第103話 青き柳と夢の行く先(11)

 その日の深夜……少し外の空気を吸いに、家を出ると……


「だから怪しい言うとるんやってば。ちゃんと聞いとる?」

「だ、だから俺は修学旅行に来てて、いつまでも帰ってこない女の子を心配して……」

 そこには奏多君がいた。しかも、警察の人に職務質問されている。まぁ……若い男の人が他人の家の前にいたら……うん。


「……」

 少し考えた後……


「何してるの?お兄ちゃん」

「「え?」」


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 深夜の渡月橋にやって来た。

 さすがに人通りも少なく、深夜営業をしている店の灯りが、うっすらと点いているだけだ。

 しかし……凛がうまく話を作ってくれて、本当に助かった。


「……」「……」

 橋の下に流れるせせらぎが、深夜のしじまを少しだけ騒がせる。


「……奏多君」

「ん?」

「ありがとう。……私、奏多君がいなかったら、どうなっていたか……他の人は、無事?」

「あぁ。黒嶺とゆかりさんから、お前が家の中に入ってから、すぐに連絡があった。宗悟派も武志派も勝ち誇った様子で解散していったってな。おかげで俺たちは何の心配事もなく、京都観光に戻れた」

 それを聞くと、凛は笑みを浮かべる。


「……それと、潤一郎さんが、俺たちのホテルにやってきてな……」


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「灰島!お前たちは何をしているんだ!?青柳、黒嶺とまたはぐれおってからに!」

 白枝と戻ってきたホテル。長谷川先生の怒号が飛ぶ。


「まったく、お前たちはこの修学旅行で何をやっているんだ!せっかくの思い出作りの場を、台無しにする気か!」

「あ、あの……長谷川先生……」

 俺が戸惑っていると……


「灰島君!」

 ホテルの中に、潤一郎さんが入ってきた。それを見た途端、長谷川先生は驚く。


「あ、あれ!?緑川 潤一郎さんじゃないですか!?なんでこんなところに……!?」

「少し彼らにお話があるのですが、席を外してもらっても、よろしいですかな?」

「あ、は、はい……。とにかく、黒嶺と青柳が帰ってきたら連絡するようにな!」

 長谷川先生はそれだけを言うと、俺たちから離れていった。

 それを確認すると、潤一郎さんはゆっくりと話し出す。


「キミや、黒嶺さんの言う通り、有栖川 椎菜と森 花子は、青柳 唯さんの事件に関与していてね。話を聞いてみたところ、2人とも容易に認めたよ。唯さんに仕事を押し付けたことをね。直接的な死因とは言えないが、人に過剰なまでの仕事を押し付けていたのは事実。のちに教育委員会から厳正な処分が下るだろう」

「ありがとうございます。それで……黒嶺から連絡は」

 こくりとうなずく。


「黒嶺君が青柳さんに診察票を書いた病院に問い合わせた結果、確かに唯さんは重い病を患っていたようだ。そして唯さん側から、家族は告げないよう言われたとも言っていたね」

「えっ?じゃあ青柳のお母さんって……そうだったんすか……」

 白枝はうつむく。同じ親を病で亡くした人として、少し思う所があるのだろう。


「てか、どうやって来たんですか?ここまで……」

「あー、まぁ秘書に飛ばしてもらったよ。これは明日、腰が痛くなりそうだね」

 この人、一体どこまでエネルギッシュなんだ。俺と白枝は同時に思った。


「まぁ、後は青柳さんの頑張り次第だね。信じて待とう」


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「……」

 桂川を眺める凛。その顔は暗い顔ではなく、どこか垢ぬけた、明るい顔になっていた。

 青柳家で起こったことは、ゆっくりと話してもらった。


「でも、大丈夫なのか?凛。お前の母さんの思い……聞いたんだろ?きっと」

「……うん。私なら大丈夫。お父さんとお兄ちゃん、祐輔は不安だけど、お姉ちゃんがいるから何とかなるはず」

 空から、月が光を落とす。月の光が澄んだ川の流れに跳ね返り、川が宝石のような光を放つ。

 しばらく静かな時間が続き、やがて凛が口を開いた。


「私……父さんから色々言われて落ち込んだ時、歩いて10分ほどだったから、ここによく来て、川を眺めてた。家族には、誰にも気付かれてないと思ってた。だけど……」


 ――ウチらの家、この辺だから、あんたよく父さんに追い詰められてここで泣いてたわよね。


「バレてたんだ。お姉ちゃんに。私……わかりやすいから、らしいけど」

「そうか」

 ゆかりさんの話をする凛は、少し嬉しそうに見えた。


「お父さんにも、お母さんにも、随分遠回りなことをし続けちゃった。私はお父さんはお母さんの事をわかってないとか、いっちょ前な事言ってたけど……わかってなかったのは、私も一緒だったんだ。私がお母さんの死に、向き合っていたら……」

