第91話 ブルータス、お前もか

 東京駅から京都駅まで、新幹線で2時間弱。

 そこからバスに揺られ、その先で軽く担任に説明をされた後、自由行動になる。


「おこしやす京都~!」

 テンションガン上がりの赤城、それに気圧される黒嶺と白枝。


「あまりはしゃぎすぎてはいけませんよ。観光に来たわけじゃないんですから」

「修学旅行も観光も同じようなものだよ~!ね!すずっち……」

 と、白枝の方を向くと……


「うぅ……」

「すずっち!?」「白枝さん!?」

 なぜか白枝は、大粒の涙を流していた。


「今まで……こう言う修学旅行とか、学校行事でよそのとこに行くイベントで、オレ誰かと一緒に回ったことなかったから……うれじぐで……!」

「「なんかごめん(すいません)」」

「ちなみに……じゃあ中学の時の修学旅行は何やってたんだ?」

 と、俺が聞くと白枝は『は?それを聞くのかよ』と言う顔をした。そして……


「ずっとホワイトナイトとして北海道の名所とかで1人実況するだけだった」


『見てくれこのラベンダー畑!今日はもはやオレ1人の貸し切り状態のようなもんだぞ!他のみんなはもっと別の場所でソフトクリームとか食ってるみたいだけど、1人も楽しいもんだ!』


「「「……」」」

 哀れすぎて何も言えない……

 ちなみに俺も楽しみだった。場合が許すなら、俺も赤城と同じようにはしゃいでいたのかも知れない。


 え?男の『おこしやす京都』なんて需要がない?それぐらいわかってるわ!


 ……しかし、そんな中でも青柳は浮かない顔をしている。

 もしかして、いや、もしかしなくても……あれが原因だろう。


 ――だって、奏多君まで……やっぱり巻き込むわけにいかないから……」

 ――次の京都への修学旅行で……きっと……


「り~ん~りん!」

「きゃっ」

 そんな青柳に、後ろから抱き着く赤城。青柳の顔は真っ赤になった。


「ね!ね!あぶり餅が美味しいお店があるから、みんなで一緒に食べようよ!」

「ちょっ赤城さん……!でもお金ないし……」

「い~からい~から!」

 そのまま青柳は赤城に連れられ歩き出す。それを追いかけるように、残りの6つの足も歩き出した。


「!?」

 突然白枝が足を止めて振り返る。それに合わせるように、残り4人の足も止まる。


「どうした?白枝」

「……いや、何にも」

 再び歩き出す白枝に、俺は少し疑問を感じながらも同じように歩き出した。


(なんだ……?さっきから誰かにつけられてる感じが……)


 きな粉をまぶした親指ほどの餅を竹串に刺し、炭火であぶったあとに白味噌のタレをぬった餅菓子、それがあぶり餅だ。『金太郎電車』で名前は聞いたことがあるが、食べるのは初めて。


「ん、うまいなこのあぶり餅!」

「本当ですね!餅と言うから醤油の味がするのかなと思ったんですが、白味噌がすごく合います!」

 と、食べていると、赤城もそこへやってくる。


「やっぱり京都は食の都でもあるねぇんぐんぐ」

 両手に大量のあぶり餅を持ち、口に頬張りながら。


「お前……ちょっとは節操持てよ」

「持てない持てない!あと生八つ橋も漬物もおばんざいも食べるんだからね!」

「食いすぎだ!白枝も友人として……」

 と、白枝の方を見ると……


「あ、やっべ、撮影すんの忘れてた」

 そこには8本の竹串が。


「お前も食い過ぎな!?」


 その後も俺たちは京都を満喫した。金閣寺に行ったり、


「ほ、本当に金ぴかなんだな……盛ってるかと思った」

「何の盛りだよ。インスタ映えか?」


 二条城に向かったり、


「にじょーじょー?ここ、そんなに重要なの?」

「徳川歴代将軍に謝れ」

「重要だぞ。確か江戸幕府が始まって、江戸幕府が終わった場所でもあるんだろ?それしか知らんけど」

「……ちなみに何知識だよ」

「戦国無情(テレビゲーム)」


 そして清水寺。


「これが噂に聞く清水の舞台……」

 平日ではあるが、観光客が多く、清水の舞台も人がごった返している。

 目の前に広がる風景に圧倒される赤城、白枝、黒嶺の3人。

 ……だが、青柳は何もリアクションを取らない。あぁ。それもそうか、青柳の家って、もともと京都だったっけ。ここに来ててもおかしくはないよな。


「ここから飛び降りるなんて、昔の人ずいぶん無茶するよね本当!」

「実際に飛び降りてはないだろ……」

「いや、{清水の舞台から飛び降りる}って言うのは、実際にあったことだぞ」

 その言葉に赤城と白枝、そして黒嶺が振り返る。


「いつからかは知らないけど、{この舞台から飛び降りて、無事だった者は願いが叶う}って言い伝えが出来上がってな。それを信じてここから飛び降りる修行僧が後を絶たなかった」

「え!?じゃあ死んじゃう人だっていたんじゃないの!?」

「もちろんいたさ。ただ……」

 その時、背後から声が聞こえた。


「{たとえこの場所で死んだとしても、仏様にお祈りをしたのだから成仏を約束される}そんな迷信が、同時に流行ったから、怪しむ人はいなかったのよ」

 目をやると、サングラスをかけた、きわどい姿の群青のパイナップルヘアの長身の女性だった。……何よりショートパンツから覗く足の筋肉が太い。


「実際に江戸時代では、200人を超える人が飛び降りて、生還率は8割を超えたそうよ。明治時代になって{あまりに危険だから飛び降りないように}ってお達しがようやく出たけどね」

