第6章 保住のヒミツ

第1話 ぬいぐるみ



 市制100周年記念事業推進室は、少しずつチームとして機能し始めた。安齋と大堀の喧嘩は相変わらずだが、それがコミュニケーションの一つであると周囲が理解したおかげで、そんな言い争いも微笑ましい光景になりつつあった。

 今日は週に一度の定期ミーティングだった。


「来年度四月より、プレキャンペーンとして商工会議所の全面協力をいただきながら、PRを開始したします」


 大堀は自分が担当している事業の進捗状況を説明した。


「内容一つ目はポスターの配布です。二つ目に協賛していただける企業、事業所に対し、特別にロゴの使用許可を下ろします。ロゴの使用方法につきましては、事前にこちらで精査し、特に問題がなければどんどん許可していく予定です」


「ロゴの作成はどうなっている」


 保住の問いに答えたのは田口だ。


「ロゴはゆるきゃら作成をお願いしている印刷会社に発注済です。ゲラの出来上がりは、来月頭になっております。ロゴにつきましては、既存のゆるキャラのデザインを改変して、文字との組み合わせで依頼しているところです」


「そうか」


「ロゴは事業所での使用許可のみではなく、のぼりやグッズの作成にも活用することを検討中です」


 大堀は話を戻す。


「のぼりに関しましては、有料での販売予定ですが、原価割れ覚悟の低価格にいたします」


「予算は」


「大丈夫です。それ以上の協賛金を見込んでおりますので、トントンになるかと思います」


「ちなみに協賛金につきましては、イベントごとの広告代などを予定しております」


 安齋が付け加えてくれたのを確認して、大堀は自分の報告を続ける。


「次にグッズに関してですが、こちらはまだ企画段階です。アニバーサリーに入りましたら、本格的に販売開始にいたしますが、販売時期、内容については業者と相談中であります」


「あまり早くに売り出すと間延びするな」


 保住は頭の後ろで腕を組んで椅子にもたれた。彼が何かを考えるときのくせでもある。


「そうなんですよね。しかし周知期間が不足するのも考え物です。時期については、再度検討が必要ですが、売れ残りが大きいと問題です。よりニーズの高い、そして、アニバーサリーに使える商品の選択が必要であることには違いないんですけど……」


 そこで彼は、今まで淡々と報告を行っていた声色を弱めた。


「どんなグッズだったら人気があるのか? 売れるのか? 想像はするんですけどね~……。一応、他の行政区の事例や、ゆるキャラの売れ筋グッズのリサーチはしているとこなんですけど……」


「確かにな。一般的な流れに即するのが無難であると思われるが、それだけでは独自性が足りないな」


 保住の意見に安齋と田口も首を傾げた。正直ゆるキャラのグッズなんて興味もなかった。そう言われても、思いつくものなんてない。かろうじて思いつくものと言えば、旅先のサービスエリアや駅のお土産コーナーでよく見かける携帯ストラップだろうか?


「携帯のストラップとか?」


 田口の言葉に安齋は苦笑する。


「ストラップは確かに王道だが。最近は古いんじゃないのか? もうスマホの時代だ。ストラップを付ける場所がない」


 田口は打つ手なしとばかりに困惑して周囲を見渡した。


「イベントで利用できるタオルとかでしょうか」


「ライブみたい」


 安齋の意見に大堀が笑う。


「後は、文房具関係?」


「文房具はいい案かも」


 安齋と大堀のやり取りになかなか入れない田口は、黙って様子をうかがうばかり。


「ピンバッチなどもいいかも知れないな」


「案外、ぬいぐるみは厳しいですよね~……」


 大堀の言葉に、ふと保住が「ぬいぐるみか……」とつぶやいた。


「あれ? 室長はぬいぐるみがお好きですか?」


 保住は、はったとして姿勢を起こした。


「い、いや。そういうのでは……」


 保住の自宅にぬいぐるみは見かけないから、まさか保住が「ぬいぐるみ」に反応を示すとは思わなかったのだ。田口は意外そうに彼を見た。だが彼は「ぬいぐるみか……」ともう一度呟いた。


 ——興味があるのか? 保住さんがぬいぐるみ?


 なんだか笑ってしまう。二人はそんな保住の様子を気にも留めることなく、グッズの案を話し合っている。その間、田口はこっそりと保住に耳打ちをした。


「ぬいぐるみがお好きだなんて、初耳ですが」


 田口の言葉に、保住は「心外だ」とばかりにむっとした顔をする。


「……好きじゃない」


「本当ですか?」


「だから——好きではない。勘違いするな」


「そのようには見受けられませんが……」


 これ以上、田口と話し合いたくないのか。保住は声を上げた。


「わかった。その件に関しては後日、時間を持とう」


「は、そうですね」


「すみませんでした」


「失礼いたしました」


 三人は苦笑いだ。大の男四人でゆるきゃらのグッズ案を議論するなんて、なんだかおかしな光景であるが、仕事だから仕方がないと思う。しかし夢が膨らむというところか。


 ——こういう仕事も悪くない。


 田口はそう思った。



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