第134話 Pillow Talk

 ……その日の夜。


「……なぁ、みんな寝たか?」

 と、白枝さんが聞く。私はその声を、はっきりと聴いていた。


「枕が合わないと寝れない……」

「同感だ……」

 本当はいろいろと疲労しているので、今にも目を閉じ、夢の世界へと旅立ちたかった。でも、枕が合わないためとても寝づらいし、そもそも普段煎餅のような厚さしかない布団で寝ていたのでこの布団がふかふかすぎて寝れない。

 ……いや、後半の事は言わないでおこう。さすがに自分で思っていて悲しくなってきた。と言うかお姉ちゃん服とかより布団を送ってほしい……


「え?りんりんとすずっちも?」

 赤城さんの声、立て続けに……


「どうやら私たちみんなが眠れないようですね」

「うう……何と言うか興奮で眠れません」

 結果的に全員布団から身を起こす。五者五様の髪の色が、電気が消された薄い暗闇の中に浮かび上がる。時計のカチカチと言う効果音と、布団の擦れる音が部屋の中で反響する。

 手前には私、白枝さん、緑川さん。奥には麗華ちゃんと赤城さん。


「……まだ11時半なのか。もう日をまたいでると思った。ひとっ風呂浴びて来るか?……って、梓さっき入ったばっかだもんな」

「あはは、ごめんごめん。ついりんりんとスラシスやってて汗かいちゃって。結果は惨敗だったけどね」

「旅行なのにゲーム機持ってくるんですね……凛さんも赤城さんも」


「「え!?それが普通じゃないの!?」」


「な、仲いいですねお二人とも……」

 それにしても、眠気も覚めてしまった。一体どうしようかと思っていた時、


「じゃあさじゃあさ、あれ、やろうよ。修学旅行では出来なかったあれ」

「あれ……とは?」

「ほら、テレビアニメとかでよくやってるじゃん!修学旅行の夜にやってる{好きな人発表会}!」

 好きな人……か。


 ――黒嶺さんがいたから、私は去年の中間テストの時助けられたし、その恩はいつまでも忘れない。そのおかげで、私は『人を好きになる』って事が出来たんだから。

 ――お互い好きな人のために、全力で戦って、全力で立ち向かう。私は……それがいい。だって、私としても……黒嶺さんが私のために空気を読んで欲しい。なんて思わないもん。


 ――ありがとう。黒嶺さん。私と友達になってくれて。


 ――そして……負けないからね。麗華ちゃん。


 思い返して、恥ずかしい気持ちになってくる。私は……好きな人は……奏多君。でも……


「それ聞いて何になるんだよ」

 白枝さんの無慈悲な一撃。言われてみればそれもそうだ。


「ふぅん?じゃあすずっちには好きな人いないんだね?」

「いない……って、え?」

 何故か涙目(の、ような目)で見つめる赤城さん。


「……あ、梓は好きだぞ。そりゃ」

「えへへ、ありがとうすずっち!」

「いや、これこそ何の時間なんですか」

 そう疑問を投げかける緑川さんに対し、


「……?」

 私は赤城さんが少しだけ寂しそうな笑みを浮かべているのが目に入った。それ以外の人は白枝さんに対する反論や、赤城さんに対して何言わせているんだと言った声。

 だが私は、赤城さんの一瞬だけ見せた表情を見逃さなかった。


「じゃあ、怪談話をするとか!」

「怪談……なぁ。オレは別にそう言うのは信じねぇけど……黒嶺、お前は大丈夫かよ」

「え?」

「お前こう言う類苦手そうだし」

 ……あ、そうか。確か去年の昇陽祭の準備の時、お化け屋敷の仮装してた緑川さん見て気絶してたっけ……


「だ、大丈夫ですよ!うん!」


 ぶるぶる ぶるぶる


「説得力なさすぎじゃないですか先輩!?」

 でも、怪談話か。私、そう言った話は出来ないからなぁ……と悩んでいると、


「じゃあまず、お手本を見せてくれますか?緑川さん」

「あたしが?……はい、わかりました」

 緑川さんはゆっくりと話し出した。


「これはあたしの友人……仮にA子さんと呼ぶとしましょう。A子さんは部活動の終わり、夜の暗がりの道をゆっくりと歩いて帰宅していたんです。暗がりと言っても街灯はあるので、真っ暗ではないんですけど……そしたらA子さんの後方から不意に足音が聞こえてきたんです。A子さんは振り向いたんですが、そこには誰もいなくて……」