「く、詳しいんですね」

「一応地元人だしね」

 その女の人はこちらに軽く会釈した後、清水の舞台の奥へ歩き出す。


「奏多君、補足されてるの恥ずかしい~」

「なっ!?いきなり喋りだしたのはさっきの女の人だろ!?それに知ってたし!」

 ……3割嘘である。


「……」

 それにしても青柳の様子がおかしい。あの時の言葉も気になると言えば気になるが……


「……思い悩むなよ、青柳」

「……」

 しかしその言葉に、青柳は何も返さなかった。まるで心ここにあらずだ。

 ……ダメだ。理由はわからないが、青柳が修学旅行を楽しめないなんて、俺には耐えられない。そう、思っていた時だった。


「奏多さん、ちょっといいですか?」

 黒嶺が手招きする。俺はそれに着いていった。




 そして、人が少ない場所で黒嶺から詳しく聞かされた。

 あきら先生宛に、『女教師青柳 唯の過労死事件の捜査をしてくれ』と言う匿名の訴えが来たということ。

 それに呼応するかのように、潤一郎さんからある頼みをされたこと。


「{お前が守れ}。そう言ってたんだな?潤一郎さんは」

「えぇ。潤一郎さんいわく……」


『青柳 武志氏は娘の青柳 凛さんを、おそらく修学旅行を利用して連れ戻すつもりなのだろう。修学旅行先で重い病を患ってしまった……それなら言い分としては十分だからね。そしておそらく、それを利用するために息子の祐輔を昇陽学園にスカウトさせた……すべては、青柳 凛と言う失敗作を処分するためにね』


「でも、なんでそんなことが言えるんだ?」

「それがわからないんです。青柳 武志が修学旅行先が京都だと言うのは、おそらく青柳 祐輔から聞いたんでしょうが……」

 つまり、青柳も薄々覚悟を決めているんだ。このチャンスを、青柳家は逃すはずがないと。

 だから青柳はこの京都に来ても、何も感じることがなく、何も感慨にふけることもなく……


「……とりあえず、青柳にこの話は」

「もちろんしない方がいいでしょうね。だって」

 その時だった。


「奏多君」「奏多」

「「あと黒嶺(れいれい)」」

「{あと}!?」

 よりにもよって、最悪な形で嫌な予感が当たってしまう。


「りんりん見なかった?」

 俺と黒嶺は、共に首を横に2回振る。


「さっきからあの舞台探してもいないし、電話にも出ないんだ。トイレかなと思って近場のトイレにも行ったんだが……」

「そこにもいないの。男子トイレから出てきた人にも聞いたんだけど……」

 赤城のやっていることはさておき、話していた直後に姿を消す青柳に、俺は脂汗を流した。そして……


「あれ?奏多さんのでは?」

 ポケットの中に入っている携帯が鳴り、俺は手に取ると、その待ち受け画面を見た。


「青柳……?もしもし?」

 俺は可能な限り冷静を装って、その電話に出る。……しかし、電話の向こうからは声は返ってこない。


「もしもし?……もしもし?」

「……オ前ガ灰島 奏多カ」

 ボイスチェンジャーを使った声だった。


「な、お前は……」

「オ前ノ周リニ、誰カイナイカ?イナケレバ教エテヤル」

 周りを見る。不安そうな顔で、赤城、白枝、黒嶺が見守る。

 青柳の電話を使って『俺に』かけてきた相手……つまり、青柳家の誰か。と言うのは確定的に明らかだろう。もし、ここでこいつの言う通りにしなければ……


「……なんだ、空か。どうしたんだよ。まだ授業中だろ」

 そこで、俺は空に電話をかけた。と装って、3人から離れた。




「……で?お前は誰だ?」

 清水寺から出たところで、俺は相手に声をかける。


「今、オ前ガ知ルコトデハナイ。凛ヲ助ケタケレバ、私ノ言ウ通リニ動ケ」

「!?」

 『凛を助けたければ』?その言葉に、俺は精神を激しく揺さぶられた。


「お前、一体青柳に何をしたんだ!」

「アノ絶望ノ顔、サナガラ、ガイウス・ユリウス・カエサルノ最期ノヨウデアッタゾ。{ブルータス、オ前モカ}トナ」

「……!」

 それを言った後、電話の人物はある言葉を言った。


「……午後3時半マデニ、私ヲ見ツケテミルガイイ、ソレ以上ハ待テン。他ノ者ノ手ダシナド、許スト思ウナヨ」

「ちょ、どういうこと……もしもし!?もしもし!?」

 そこで、電話は途切れた。


───────────────────────


 その人物は……


 ……お姉ちゃんは電話を切ると、そっとポケットに入れた。


「間に合うわけがないわ。きっと」

 私はお姉ちゃんに、まるで飼われた犬のように引き連れられている。嵐山に向かうタクシーの中で。


「これでわかったでしょう?あんたの味方なんて、誰もいない。そう、この京都にはね」

「……」

 私は声を振り絞る。


「……いるから」

「……は?」

「いるから!私の味方は……いるから!」

 それを聞くとお姉ちゃんは……大声で笑った。


「そうね。じゃあその{味方様}が来るまで待ちましょうか」

 そう言った後お姉ちゃんは、窓の外を眺めた。まるでそれ以上、私の妄言に付き合う気はない。とでも言いたそうだった。

 私はそんなお姉ちゃんの後頭部を、じっと見つめることしか出来なかった。



問60.『似た者同士は自然と集まるもの』と言う意味を持つことわざを答えなさい。

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