第136話 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

 翌朝。


「おはよう奏多く……ん?」

 梓の声、そして梓はすぐに違和感を覚えることになる。それはきっと、俺の顔立ちの事だろう。


「あぁ、おはよう、梓……昨日はよく……寝れたか?」

「いやいやいや!?奏多君こそだよ!なんでそんな死んだ魚のような目をしてるの!?」

「これからメシ食うのに死んだ魚とか言うんじゃねぇよ梓……」

 すずの声。すずは肩を出したノースリーブの服を着ている。こう言うのもなんだが、かなりきわどい。


「……」

「な、なんだよ」

「いや、すず……かわいいな」

「!?」

 急に顔が赤くなるすず。まずい。今更『服が』なんて言えないよな……


「な、や、やめろよ奏多ー!かわいいとか、急にそんな事……って、おい、どうしたんだよその顔。昨日あんま寝れなかったのか?」

「ん?……あ、あぁ」

 すずがこちらに近付いてきて、目の奥を見てくる。


「特に目がどうこうってことはないな。単純な寝不足か。朝飯食った後しばらく時間あるし、もう少し寝るか?」

「いや、別に大丈夫だ」

 そこへやってくる……


「おや、皆さん早いですね」

「ごめん白枝さん、赤城さん。朝風呂入ってきちゃった」

「朝に入る温泉も気持ちいいですよ~!特にここのは!」

 麗華、凛、麻沙美。3人とも朝の温泉に入ってきたらしく、少し上気して顔が火照っている。

 凛と麗華、2人の間に壁はもうないようで、今も少し話をして2人でにこりと笑っている。気のせいか、麻沙美との距離も少し近い気がする。

 3人がやって来て……そして俺の顔を見て驚く。はいここまでがテンプレリアクション。


「ど、どうしたんですか奏多さん!?」

「顔色、悪いよ?」

「もしかして……出たんですか!?お化け!?」

「んなわけあるか……」


 俺たちの前に朝食が運ばれてくる。焼き鮭、味付けのり、玉子焼き、サラダ、味噌汁……ベタながら最強の組み合わせだ。

 本来なら立ち昇る味噌汁の香りに、空腹でも示しそうなところ……なのだが……


「……」

「あれ、どうしたの奏多君、食べないならあたしが」

 と、続きを言いかけたところで言葉を止めた。さすがに俺の悲愴感はただならないと思ったのだろう。すると梓は箸を置いて……


「奏多君」

 俺の顔に顔を近付けて来る。参ったな。こいつはあまり引くことを知らないタイプだ。


「もしや灰島君、昨日ワシが言ったことを気にしているのか?」

「え?奏多先輩、晴信おじ様に何を?」

 こう言われては、もう引くことは出来ないだろう。俺は、昨日朝比奈さんに聞いた話を、他の5人に言い聞かせるように伝えた。


 ・ ・ ・ ・ ・


「黄瀬さんが……?」

 思いつめたように顎に手を添える凛と、様々な表情を浮かべるその他4人。


「つまり、お前の初恋の人である黄瀬って女が、今度はお前を恨んでるってことか?……あ?どういうことだよ」

 俺もそれは少し思っていた。そもそも俺は黄瀬に恨まれるような真似は……していたかも知れないが、何故今なのだろう?それに……


 ――こんな時、どうすればいいんだろうね。なんて声を、かけるべきだと思う?

 ――奏多君。


 あの時に出会ったあの少女は、見た目こそ変わっていたが、これも体格も黄瀬にそっくりだった。


「朝比奈さん。もう少し詳しく聞かせてくれませんか?黄瀬さんに……何があったのか」

「麗華ちゃんそれは」

「奏多さん1人に抱え込ませるよりは……私たちも力になった方がいいはずです」

 そう麗華が言うと、朝比奈さんはゆっくりと話し出す。


「昨日灰島君には言ったのだが、彼女は確かに、この近辺に引っ越してきたよ。ちょうど……今年の3月あたりにね」

 今年の3月……俺が学園長との会話で、清音への復学を拒否した時に合致する。


「だが、彼女はそれ以降ふさぎ込んでしまったんだ。自分の家に。本来は遼太が卒業した学校に入ろうとしていたそうだが……それを蹴ったそうなんだ。ワシはこの辺りの学校の動きに詳しくてね。こう言ったことはすぐわかる」

「……」

 その言葉を聞いても、全容が浮かんでこなかった。


「でも、なんでそれが奏多先輩を恨むことになるんです?」

「それはワシにも……でも、恨んでいることは確かなんだ。何故なら……」

 すると朝比奈さんは、ある手紙を取り出した。その手紙には『灰島 奏多様へ』と書かれていた。

 宛名を見てみると……書いていた。はっきりと『黄瀬 香澄』と。

 そっと封筒を開く。中には手紙が入っていた。


「!!?」


『逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな逃げるな――』


 無限と続く『逃げるな』の文字。逃げるな……?どういうことだ?黄瀬の文字は見たことがないが、出会って間もない朝比奈さんがこう言ったいたずらをするとは考えにくいし、考えたくもない。

 それになんで……あいつが俺にこう言うんだ?

