第14章 クリスマス
第1話 かわいいじゃないか
十二月になり、安田市長の新しい市長としての任期が始まった。
市役所内は、選挙前のあの浮ついた雰囲気が収まり、いつもの日常に戻ったようだった。
市制100周年記念のアニバーサリーも、四月からはプレ・イヤーに突入する。今年度は準備期間としての色合いが強かったが、本格的に事業が開始されるのだ。
年が明けると2月からは先行して記念グッズの販売が開始されると共に、ロゴやのぼりの使用申請の受付が始まる。更にそれと合わせて協力企業の募集が始まるのだ。
保住が着々と準備をしていた特性ゆずりんが、市制100周年記念の中核を担う晴の舞台がじわじわと近づいてきているのだった。そのせいで、ともかく保住の機嫌はいい。
「なんだか忙しくなりますね」
固まってきた企画書を眺めていた大堀は嬉しそうな笑みを浮かべていた。「忙しい」ということが、そんなにも嬉しいのかと笑ってしまうほどだが、ここにいる全員が同じ気持ちらしい。
「アニバーサリーでは、四月にオープニングイベント。七月に記念式典。十月は戸沢市での梅沢物産フェア。十一月は戸沢市での音楽祭と交流会。同月、梅沢市でも同様の音楽祭——」
田口が読み上げた予定表に、ぼけっと座っていた保住は「ふふ」と笑った。
「なんだか大変だなあ」
「他人事みたいに言わないでくださいよ」
安齋は苦笑した。
「他の部署も巻き込むのだ。大した仕事ではあるまい」
「大した仕事って。市役所が一丸となって取り組むのですよ? それをそんな簡単に……。澤井副市長に怒られます。ほら、他部署からも企画案が上がってきていますよ」
田口はそばにあった書類を持ち上げた。
「文化課からは遺跡イベント、星野一郎記念館ではコンサートを増やしたいと。それから、市民課からは各町内会を通しての花いっぱい事業。観光課は花の植栽事業。農林整備課は花壇の造成。河川課は河川敷の景観を整える事業。公園緑地課はガーデニング教室とフラワーロード整備事業」
「へえ。いろいろな課が動くんだね」
感心したような声を上げた大堀。安齋は「市役所上げての祭だからな」と答えた。
保住は、「そんなことは承知済みだ」と言ってから、笑みを見せた。
「その他に、共催や後援依頼が多数問い合わせがあるようだ。それらのイベントをすべて網羅して年間カレンダーを作成しようと思っているところだ」
「それはいい考えですね」
保住は更に付け加えた。
「これからメインイヤーに近づくにつれて、イベントは無限大に増えるだろう。町を花で彩り、文化系イベントや地産地消イベントで盛り上げる。イベントに合わせて開催されるものだけでなく、例年行われている既存のイベントに関してもこちらで認定を行い、巻き込んでいく予定だ。しかし、我々が取り組むのはシンボル事業を着々と進めていく。年が明けたら、それぞれがメインで担当している事業の詳細なアクションプログラムを提出しろ」
「わかりました」
三人は大きく頷いた。
そろそろ初雪が見られる時期だ。保住は腰をさする。寒くなってくると、まるで古傷が痛むように腰痛がぶり返す。
田口の回復は目を見張るようだった。主治医も驚いているようだった。松葉杖も不要になり、自分のことは自分でできるようになってきた。自分の時とはわけが違うようだ。
田口銀太という男は、そもそもが頑丈だ。その資質が違うだけで、こんなにも違ってくるということに驚きを隠せなかった。
じっと彼を見つめていると、田口は恥ずかしそうに視線を上げてから頬を赤くした。
なにを勘違いしているのかはわからないが、保住のほうが恥ずかしい気持ちになった。
——かわいいじゃないか。
仕事中に、こうしてふと視線があっただけで幸せそうにしている田口。ここのところ、保住の彼への想いは少し変化してきている。
最初は、年下の部下。少し手のかかる大型犬。
それから友達。自分のことを心配してくれて、悪いものは悪いと言ってくれる図々しいが、友達想いの男。
次は好きな人。そばにいてくれると落ち着く。自分のイライラを八つ当たりしたくなるほど甘えていた。それでも彼は「八つ当たりしてください」と言い切った。
今は?
今は……大切な人。そこにいてくれるだけで嬉しい。目に入れても痛くないというものだろうか?
心がじわじわと暖かくなって、幸せな気持ちになれる。それに、そこにいて当然なのだ。田口は、自分のそばにいなければならない。今後も、未来永劫。そう思っている。
だが、彼に言うつもりはない。調子に乗って何をしでかすかわからないからだ。保住は笑みを隠しながら、パソコンに視線を落とした。
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