「もう終わったことだろ?それに、これからは違う」

「そうだね。これからは……」

 顔を赤らめる凛。そして首を素早く横に振る。

 その行動の真意はわからなかったが、俺は凛が話しだすのを待った。


「……お父さんとお兄ちゃんは、明日警察に出頭するみたい。お姉ちゃんが付き添うらしいけど。奏多君にも、そして他の人達にも{済まなかった}て言ってた」

 警察に出頭……それもそうか。

 誘拐未遂だけで重罪。まして、無関係の人々を、しかも未成年まで巻き込んだんだ。ゆかりさんなどの証言で罪は多少は軽くなるだろうが、罪は免れないだろう。

 だが、父も宗悟も、ある意味では被害者なのかもしれない。

 このような事に走った理由は『愛する人を失ったことによるショックで現実に向き合えなかった』それだけの事だからだ。


「お前を連れ戻そうとしたのも、もしかして{本当の意味で}お前が必要だったからかも知れないな。去年の中間テストの時……」


 ――ふん。それは済まなかったな。そう言う事ならば今回だけは見逃してやると、あの無能に伝えろ。


「こんな風に憎まれ口を叩いてたのも……そうやって突き放さないと、自分が追い込まれてしまいそうになるからかも知れない」

「お父さんはきっと、ごまかすと思う」

「なんでそう思う?」

「なんとなく」

 凛らしくない言葉に、俺は思わず吹き出した。それを見て凛は、同じように吹き出した。


「な、なんでお前まで笑うんだよ凛!」

「なんでって……だって、奏多君も笑うんだもん!何だかそれがおかしくて!」

 しばらく2人で笑った後、もう一度桂川を見つめる。


「……奏多君、本当に……ありがとう」

「え?」

「奏多君のあの言葉がなかったら、私、歩き出すきっかけ、二度ともらえなかったのかも知れない。まして、家族と向き合うきっかけも」


 ――クソゲーはクソゲーで、やり込めば良ゲーになるかも知れない。

 ――そのまま{クソゲーとしてエンディングを迎える}か{分岐点から良ゲーに移行するか}は、それぞれ次第じゃないのか?


「……だから、私は……君に私だけじゃなく、家族も守ってくれた。……ありがとう」

「違うぞ」

 俺は両手を広げた。


「俺が守りたかったのは、お前のその笑顔だ」

「……!」


 ――あれ?お前、どうしたんだ?


 ――お前って、どうやったら笑うんだよ?

 ――はい、スラシスのボスのマネー!


「……」

 何故か凛はその場に立ち止まったまま、動かなかった。俺は声をかけようか迷ったが、しばらく経つと……


 ぽふっ


「!?」

 凛は突然、俺に対して抱きついてきた。


「り、凛……どうした……?」

「……」

 動こうとする。しかし凛は、何も動かない。


「あー、寝ちゃったのね。凛ってば」

 そこにゆかりさんが現れる。ごまかそうと手を挙げようとするが、先に開いた手を伸ばして阻止された。

 大体はわかっている……と言うことなんだろうか。


「この子、足見たでしょ?こんな足にケガをしたままでも、{家族のために}って、家の中探してくれたのよ。本当に疲れたと思うし、本当に痛かったと思うわ。だから……今は休ませてくれる?」

「……」

 こんな小さい体で、家族の仲直りのために一生懸命に頑張ったんだ。疲労があるのも無理はない。


「……灰島君。明日には東京に帰るんでしょ?さっき凛や、黒嶺さんから聞いたわ」

「あ……はい。ゆかりさんにも、お世話になりました」

「……凛ね。本当気難しいし、色々とつかみどころがないし、どうしようもないくらいの負けず嫌いなの。でも……」

 ふふっと笑うゆかりさん。反射的に俺は疑問を浮かべたが、言葉を待った。


「いや、なんでもないわ。だって、灰島君なら、凛の事、もっとわかってくれるはずだもの」

 そしてパッと笑顔を咲かせる。その笑顔は、凛にすごくよく似ていた。


「……灰島 奏多君」

「はい」


「凛を……よろしくお願いします」

 ゆかりさんは深々と頭を下げた。俺もそのゆかりさんが顔を上げるのを待って、凛を起こさないように頭を下げた。


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 ドクンドクンと、心臓の音が高鳴る。奏多君の胸の中で、目を閉じて、必死に興奮に耐える。

 私……我ながらずるいよね。疲労のせいにして、こうやって奏多君に抱きついて……

 でも、さっき見えた、清音にいた時の記憶はなんなんだろう?

 清音にいた頃は、何も楽しい記憶がなかったはずなのに。それなのに……

 とても懐かしくて……とても温かくて……


 とても……見覚えのある顔と、聞き覚えのある……声……


「……」

 私はそのまま、目を閉じたまま奏多君の体の動きにすべてをゆだねる。

 ……なんだろう。前まではお兄ちゃんのような、温かい、ポカポカした感じしか、奏多君に感じなかったけど……

 今は、別の感情が沸き上がりつつある。

 この感情って、なんて言うんだろう?

 胸の奥からドクドクと、湧き上がってくるような、温かくて、熱くて、感じたことがないような、


 熱。と言うか。そう言ったものが、私の体の中に行きわたっていた。




 翌日……


「では……万事終わったんですね。青柳さん」

「うん。みんなのおかげだよ。ありがとう……本当に」

 私が深々と頭を下げると……


「も~!いいよりんりん!あたしたちがやったことだからさ!今更頭を下げなくて、大丈夫だって!」

「そう言うお前はメシ食ってただけだろうが……でも、また戻ってきてよかったよ。青柳」

 赤城さんと白枝さんも、私に笑みを向けた。

 そして奏多君も、みんなに向かって笑みを……


 ……ドクン、ドクン。


 ダメ、また熱を感じる……

 これって……何?……いや、何?じゃない。

 もしかして、いや、もしかしなくても私は……


 奏多君の事が……


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 のちの進路相談用の用紙に、青柳はこう書いていた。


 3年A組 1番 青柳 凛


 第一進路志望『光山大学教育学部』




問61.米粉、砂糖、ニッキあるいはシナモンを混ぜて蒸した生地を、薄く伸ばして切り、あんこなどを包んで食べる土産としても有名な京都名産の事を何というか、答えなさい。

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