第6話 まさに茨の道


 一難去ってまた一難。昔の人はよく言ったものである。企画書が通ってほっとしながら部署に戻ると、大堀が青い顔をして二人を待っていた。


「ごめん、どうしよう」


「なに?」


「どうした」


 田口と安齋は、嬉しい気持ちも失せて慌てて席に戻った。


「おれの予算書、財務ではねられた……」


「は?」


「!?」


 三人は顔を見合わせて絶句。


「根回ししていたつもりなんだけど。本腰いれている事業でもないし、まだまだ企画段階なんだから、今年度、回してやる予算ないって」


「だってお前。古巣だろう?」


「大丈夫だって、言われていたんだけど……」


「お前のコネクションがでかすぎなんだよ」


 安齋は呆れる。


「部長と仲良しだったから、逆に現場ではやっかまれていたのではないか」


「確かにね」


「……使えねーな」


 田口と安齋はため息だ。


「そんなこと言わないでよ……。その課長も異動になってたし。いけるかな? って思っていたんだけど……」


 大堀はガッカリして肩を落としていた。確かに保住も言っていた。財務課長の廣木ひろきはなかなかの男だと。


 しかし困ったものだ。メインイヤーの企画と並行して進んでいるのが、今年度と次年度の前倒し企画だ。

 メインイヤーを盛り上げるために、この二年間をかけて、少しずつ周知イベントを展開する。さっそく今年度後半から、動き出す企画についての具体的な調整をかけているところだが……。


「ともかく、もう一回交渉してくる」


「調整係の高梨さんに相談してみるか?」


「あの人、当てになるかな……」


 大堀の不安そうな声色に、提案した田口も閉口してしまった。あのまんまる風船が財務の廣木を落とせるとは、到底思えないからだ。


「おれ、自分でやってみるよ」


 大堀は「うん」と頷いてから腰を上げた。すると内線が鳴る。


「推進室の安齋です」


 彼の声色もそう明るくはない。なぜか今日は、ともかく嫌な一日になりそうだった。



***



 終業のベルが鳴った。三人は大きくため息を吐いて、椅子にもたれていた。


「とんだ一日だ……」


 田口と安齋と大堀は、顔を見合わせて黙り込む。三人の前に並んだ書類の山。全部、問題が起きたものだ。決済が通らなかったり、文句を付けられたり、滞ったり……。解決しなければならない問題が山積だ。


「今日はひどい一日だ……」


 そう呟く大堀を見て、安齋は苦虫をつぶしたような顔をする。


「今日が酷いのか。普段は何事かあると室長がなんとかしてくれていたのか」


「どちらかと言えば、そっちかな」


 田口も同意する。


「明日は、来るのだろうか」


「しかし来たって、この書類を見たらがっかりさせるだけだね」


「……」


 やっぱりまだまだ。自分たちの力の未熟さを感じる。三人は顔を突き合わせてため息を吐くが、安齋が「気を取り直そう」とばかりに声色を変えた。


「ともかく! 明日、室長が来たら他部署と交渉しなければならない。交渉材料だけでもなんとか下準備しておこう」


「そうだな。しかし、安齋は昨晩も徹夜……」


「大丈夫なの? 安齋」


「その話は、いい。まずは、だ」


 田口だって早く帰りたいのはやまやまだ。昼間、電話をしても応答がなかった。ようやく三時過ぎに「無事だ」というメールが返ってきただけ。調子がよくないのだろう。心配だった。


 すぐにでも飛んで帰って、そばにいたいが、こんな有様の現場を投げ出すことなんかできそうにない。今はともかく、この目の前の課題を必死にこなしていくことが、自分の責務だと思うのだ。


「わかった。それぞれの責任のところをまず精査して。問題点があるところは、相談していこう」


「わかった」


「了解」


 田口の言葉に安齋と大堀は頷く。研修の時は安齋がリーダーだった。しかしここは実践だ。文科系の企画運営をしていた田口のテリトリーでもある。


 安齋は能力に長けているが、なにせ離れ小島で仕事をしていた。そのおかげで他部署との交渉が苦手なのだ。安齋がしくじりやすいのはそこ。他部署の都合を考えた企画になっていないから、突っぱねられる。


 大堀はお金の計算がいいが、なにせコネクションに頼りすぎる。誰かがなんとかしてくれるという甘えもあるようだ。もっと説得力のあるものを提示しないと難しいだろう。


 自分はどうか。保住にいつも寄りかかっているから、彼がいないと言葉や考えがまとまらない。もう少しスマートに纏めないと。

 自分の弱点を克服する。それが必要だ。ここ何年も保住におんぶに抱っこばかり。独り立ちして、彼に迷惑が掛からないようにしないと。


 ––––どうしたらいい? 保住さんならどうする?


 そんなことを考えながらボツになりかかっている企画書を見直す。三人とも必死だった。踏ん張りどころだ。選ばれてよかったどころの話ではない。


 『茨の道』と保住は、表現していたが、まさにその通りかも知れない。今までの経験以上のものを絞り出さないと厳しい部署だ。死にもの狂いと言う言葉が適当だ。時間はどんどん過ぎていく。三人は焦りの中、黙々と仕事をこなしていった。


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