第5章 なかま
第1話 飼い主不在
翌朝。水分を摂らせて寝かせたものの、保住の体調は回復しなかった。
「休んだほうがいいです。完全に熱中症じゃないですか」
「仕事に行く」
田口の手を払って、起き上がる保住だが顔色は悪い。朝になって少しは水分が入るようになったが、病院で点滴をしてもらったほうが賢明だ。なにせ、口から入らないのだ。強制的に点滴をするのが一番だ。
しかしこう不機嫌に断れてしまうと澤井のように強引に出来ないところが辛い。
––––やはりおれでは力不足なのだろうか。
田口は不安な気持ちを押し隠すかのように、ベッドに起き上がっている保住の隣に座り、そっと抱き寄せた。
「銀太?」
「心配なのです。無理してまた入院なんかしたら元も子もありません。仕事よりもなによりも、あなたの体が心配なのです。おれの気持ち、わかってもらえませんか」
「理解している。お前の気持ちはよくわかる。だが……」
「だったら。お願いします。どうか今日は休んでください」
ここのところ休みもない。安齋の扱いにてこずっていたり、澤井に重圧をかけられたりと色々と立て込んでいたから、さすがの彼も疲弊気味なのだ。
多分その疲れが悪さをしているのではないかと思う。だから今日くらいは––––。
「安齋の企画書は、おれがなんとかします。澤井副市長もなんとかします。任せてもらえませんか」
「……」
保住は迷っている仕草を見せたが、少ししてから小さく頷いた。田口の真剣な眼差しを間に受けて、納得してくれたようだった。
「わかった。お前を信じよう」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「すまない。本当に……」
「昼、電話します。寝ていてください」
保住の額に手を当ててから立ち上がる。彼の瞳は不安そうな色を浮かべていた。
仕事を休むことへの不安か。それとも、一人置いていかれることへの不安なのだろうか。それは多分、尋ねても彼自身も認識していないことかもしれない。
振興係とは違う。保住がいない一日はどんなことが待ち受けているのか。田口は不安を覚えながら玄関を出た。
***
「おはよう」
職場に顔を出すと、安齋が座っていた。大堀はまだ顔を出していなかった。昨日の今日で出勤してくるのだろうかという不安を覚えた。
「昨日は、すまなかったな」
田口の顔を見つけると安齋は早々に声をかけた。
「おれは構わないが。––––安齋、室長は休みだ」
「え」
いつも冷静な安齋の表情が珍しく曇る。澤井に書類を出さなければならない日だからだ。昨日の宿題の添削がしてもらえないということに不安を覚えたのだろう。
「昨日の熱中症か」
「今回は軽症だけど、今日は動けないようだ。一日休めばなんとか復活できるのではないかと思う」
「熱中症って。同じ環境にいるのに。おれたちは平気だが」
「あの人、暑い寒いの閾値が高くて感じないから、水分を摂らないんだ。おれが一緒の部署になった年の夏には死にかけて入院だ」
「冗談だろう」
「嘘じゃない。澤井さんが病院にすぐに運び込んだから助かったけど。あの時はおれも肝が冷えた」
安齋は苦笑する。
「あの人、優秀なのに抜けていて可愛いところがあるのだな」
安齋の口からそういう感想が出るのは好ましくない。田口は内心むっとするが、顔にも出るのか。安齋はそれを見て更に苦笑した。
「お前は、本当に室長が好きだな。室長もお前びいきだ。相思相愛ってところだな」
「なにが言いたいんだ」
「いや。別に」
安齋は意味深な笑みを浮かべてから、咳払いをする。
「––––それより、どうするかだな」
「澤井副市長との件はおれが一任されている。おれは安齋よりも澤井副市長との付き合いが長いから、少しは好みを心得ている。安齋の書類、不本意かも知れないがおれに見せてくれ。副市長のところに行くときもおれも同伴する」
––––断るか?
しかし安齋は妙に素直に田口の話を受け入れた。
「悪いな。田口」
「いや……別に」
なんだか肩透かしだ。しかし頼られるのも悪くないと思いながら、自分の席に座るとパソコンを立ち上げた。
「おはよーございます……」
すると語尾が消えかかったような状況で大堀が顔を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます