第133話 裸の付き合い 後編

 露天風呂から眺める海は、どこまでも穏やかな波が立っている。海から吹き付ける潮風が心地いい。


「……下手だな、お前」

「え、えぇ?何が~?」

 すずっちがあたしに言う。あたしは不自然な返答をしてしまった。


「下手って言ってんだよ。あいつら2人を2人にしたいから、嘘ついて露天風呂来たんだろうが」

「えへへ、バレてた?ちょうどいい具合に扉もあったしね」

「バレますよ、赤城先輩。……でも、ありがとうございます。あたしの考えを汲んでくれて」

 露天風呂に浸かったまま、3人で向かい合う。多少、いや、かなり狭い。


「……」

 むにゅ。


「ひゃん?!」

 すずっちの二の腕をつまむと、すずっちは女の子らしい声を上げた。


「な、ななな、何すんだよ梓!」

「ふっふっふ~、こんな露天風呂で油断してるすずっちが悪い!それに、引き締まった感じの体、触ってみたかったしね!」

「確かに白枝先輩、体に筋肉ついててかっこいいですよね!」

 じーっと、下半身から上半身に向かって視線を動かす。改めてみると、すずっちって本当……


「じ、じろじろ見るなっバカっ」

「すずっちって本当……イケメンだよね。体つき」

 腹筋バキバキのおなか、程よく筋肉の付いた足と腕、あたしじゃかなわないなぁ。とても。

 イケメンと言われたことに驚いたのか、すずっちは体を固定したまま動かない。あさちゃんがそれを見ると……


「ちょっと腹筋触りますね!?」

「何の宣言だよ!ちょっマジで触んな……どわー!」

 そのまま露天風呂に沈むすずっち。

 ……あの事を話そうか、その様子を見てあたしは迷う。

 アメリカに行けば、当然こう言った日常はしばらく訪れない。しばらくどころじゃない。二度と訪れないかも知れない。すずっちとも、あさちゃんともお別れだ。


「がほっ!げほっ!お前も助けろ梓ー!」

「……」

「……あ、梓?」

 はっと我に返る。……今はこんなこと、考えている場合じゃないよね。あさちゃんもすずっちも、楽しんでるわけだし。


「あ、いや、あのさ、あさちゃんに聞きたいんだけど……この隣ってすぐ男湯?」

「そうですけど……それがどうしたんですか?」

「……」

 すると、あたしは露天風呂から出て、隣にある竹で出来た柵に耳をくっつける。


『……そう……でしょうか?』

『そう……でしょうよ』

 声が聞こえる。奏多君と……多分朝比奈さんかな?


「ちょっ覗きはよくないですよ!」

「覗きじゃない!これは奏多君への挑戦だよ!」

「おいおい……あとで大目玉食らっても知らねぇからな」

 と、言いながらすずっちもあたしの隣に。


(気になるんだ……白枝先輩も……)


『それにしても、麻沙美ちゃんは本当に楽しそうな顔をしているね。キミと出会えて本当によかった。そんな気がするよ。灰島君』

『よしてください。俺なんて勉強教えてるだけですから』

 和やかな会話が聞こえる。あたし(たち)が聞き耳を立ててるなんて、気付いてないだろうなぁ。


『ところで灰島君。あの中で好きな子はいるのかい?』

「「!?」」

 朝比奈さんの会話に、あたしたちの心臓がドクンと高鳴る。そしてすずっちと2人、真剣に聞く。


『……いきなりそんな質問……ですか』

『もちろん!キミとは裸の付き合いだ。なんでもさらけ出していいんだよ?裸だk』

『好きな人……』

 ドクドクと、胸の鼓動が大きくなっていく。


『誰が好きとか、そう言うのは……ないですね。やっぱり』

「「あぁ……」」

 すずっちと2人でため息。


『あ、でも……嫌いな人ならいますよ』

 と、不意に出た奏多君の衝撃発言。あたしはドキッとして、その場から動けない。

 嫌いな人……!?な、なんで奏多君がそんなことを……


『それは……』


───────────────────────


「そこで聞き耳立ててるお前らだよ梓、すず!」

「ひうっ」「えっ!?」

 大声を上げる二人。やっぱりいたのかよ……


「な、なんでバレたの~!?奏多君!」

「逆になんでバレてねぇと思ったんだよ梓ちゃん。あとすずも。お前ら気配消すの下手すぎなんだよ。なんなら晴信さんが俺に{好きな人がいるか}って聞かれたあたりからわかってたわ!」

