナが思わず大きな声を出すと、マナブは興味津々な様子でニヤニヤしながら二人の前に立った。


「楽しそうだなぁ」

「えっ?いや、別に楽しいことなんか話してないよ?」


 ユキが慌てて否定すると、ミナは呆れた様子でため息をついた。


「マナ、この子たちは一体いくつだっけ?」

「ん?この子たちって?」

「ユキとアキだよ」


 なんとなくミナの言いたいことがわかったマナブは、おかしそうに笑った。


「あー……二人とも永遠の思春期だから」

「何それ……。バカにしてんの?」


 ユキは不服そうにジントニックを煽る。


「この子たち、友達やめたままだから顔合わせづらいんだってさ」

「あー……友達ねぇ。別にやめてもいいんじゃね?むしろやめて良かったよ」


 マナブの言葉の意味がわからず、ユキは眉間にシワを寄せた。


「は?何それ、どういう意味?」

「別にぃ。そういや今日、でっかいガキと会ったわ」

「え?」

「そいつ素直じゃねぇから、めっちゃ寂しがってんのに、寂しいとか会いたいとか言えねぇんだよ。で、拗ねてんの」


 マナブが誰のことを言っているのか、一体なんのことだか、ユキにはさっぱりわからないようだが、ミナはすぐにピンと来たらしい。


「あーね。これだから素直じゃないガキは……」

「それなんなの?」


 ミナは、ずっと眉を寄せて首をかしげているユキに呆れ果てているようだ。


「鈍いガキも扱いに困るわぁ……」

「はぁ……?」


 ユキはすっかり困惑している。

 マナブが堪えきれず声をあげて笑った。


「とりあえず、ケンカして女の子泣かせたら、気まずくてもちゃんと謝らないとね」

「間違いない」


 ミナが笑ってマナブに同意した。

 ユキはマナブのその一言で、ようやく自分とアキのことを言っているのだとわかったようだ。


「だから……ケンカもしてないし、泣いてもないってば……」


 そう言いながらも、ユキはマナブの言ったことを思い出して少し笑みを浮かべた。


(そっか……。アキ、寂しがってんだ……)





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る