第8話 お前は甘い




「書類にこのような刃物が紛れるということは偶然ではあり得ません。意図的に何者かがここに仕込んだ。それは田口を狙ったものなのか。それともたまたま田口だったのか。たまたまであれば個人への攻撃とは言い難い」


「推進室への嫌がらせということだな」


「そういうことです。傷害事件として届け出ますか」


「お前はそのつもりで現状維持にしているのだろうが。今回の件は庁内で収める。佐々川にはおれから言っておくから」


「しかし——」


 澤井はきっぱりと言い切った。


「この事業は華々しく展開されねばならん。こんなダークな話題が表にでも出てみろ。そんなことは許されないのだ。いいな。ここにいる職員皆に口留めをしておけ。他言無用だ。この件がおれの耳にでも入ってきたからには、観光課及び、推進室職員には厳罰を科す。いいな」


 ——そんなことはどうでもいいのだが……。


 保住は焦燥感に駆られていた。田口がターゲットになっているという可能性が否定できないからだ。不安で仕方がなかった。佐々川には悪いが、負傷したのが田口ではなくて心底安堵している自分も自覚していたのだ。


「しかし、このまま放っておいても、犯人を見つけることはできませんよ。またこのようなことが起きたらどうするのですか」


 保住の言葉に澤井は軽く返す。


「お前が見つければいいだろう? これは推進室の問題である。田口個人にしろ、推進室にしろ、責任者はお前だ。解決する方法を模索しろ。それがお前の責務だ」


 ——勝手なことを抜かしてくれる。


 保住はむっとしてそれから「では」と言葉を切った。


「では好きにやらせてもらうと致しましょう。この件に関しては、ターゲットが曖昧です。田口個人への攻撃という線も捨てきれない。ここから数日は業務中は必ず複数人での行動をするように指示をします。それから、この件は田口には伏せます」


「なぜだ」


 保住の意見に口を挟んだのは澤井だ。


「田口個人への恨みだった場合、本人を不用意に動揺させるからです」


「だからなんだ。危険が迫っているのかどうか、わからない状況は無防備すぎるぞ」


「大丈夫です。おれがなんとかします」


「お前は甘い!」


「これがおれのやり方です!」


 澤井と保住が言い争いになりそうな雰囲気に陥ったのを見兼ねて、再び安齋が間に入った。


「お二方、こんなところで揉めている場合ではありませんよ。おれがなんとかします。室長では、とても田口の身の安全を確保できるとは思えませんからね。落ち着くまで、おれが張り付いて田口の周囲に気を配ります」


 きっぱりと言い切る安齋。保住は不本意だが、それは最もな意見であると自覚した。なにせ運動音痴。自分の身すら守れないような男だ。危機が差し迫った時に田口を守れるか、と問われると自信はない。澤井も同感なのだろう。安齋が出たことで納得したらしい。


「確かに。用心棒なら安齋のほうがお前よりはマシだ。だが保住。お前のその甘さが後々、大事にならないことを祈るばかりだぞ」


 こういう場面では、きっと修羅場をいくつもこなしている澤井の判断が正しいことくらい重々承知だ。だがしかし、やはり田口にはこの件を伝えたくはなかったのだ。


「聞きましたよ。これは由々しき事態かな」


 よく通る声にはったと顔を上げると、そこには財務部長の吉岡がいた。


「よくもまあ、地獄耳のようだな。盗聴器でもついているのだろうか?」


 澤井の嫌味にもめげずに吉岡は、軽く笑った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る