「そしてまた足音が聞こえて、A子さんは振り向きます。でも、そこには誰もいなかったんです。しばらく歩いててまたA子さんは振り向きます。……やはり誰もいません」


「しばらく歩いてまたA子さんは」

「よし、ストップだ」

 白枝さんがようやくストップ。


「お前何回A子さんが{しばらく歩いてる}んだよ。そんな風に歩きまくってたらもう家についてるだろ」

「本当、途中から眠たくなっちゃったよ……」

「合計で15回ですよ……?」

「あはは、ごめんなさい。まぁ最終的に男に血の付いた包丁向けられて殺されかけたって話なんですけどね」


 ・ ・ ・ ・ ・


「「「「いやもっと深刻に話せよ!!」」」」

「あ……やっぱりそうですよね……ちなみにA子さんは無事ですよ」

 全員のツッコミに気圧される緑川さん。にしても本当に無事でよかったよA子さん。


「と言うより、一応寝る前なのに怪談話はよくありませんよ。他の話にしましょう。例えば……笑える話とか」

 麗華ちゃんの言葉に、私たちはうなずき合う。


「じゃあじゃんけんで負けた人が話すってことで!{笑える話}ってハードルがあがってるから、きっと話しづらいだろうからね!」

 赤城さんの言葉に、全員が腕を出す。そして掛け声と共に一斉に手を開いたり、閉じたりする。


「うげ……オレかよ」

 負けたのは白枝さんだった。その白枝さんに、羨望のまなざしを向ける赤城さんと、期待のまなざしを向ける緑川さん。私は……とりあえず自分が当たらなくてよかった。


「じゃ、いずにぃの話でもいいか?」

 いずにぃ……あの男の人の事だったかな。


「いずにぃ、この間買い物に行ったんだよ。オレが{ショートケーキ買ってきてくれ}って言ったから。で、ただいまっていずにぃが帰って来たんだ。オレは喜び勇んでいずにぃを迎えに行ったら」

「あ~!ショートケーキの間違いで消毒液持ってたとか?」


 ・ ・ ・ ・ ・


「梓」

「うん」

「泣くぞ」

「ご、ごめん……」

 いや、まぁ白枝さんは診療所の娘だしある程度は想像がつく。でも話のオチを先に言われる無念は察するに余りある……


「そう言う梓は出来るんだろうな!?」

「で、出来るよ!もちろん!」

 そう言うと、自信満々に話し出す赤城さん。私たちの視線が、その口に釘付けになる。


 ……3分後。


「ど、どうだった?」

 部屋の中を支配する沈黙。そして停止していく時間。赤城さんの話の結果は、言うまでもない。


「な、何が面白れぇんだよ今の話……長いしその上にあんまり笑えるところなかったぞ」

「む~、そこまで言わなくていいじゃんすずっちの意地悪」

「お前にだけは言われたくない!」

 その光景を見て、私はくすくすと笑う。


「あ!りんりん!面白かった!?」

「え!?あ、い、いや……」

 照れている光景を見て、今度は麗華ちゃんと緑川さんが笑う。むう……結果的に私が笑われたようになってしまった。

 とは言っても、それが嫌ではない。むしろ嬉しいくらいだ。

 きっとあの高校にいる時は……こんな感情生まれなかった。


 ――お前って、どうやったら笑うんだよ?


 ――無理……笑い方なんて忘れたもん……


「……」

「凛さん?」

 麗華ちゃんが心配そうに顔を覗き込む。それでようやく視界が目の前に戻る。


「ごめんなさい。笑い過ぎちゃいましたね……」

「あ、いや、こっちこそ勘違いさせてごめん。ちょっと、昔の事を思い出してて……」

「昔の事……そういやお前、転校してきたんだよな」

 白枝さんが言う。

 そう、私は転校してきたんだ。清音から、昇陽に。はじめは昇陽でも、私は何も変わらないとまで思っていた。

 だけど、違った。まるで違った。それも、いい方向に……違った。

 家族とも仲直りできた。友達も出来た。好きな人も出来た。私は今、何ひとつとして不足なく過ごせている。過ごせているのだが……

 だが、最近になって少し思い始めていることもある。清音にいた頃が懐かしい。とは言わないが……


「りんりん。もしよかったらでいいんだけどさ、聞かせてくれないかな。りんりんがこの学校に来るまでの事を」

 赤城さんが純粋無垢な顔で、こちらを見つめてくる。


「もちろん、もしよかったら、でいいんだよ!辛い過去だったら話さなくていいからさ!」

「確かに私も気になりますね。私も凛さんの事をもっと知りたいです」

 全員の視線がこちらへ向けられる。


「いいけど……多分つまらないよ?」

「大丈夫だ。少なくとも梓の話よりつまらなくなることはない」

「すずっち!ちょっとは慰めてよ!」

 ……確かにそうだ。今まで私の昔の話は奏多君にしかしたことがない。友達として、それはよくないことなのかもしれない。

 私はその場に正座をして、ゆっくりと話し出す。


「……まず、断っておくけど……話せるのは高校に入ってからのことだよ」

「大丈夫ですよ。青柳先輩」

「お願いします。凛さん」

 私はゆっくりと、話を始めた。


 ・

 ・

 ・

「青柳、100点だ」

 目の前にいる学校の先生が、私に答案用紙を渡す。私はそれを、暗いまなざしのまま受けとる。

 100点を取っても誰も何も口走らない。それどころか恨めしいまなざしまで向ける生徒までいる。大体何を考えているのかよくわかる。

 いや、本当はわかりたくはなかったけど。


 学校にいる間も、私は誰にも話しかけられなかった。みんなが私に送るのは……


『お前は勉強くらいしかやることがないのか』『お前のせいで平均点取れなかったんだ責任を取れ』『なんだお前は自慢したいのか』などと言った恨めしい視線。

 ……まぁ、もう慣れた事なんだけど、慣れたくはなかった。


 ……でも、慣れるしかなかった。それしか私に……道はなかったんだから。


「……」

 教科書に視線を落とし、無理矢理外界と自分の世界を分断する。そうすることで、無理矢理自分がここに存在しているという事を自分自身に認識させる。

 そんなことを繰り返していた……ある日のことだ。


「おわっ」「……!」

 男の子にぶつかった。


「悪い、大丈夫か?」

「……」

 その男の子の顔を、私は未だに思い出すことが出来ない。でも、これだけはわかる。その男の子は……


 私にとって、運命の人……だったのかも知れない。




問82.『水面に浮かぶ泡のように、はかなく消えやすいもののたとえ』と言う意味の四字熟語を答えなさい。

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