第6話 バディ結成


 田口は落ち着かずに、詰所に座っていた。患者が一人いなくなったという事件は、病院にとっても大きな不始末になる。

 師長の鈴沢は難しい顔をしていた。日勤の看護師数名が、病院内を探してきてようだが、野原は見つからなかった。


「いませんよ~」


「どこにいったのでしょうか」


「もう、あんな躰でどこにいったのかしら」


「病院周辺にもいませんね」


 病院の中を勝手知ったるスタッフが探しても見当たらないだなんて。田口は自分の担当看護師である小西に声をかけた。


「今の時間、病院の出入り口はどこになるんでしょうか」 


「外来が終わっているからな。正面玄関は締まっちまうんだよな。だから職員の通用口が夜間帯の出入り口になるんだよね。でも、そこには警備員がいるし。他には、物品搬入口もあるが、夕方以降は施錠されるからな」


「じゃあ、外に出るとしたら職員の通用口ですね」


「警備員には聞いてきたんだけどさ。車椅子の患者や、体調が悪そうな人間は通らなかったと言うんだよね。野原さん、あんな調子だったし。移動させるとしたら車椅子にでも乗せないと無理でしょ。両脇抱えるって言ったって——ねえ」


「目立ちますよね」


「だよな」


 小西はあごに手を当てる。


「物品搬入口だって、中からは開けられないことはないけど。外に出てから施錠するには鍵が必要だ。あそこの鍵は警備員が持っているしな。借りに来た奴、聞いてみっか」


 田口と話していて思いついたのか。小西は胸ポケットからPHSを取り出して警備員へ電話をかけた。通話を終えた小西は首を横に振った。


「今日は木曜日で物品の搬入予定はなくて、午後からは誰も鍵を使っていないみたいだ。夕方の見回りでも施錠されているのを確認したって言うし。まあ、搬入口はありえないってことだよな」


「じゃあ、野原課長はどうやって外に? まるで煙のようじゃないですか」


「確かにな。病棟内だってよ、夕方は、おれたちもあちこちうろついているからなあ。知らない奴がうろついていたら目立つんだけどなあ」


「職員に化けていたんじゃないでしょうか」


 田口の提案に小西は頭をかく。


「そういう手段もあり得るけどさ。一応、同僚の顔くらい見分けがつく。他の検査課の奴らだって同様だぜ」


「そうですか」


 田口は顔色を暗くした。小西も一緒にがっかりしたような顔をした。 


「困ったもんだな。自宅にでも帰っていてくれるといいんだけど——」


 そこで詰め所の外線が鳴った。電話の対応をした看護師が田口を見た。


「田口さん。あの。市役所の方からお電話ですよ」


「え、はい」


 側にいた小西は、自分のPHSで外線を受け取り、田口に手渡した。


『銀太。心して聞け。


 相手は保住だった。彼の言葉に田口は息を飲む。起こって欲しくない、最悪の出来事が起きたということだ。


「保住さん。どうしたら」


『もう少しで槇が帰庁する。これから市長と澤井と、上層部で協議をするらしい。もしかしたら、お前にも、なんらかの手伝いをしてもらうことになるかも知れない。すぐに連絡を取れるようにしていて欲しい。それから、この件は病院側には内密にしろ。いいな』


「わかりました——」


 声を潜めて返答した後、ついうっかり小西を見上げてしまう。彼はじっと田口を観察していたようで、ばちっと視線が合った。

 電話を切ってから、素知らぬふりをして小西にPHSを返却するが、彼は怪訝そうな顔をしていた。


「大事件?」


「え? いや。別に」


「嘘だ。顔がシリアス」


「は? あの。おれはいつも真面目で」


「嘘だ、嘘だ。もしかして、連絡手段必要?」


 ——なんでわかるんだ?


 田口は目を丸くすると、彼はうんうんと頷いた。


「スマホ、大丈夫だよ。病室から持ってくる?」


「え、でも」


「大事件なんでしょう。なんだか血が騒ぐな~。協力するからさ。ちょっと概要教えてよ」


「しかし」


「病院のこと、おれだったら詳しいよ?」


 彼は死んだ魚のような瞳を輝かせていた。ただの野次馬か? それとも——。詰所から出ていく彼を見送って、田口は大きくため息を吐いた。


 ——とんだことになった。あんなに衰弱していたんだ。課長、大丈夫だろうか。彼を病院から連れ出したのは、一体誰だなんだ?




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