 また頭の中が、強く何かでかき乱されるようだった。頭の中で血流がごちゃごちゃに流れだし、頭の中が燃えそうなほど熱い。


「……ちょっと待って」

 凛が声を出すと同時に、その動きに何とか栓をする。


「この手紙がここに来たという事は、誰かが奏多君がここに来るという事を、黄瀬さんに教えたってことだよね?でないと、奏多君あての手紙を、わざわざ民宿に届けるわけがないもん」

「そ、それが……」

 静かに遼太の方を見る朝比奈さん。


「ご、ごめん。実は……昨日バーベキューの片付けをしてる時、見つかったんだ。その、黄瀬って人に」

「なんでそれを今まで言わなかったんですか?」

「だ、だって、こんな大事になるとは思わなかったから……」

 泣きそうな顔をする遼太。……あぁ。俺も泣きたい。

 だが、これで確かな事がわかった。あの時、コンビニから出てきた俺の前に現れたのは、確かに黄瀬だ。そして……その後海岸にやって来て遼太に目撃されたのも、黄瀬だ。


「……はっ」

 するとすずがおもむろに立ち上がり、俺から手紙を強奪する。そして……


 ビリッ!


 勢いよく破いた。あっという間に呪詛のように書き連ねられていた黒い文字の数々が、ただの模様へと様変わりする。


「{坊主憎けりゃ袈裟まで憎い}ってか?」

「ちょっすずっち!何やってんの!?」

「何って、見てわかんねぇのかよ。めんどくせえ奴の世話」

 そのまま粉々に破かれた手紙が、すずの両手に収まる。それを持ちながらキョロキョロしているすずに、遼太が『後で捨てておきます』と言って預かる。


「この際奏多とその黄瀬って奴の間で、何が起こったかなんてことはどうでもいい。だが、散々奏多が苦しむ様を見てきたのに、さらに今更蒸し返して苦しめようとしてるこいつの行動は感心しねぇってだけだ」

 すずの言う事ももっともかも知れない。


「お前は今、1人じゃねぇだろ?そんだけで十分だろうが」

「すず……でも、俺」

「そうだよ。奏多君」

 つられるように、凛も声をかける。


「奏多君には、今までずっと助けられたから、今度は私たちが助ける番。奏多君がもし……自分の過去に向き合う覚悟が出来たら、私たちはそれを助けたい」

「あたしだって一緒だよ奏多君!それに、奏多君なら出来るよ!多分!」

「多分って赤城先輩……でも、あたしだって、奏多先輩を応援したいです!」

「私もです。奏多さん。それに……もし清音にかかわることなら、私と……お姉様が詳しいはずですし」

 4人の顔を1人ずつ見た後、すずはこちらにゆっくりと向きを変える。


「だ、そうだぜ?奏多」

「……」

 すると俺はおもむろに立ち上がり……


「……また、巻き込んでしまうな、お前たちを。……ごめん。……でも、ありがとう」

「水臭いよ奏多君」

「でも……今はまだその時じゃない」

 俺は少し冷静さを取り戻し、事を改めて考える。

 確かに黄瀬側が俺を恨んで、俺に対してメッセージを伝えようとした……それは確かなのだが、ここで仮に黄瀬に会いに行ったとする。

 しかし、俺を恨むほどだ。仮にそこで『何故俺を恨んでいるのか』がわからない以上、こちら側から動いて、下手を打つわけにはいかない。


「……なんじゃなんじゃ、青春じゃのう」

「「「「「「青春ではないです!」」」」」」 


───────────────────────


 同時刻……


「お邪魔します」

 ファミリーレストランにやってくる、紫髪の女……ゆかりだ。


「ごめんね。ここに呼び出して。今日ちょうど両親帰って来てるからさ。えっと、青柳 凛さんのお姉さんの、青柳 ゆかりさんだよね」

「はい。そう言うあなたは、確か凛の友人のお姉さんの」

「うん。ま、せっかくだしパフェでも食べながら話そうよ」


 暑い夏の気候に、パフェはあっという間にその姿を液体へと変えた。2人ともそのままどっしりと座る。


「で、聞きたいことって何?」

「凛から電話で聞いて、凛の友人の黒嶺麗華さんの姉が、昔清音で働いていた……それで、少しお聞きしたいことが。黄瀬 香澄さんって人知ってますか?」

「うん。知ってるけど……」

「実は彼女の居場所、ついに分かったんです。今神奈川県に住んでるらしいんですけど、で、そこ……ウチの友人が住んでいるんですけどね。その友人が、こう聞かれたそうなんです」


『灰島 奏多って人知ってる?あいつってね……』




『女の子を振ってばかりで、多くの女の人にトラウマを植え付けてるんだよ?今いる東京の学校でも……すでに10人以上の女の子を泣かせてるって噂なんだ。何人か、わたしの学校にも来てるしね』


 手をパンパンと叩きながら笑うあきら。それに対しゆかりは『笑いごとではない』と言った顔を向ける。


「ごめんごめん。でも灰島君はそんな人じゃないよ。だって、あたしだって麗華ちゃんだって、助けられたもん」

「ウチだって、信じたくないです。でも……」

「「これが{事実になる可能性だってある}」」

 2人で声を合わせる。


「もしかしてゆかりさん。それを阻止するために京都から?」

 ゆかりはこくりとうなずいた。


「出来ることは何でもやるつもりです。ウチらの家族を助けてくれたお礼に」

「それをどうして灰島君に言わないの?」

 聞かれたゆかりは、少しだけ押し黙った後、重い扉を開くようにこう言った。


「この問題……かなり根深い気がするんです。昨年の12月に起こった問題より、もっと……」


───────────────────────


「……」

 新幹線に乗る駅に向かう送迎バスの中で、少し考えごとをしていた。

 黄瀬は、本当に変わってしまったのか、そして……本当に俺を恨んでいるのか。

 考えている俺を尻目に、5人は思い思いの話をしている。そして信号が赤になり、バスが止まった……時だった。


「……」

「!?」

 窓の外に、一瞬だけ……黄瀬の姿が見えた。俺を見たその黄瀬は……




「もうすぐだよ……奏多君」




問84.『試胆会』とも呼ばれる、主に夏の夜に行われる、恐怖に対する力を試すゲームの事を何と言うか答えなさい。

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