「ま、マジかよ……オレ……」

 すると、柵の向こうからどんよりした空気が流れ込んできた。


「……い、言っとくが{嫌い}って言うのは軽いジョークだからな!?真に受けなくていいからな!?」

「はっはっは、青春しとるのう」

「茶化さないでくださいよ!」

 とはいえさすがにド直球に言い過ぎたか、あとで謝ろう……

 それにしても、そんな気になるのか?俺が誰が好きなのか……とか。どうでもいい事かと思ったんだが……

 と、昔の俺ならそう思っていただろうな。だが今は違う。現に『黒嶺 麗華が灰島 奏多の事が好き』という事がこのトラブルの引き金になったのだから。

 だったらどうすればいいのだろうか?麗華に……誠心誠意謝って済むなんて思えない。それに……凛もだ。

 あのギスギスしている感覚からして、麗華が思っていた『もう1人』は間違いなく凛なはず。

 この旅行で、仲が取り戻せるのだろうか。改めて不安になってきた。




 ……結果的に、それは杞憂に終わるのだが。

 夕食、食堂に行くと、新鮮な魚を基調とした大量の夕食が用意されていた。それを見て大声を上げるのは当然梓。


「これ!?全部遼太君が!?」

「はい。これぐらいは軽いんで。当然ご飯はおかわり自由ですよ」

 しかし本当にすごいな……これだけを自分で用意できるとは思えないぞ。

 俺は早速座り、箸を手に取る。その視線の先には……


「私たちも食べよっか。{麗華ちゃん}」

「お?」

「そうですね。{凛さん}」

「お?」

 互いを名前で呼び合う二人に、ついリアクションを取るすず。


「あれ?どうしたの?白枝さん」

「あ……いや、何も。ただ……お前ら2人いつの間に仲良くなったんだって思って」

「あ……」

 お互いを見つめ合い、照れたように顔を赤らめる2人。それを見たすずは、少し面食らったように驚くが、やがて平静を取り戻し、笑みを浮かべる。

 それを見て、麻沙美もようやくほっと胸をなでおろした。そして……


「みんな~!魚もお肉もめっちゃおいしいよ~!」

 平常運転の梓。


「お前はちょっとは周りを見ろ!」

「ふぇ?」

 それを見て凛と麗華、2人とも笑みを浮かべる。


「その……ごめんなさい。白枝さん」

 突然の麗華の言葉に、すずは驚く。


「私は……あなたの事も深く傷付けてしまいました。結局、仲直りが出来ないまま相談まで持ちかけてしまって……私の事……嫌いになりましたよね」

「……何のことだよ」

「え?」

 にこりと笑いながら、すずは続ける。


「悪いけど、オレはバカだからそんなこと覚えてねぇ。お前を殴った事なら覚えてるけどな。……悪かった」

「そんな、でも私……」

「でもも何もあるかよ。早く食うぞ」

 それを言うと、すずは箸を手に持った。


「白枝さん……!」

「うん。おいしいよ。麗華ちゃん。早く食べよ!」

「はい!」

 和気あいあいとした雰囲気が戻ってくる。油の足りない歯車のような、ぎこちなさはもうどこにもなかった。

 そんな光景を見ながら俺は、自然と笑みを浮かべていた。


 ――奏多君なら、出来るよ。きっと。


 ――そう言ったように、色を付けることが出来た奏多君ならね……


 黄瀬に言われたその言葉が、同時に俺の頭の中で反響した。




 その夜……


「ワシの言う通りだったろう?灰島君」

「晴信さん」

 少し夜風に当たっていた俺に、晴信さんが話しかけてくる。


「やはり人と言うのは、簡単に変われるものだし、簡単に仲が取り戻せるものなのだよ。そう、難しく考えなくても大丈夫さ」

「そうかも……知れませんね」

 人は簡単に変われる……か。あの時、俺は変わってしまったから、かつての平穏は崩れ落ちてしまったのだが……

 簡単にあきらめる人間に、変わってしまったから、黄瀬にも迷惑をかけたし、家族にも、黒嶺一家の人生もがらりと変えてしまった。


 ――いいよ。それが奏多君の選んだことだもん。それに……わたしとしては嬉しいんだよ?

 ――嬉しい?

 ――うん。奏多君が、本当に何も変わってないのが。いや、変わってるね。いい意味で。


「……そう言えば晴信さん」

 俺は意を決して聞いてみる。


「この付近に住んでると思うんですけど、黄瀬って人知ってます?」

「黄瀬?」

「はい。今はこの付近に住んでるって、今日会って言われたんです。その……俺の、かつて好きだった人で……」


 俺はひと通り、黄瀬との話を続けた。


「……」

 しかし晴信さんは、その話をどこか遠くに聞いているようだった。


「って、ごめんなさい。のろけ話みたいになりましたね。で、その子がどこに住んでいるかだけ教えて欲しいんですけど……」

「確かにこの付近に住んでいたが……会うつもりかい?」

「え?」

 住んで『いた』?


「やめておいた方がいい」

 その言葉に、俺に一気に緊張が走った。ドキッとした心臓の鼓動が、頭にまで伝わってくる。




 そして次の言葉に、俺の脳は大きくかき乱された。




問81.『仲睦まじく交え合う言葉』を意味する『睦言』を英語に訳すとどういった言葉になるか答えなさい。

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