第87話 夜討ち朝駆け

 ……4月27日。ゴールデンウイークも近いためか、どこか生徒たちが浮足立っている印象を受ける。まったく、どいつもこいつもたるみすぎだ。

 まぁ『一番たるんでるのはつい最近風邪ひいて寝込んだお前だろ』と言うツッコミが飛んできそうな状況ではある。

 こんな時期でも俺たちは、放課後に集まって勉強をしている。

 ゴールデンウイークが終われば修学旅行。それが終わればあれよあれよとしているうちに中間テストだ。しばらく集まれる時間はなさそうだから、今勉強しておいて損はない。


「……うぅーん……」

 いつにもまして悩んでいる様子の白枝。


「どうした?ここ分かりにくいか?」

「え?あ、あぁ。まぁ、それもあるんだけどよ…………あのさ、奏多」

 そして白枝が顔を近付けてきて……


(今日これ終わったら、オレんちに来てくれねぇか……?)

 と、耳打ち。……どうして白枝の家なんだ?




 白枝診療所にやってくると、俺は白枝の部屋に通された。さすがに春の気候に十二分に慣れる時期なためか、白枝診療所を受診する患者は少ない。


「悪いな。他の奴にも相談しようとしたんだけど、どうしても梓が同じ場所にいることが多くてな……」

「別に構わねぇよ。で?何の用だ?わざわざ俺を呼び出すってことはなんか理由あるんだろ?」

「あぁ……そうなんだが……その、本当は聞きたくないんだが……」


「女の子って、何を渡せば喜ぶと思う?」


 ・ ・ ・ ・ ・


「へ?」

 それを言うと、白枝は露骨に不機嫌そうな顔をした。


「だ、だから本当は聞きたくなかったんだよ。どうせお前{お前も女じゃねぇか}って聞くんだろうが」

「聞くな。うん」

 いや、至極当然じゃないか。そのくせ白枝男扱いしたら怒るだろうし。それにしても……女の子に何を渡せば喜ぶって……

 あ、そうか。俺はようやく思い出した。


 今日は4月27日。明日4月28日は赤城の誕生日だ。

 ……昔はよく、お祝いしたな。お祝いと言っても、まぁ家に呼ぶか呼ばれるかして、ケーキを食うだけなんだが。


「なるほど、つまり赤城の誕生日に何を渡せば喜ぶか、それを俺に聞きたいってことか」

「そう言う事だ」

 しかし白枝。なんでそれをよりにもよって俺に聞くんだ。


 俺、誕生日プレゼントなんてもらったことも渡したこともないぞ。


 ……悪かったな!ぼっちで!……悪いが今回は白枝の力にはなれそうもない。と言っても俺を頼ってくれているしな……どうするべきか。


「なら、学年が違う緑川とか、別のクラスの奴に聞けばよかっただろ」

「緑川はオレも聞けばいいって思ったよ。でも……」


「そうですね……あ、母さんが買ってきてくれたトーテムポールは未だに家宝にしてます!他にも父さんが買ってきてくれた宝石で出来たけん玉もきれいだったなぁ。あ、食べ物ならフォアグラとかトリュフとか。でもあたしフォアグラもトリュフもあんまり好きじゃないんですよね」


「……って」

「おのれセレブがっ!」

 『でもあたしフォアグラもトリュフもあんまり好きじゃないんですよね』とかほぼ嫌味じゃねぇか!

 まぁ、話を戻して……白枝と赤城は親友同士とはいえ血は繋がっていない。あまり金をかけすぎると引かれてしまうかもしれない。かと言って、あまり安すぎるプレゼントもよくないだろう。

 もっとも赤城は何を渡しても喜びそうではある。理由?あいつはなんだかんだ言って、空気が読める奴だからだ。


「食べ物はどうだ?バレンタインの時より気温が高いからケーキとかは無理だけど、クッキーとかならいけるだろ。黒嶺も」


 ――あまりにきついにおいのものでなければ、授業中でなければ持ってきて食べることは認められていますよ奏多さんっ!


「て言ってたし」

「そ、そうなのか……(初めて知ったぞ……)」

 そもそも食い意地の張っている赤城は、食べ物が一番喜ぶはずだ。特に白枝が作ってきた食べ物だと言うなら。


「それに、それこそホワイトナイトの名前使って色々聞きゃいいだろ」

「あー、それも思ったんだが……」


 ホワイトナイト @ShiroiKnight 5時間前

 お昼休みを利用して、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、

 同じ女友達への誕生日プレゼントって何がいいと思う?




 カーミラ @black0831 5時間前

 それは友達がどんな人かわからないと、答えようがありませんね……

 でも私は姉から流行りのスカートをもらった時はすっごく嬉しかったですよ!


 破壊神ミドリ @GREEN_GREEN 4時間前

 ご友人の方、おめでとうございます!

 ならトリュフなんてどうですか?


