第12話 6時だよ。全員集合。
「保住室長!」
教育委員会文化課のメンバーは、保住の姿を見つけると、すかさず声をかけてきた。彼らは一応に不安げな表情をしていた。
「渡辺さん」
「一体、なんの騒ぎなのでしょうか。市長室にマスコミが。それに、先ほど野原課長が入院している病院から、課長がそちらに寄っていないかという問い合わせがあったんですよ。そんな電話、受けたことがない。課長、病院からいなくなったんでしょうか。この騒ぎと関連があるのでしょうか? 室長。一体、なにが起こっているのですか」
渡辺の問いに、保住は槇を見る。槇は小さく頷いた。
「渡辺さん。ちょっと、いろいろなことがあってですね。後で詳しいことは説明しますから。で、どうしたんです?」
渡辺は不本意そうに口を開いた。
「勿論、こちらには来ていないですと伝えました。しかし、なんだか心配になって。谷口を病院に向かわせたところでした」
「谷口は病院に……そうですか」
「え、ええ。警備員の人と押し問答になっちゃって、ムカムカしているみたいで、病院の玄関先から怒りの電話を寄越しました」
「渡辺さん。おれたちと一緒に来てもらえませんか。谷口にはそこに待機するように指示して」
「え? ええ。わかりました——けど」
保住は十文字を見据える。
「
「は、はい。承知しました」
「事情は道すがら説明しますから。渡辺さん。車出してもらえますか」
「はい」
鍵を取りに行くのだろう。部署に駆け戻る渡辺の後ろ姿と、市長室に向かう十文字たちの後ろ姿を見て、槇は「いいのか?」と声をかけてきた。
「多くの職員に開示するような内容ではないが、振興係なら信用できる。課長のことも大好きな連中だからな」
「ならいいが」
「今は一人でも多くの力が欲しいだろう? おれたちは警察ではない。プロではないのだ。人は多いほうがいいに決まっている。病院にいる銀太はまだまだリハビリ中で一人の頭数にはカウントできないからな」
「確かに。お前は、体力勝負は苦手そうだしな」
「当たりだ。そして、そういう槇さんもだろう?」
「喧嘩なんて、もう何年もしていない。しかも相手が横沢だと思うと、膝が震えるものだ」
鍵を持って、戻ってきた渡辺に促されて、保住と槇は階段を下りて行った。
「室長」
「なんだ。お前たち。帰っていろと言っただろう」
今度は安齋と大堀だ。
——揃いも揃って……。
保住は内心笑ってしまった。どうやら、自分の周囲の人間たちは、アクシデントを嗅ぎ取る能力が高いらしい。
「しかし」
「わかった。お前たちも市長室。天沼に指示を仰げ」
詳しい状況を説明しなくても、理解するこの二人には助かる。「わかりました」と安齋と大堀は階段を上っていった。
「お前の部下たちは、どれもこれも使い勝手がいいな。お前の教育の賜物か」
槇が少々驚いたような顔をする。それを受けて、渡辺が口を挟んだ。
「みんな室長ファンクラブなんですよ」
「なんだそれは」
「おれもよく理解できませんけど。嬉しい限りです」
三人は公用車の駐車場に足を向けた。
***
田口は小西と一緒に病室を後にし、感染症の隔離病棟に足を向けた。エレベーターへ向かう途中。詰所前を通りかかると、小柄でぽっちゃりとした女性看護師——加藤が顔を出した。
「あら、お二人とも、どこに行くんですか。小西さん。さぼってちゃだめじゃないですか。患者さんがいなくなっちゃったんですよ」
「サボってなんかいねーだろ。おれは立派に捜索してんの。そういうお前こそ。お前が担当していたんだろう? 野原さん……」
小西は声色を落とした。田口は彼女が野原の面倒をよく見てくれていたことを思い出す。彼女は心配そうに眉間にシワを寄せていた。
「そうですよ。私が担当なんです。もう、私の責任になっちゃうじゃないですか。それに、あんな状態じゃ、心配です。私も行きます。どこに行くんですか」
「いや——」
言葉を濁す小西を差し置いて、田口は加藤を見下ろして頭を下げた。
「どうか、捜索にご協力ください。よろしくお願いいたします」
「平くんに言われちゃっても、なんだか味気ないんですけど。まあ、いいでしょう。課長さんから、なにかご褒美もらいますからね。ね? 小西さん」
加藤はおどけて見せるが、小西は真面目な顔のまま「ああ、そうだな」とだけ答えた。かくして、三人に増えた病院内捜索隊は、エレベーターに乗り合わせて今は使用されていない感染症病棟へと足を向けた。
なにかと話をしていた小西だが、彼はすっかり黙り込んでいる。エレベーターの中で、田口は今回の件を頭の中で整理していた。
——やはり病院内には主犯、もしくは協力者がいるということだろう。課長の食事に異物を混入させたり、ベッドから連れ出したりするにはスタッフではないとできないことが多いということだ。しかし、協力者とは誰なのだろうか。
病棟をうろついてもおかしく思われない職員とは?
——看護師。医者。たまにやってくるリハビリスタッフ。
しかし、野原自身にも疑われない立場でなくてはいけないのだ。リハビリの指示が出ていない彼の元にリハビリ職がやってくるのは違和感につながるだろう。検査担当者だって、滅多には病棟で見かけないのだ。
——やはり自然なのは看護師か医者で……。
そこでふと田口の脳内に、嫌な考えが横切った。
——まさか? そんな? しかし。あり得なくもない? むしろ自然?
感染症病棟の入り口の扉を小西が解錠した。さび付いているのか、ギシギシと変な音を立てて開く重々しい扉の向こうには、長い廊下が続いていた。使用されていないということで、廊下は消灯され、緑色の非常灯だけが不気味に灯っている。
小西が足を踏み入れ、それから田口。最後に加藤が続いた。
三人が完全に感染病棟への入り込むと、後ろでに扉が閉まる。はったとして振り返ると、加藤が「しまっちゃいましたね」と笑った。
「いやいや。笑っている場合じゃねえだろう。加藤」
「え~? 小西さん。怖いんですか?」
まるで遊園地のお化け屋敷にでも来たくらいの感覚なのだろうか。彼女のその笑みは、なんだか違和感しかない。黙り込んでいると、小西が口を開いた。
「おい。加藤。お前——」
小西のその声色に、田口は、彼が何を言わんとしているのかが理解できた。自分も同様の考えに支配されていたからだ。しかし、そんなことを同僚の彼に言わせる訳にもいかない。彼は無関係なのだ。ただ、たまたま巻き込まれただけ。
「加藤さん。野原課長を連れ出したのは、あなたじゃないんですか?」
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