大学生とTシャツ

「……つき、紗月、起きてー」


 聞き覚えのある高い声がして目を開けてみると、未来が俺の肩をポンポンと叩きながら声をかけていた。


「もう着いたのか?」

「うん! つっくんがすっごく気持ちよさそうに寝ていたから起こすそうか迷っちゃった」

「そこはすぐに起こしてくれよ」


 電車の外を見てみると明るいホームに東京と書かれた電光掲示板がある。 俺は急いで荷物を片付け、電車から出る。


 外に出ると少し冷えた空気が体を包み、少し肌寒く感じた。 昼間はあんなに暑かったのに、と思いながら最寄り駅までの電車に乗り換える。 母さんたちは俺に先ほどのことを考える時間をくれているのか静かに暗くなった窓の外を眺めている。


 俺はさっき言われたことについて考える。 このまま母さんたちと一緒について行くのも悪くはないと思うし親孝行とも言えるだろう。 


 しかし未来の問題も解決し、ようやくこれからと言うタイミングで日本から出るのは流石にためらってしまう。 それに杏樹や舞先輩たち、紅葉ちゃんに日向のこともある。


「なあ未来」

「なぁーに?」


 俺が声をかけると母さんと同じく窓の外を眺めていた未来が眠そうに返事をする。


「俺が突然いなくなると言ったらどうする?」

「……そうだねー。 私だったら行動は普段通りかな。 ただ大切なものが消えて心に穴が開いた感じになるかもだけど」

「そう言われると重いな……」


 目に光が宿っていない未来など今の姿からは想像できないな。


「愛はそのくらいがちょうどいいんだよー」


 未来は俺の方を見て笑った。


 俺はいつも未来に気づかされてばっかりだな。


「未来」

「んー?」

「いつもありがとな」


 未来はキョトンしたが、


「そう思うならアイスー」


 と、いつものように返してくれた。


 家に帰ったら母さんにちゃんと伝えないとな。 俺はこの生活が好きだと。 今いる未来や杏樹たちから離れたくないと。


 俺が決心したのを悟ったのか母さんがこっちを見て笑った。


「やっぱりダサいわね。 そのTシャツ」

「もとはと言えば海に行くって言ったの誰だろうね」


 俺は自分の着ているTシャツに目を下す。 うん、やっぱりダサい。 帰って洗濯でもしたらお土産と称して雄二にでもあげよう。


 それとメナージュにも顔を出しておかないとな。 過ぎたこととはいえ紅葉ちゃん問題の時にお世話になったからな。


「まあゆっくり考えなさい。 これからのことは紗月自身が決めるのよ」

「わかってるって。 俺ももう子供じゃないんだからさ」

「そのTシャツを着ていると説得力ないわね」


 うっせえ。 子供じみてるとでも言いたいのか。


 そんなやり取りをしていると家の最寄り駅まで着いていた。


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