 神 @God_Goder_Godest 4時間前

 ググレカス


(以下、女の子らしいプレゼントが続く……)


「こんな感じなんだ」

「まともに答えてるのカーミラって人だけかよ……てか破壊神ミドリって奴トリュフって!」

 ……ん?トリュフ?なんかついさっき聞いた覚えが……

 それはさておき、要は頼める奴がいないということか……白枝は人差し指をつんつんさせて戸惑いの表情を浮かべている。

 少なくともスカートはないな。あいつがスカートを履いている姿が想像できない。じゃあトリュフ?なんでだよ。


「やっぱり食べ物が1番いいんじゃないか?程よい安さだし。何よりお前が作った奴だからあいつ喜ぶだろ」

「やっぱそうだよな……でも問題はいつに渡すか、なんだよな」

 いつに渡すか?『どういうことだ?』と俺が聞くと、


「あぁ、実は去年の誕生日の日にオレ、梓にプレゼント渡そうとしたんだよ。でも……」


 ・

 ・

 ・

「お、おーい、梓」

 て、声をかけようとしたんだが……梓は他の人からすでにプレゼント渡されまくっててな……しかも、よりにもよってオレがプレゼントしようとしてた……やつ、を、持ってな。

 そしたらオレ、渡すに渡せなくなって……


「で?どうしたの?すずっち」

「え?あ、いや、そ、そういやお前今日誕生日だったんだな。お、おめでとう」

「えへへ、ありがと。すずっちにもお祝いしてもらって嬉しいな!」

 ………………


 終・了。

 ・

 ・

 ・


「て、事があったんだ」

「普通に渡しゃいいだろ。プレゼント被ってももらえるもんはなんだって嬉しいだろ?」

「そう言うわけにもいかねえんだよ!なんで同じ柄の同じサイズの下着2着も誕生日プレゼントでもらって嬉しいんだよ!?」


 ・ ・ ・ ・ ・


「下着?」

 その言葉を聞いた瞬間、白枝は咆哮した。


「だっだって、いずにぃが{女性へのプレゼントは下着が一番だぞ!}とか言うから!とか言うからぁ!」

 あー、そもそも白枝家がずれてる奴だそれ。確かに女性へのプレゼントに下着を選ぶって言うのは聞いたことはあるけど、女子高生が女子高生に下着渡すとか前代未聞だろ……てか白枝以外に渡した奴も誰だよ!?

 まぁ、今年は同じ轍は踏まないはず。問題はもう一方言っていた『いつ渡すか?』ということである。


「要は早く渡さないと、被った時渡しづらいとか、そんな感じか?」

「そ、そんな感じ。だから例えば……朝早くに渡しに行ければいいなって。最悪誕生日迎えた瞬間とか!だから朝がいいと思うんだが…・・」

「朝って……登校した直後とか?」

「違うよ。朝起きた時すぐに」

 鼻息を吹かす白枝。


「やめとけ。だって……」


───────────────────────


 朝、お前がサプライズで赤城の家行くとするだろ?で、そこでお前がプレゼントを渡すとする。


「ハッピーバースデー梓!誰よりもお前を愛してるオレが、プレゼントを持ってきたぜ!」

「んあ……?……あぁ……」


───────────────────────


「……寝起きなのにテンションぶちあがると思うか?」

「オレそんなこと言わねぇよさすがに……」

 突っ込むところはそこではない気がするが……まぁ、俺も盛りすぎか。


「あ、じゃあ逆に夜は!?」

「逆にってなんだよ!?夜でも……」


───────────────────────


「Happy Birthday梓……お前のオレが……Presentを持ってきてやったぜ……」

「……もしもし?警察ですか?」


───────────────────────


「オレそこまで(ピー)大柴っぽく見えるか!?」

 白枝がたまらず突っ込む。


「夜討ち朝駆けみたいな真似はやめろって……」

「ようちあさがけ……?」

 あ、ダメだ、変な言葉使うんじゃなかった。

 ……と、言うよりそもそも聞きたいことがあった。


「なんでそんな、プレゼントの渡し方にこだわるんだよ」

 その言葉に、白枝はしばらく無言になった後、そっと言葉を漏らした。


「だって……もし、渡し方ミスったら、オレ、梓に嫌われるかも知れねぇだろ……?」

 そして顔を伏せる。つい最近、絆を確かめ合うことがあったのに、まだ怯えているんだろうか。

 いや、それがあったからこそ……か。


「もし、梓に渡す時にヘマしてしまったらって思ったら、とても怖くて……」

 それを聞いた俺は、大声で笑った。


「なっ何笑ってんだよ!」

「だって、笑うさ。そりゃ。誕生日プレゼントだろ?お前が思ってる以上に、誕生日って単純だぞ?」

 『はぁ?』と言う白枝に俺は続ける。


「お前は誕生日プレゼントを渡して、喜ばれたいんだろ?だったらそれに深い考えなんていらねぇだろ」

「え?」

「誕生日プレゼントをもらって、それで軽蔑する奴なんていない。それにあいつはきっと喜ぶよ。赤城 梓って奴はそう言う女だからな」

 こぶしを握りながら言う。……そう、赤城は、そんな女だ。

 だからこそ誰とでも仲良くなれる包容力も、器の広さも持っている。白枝も、俺にもないような、そんなおおらかな心を。

 きっと白枝からのどんなプレゼントも、あいつは喜んでくれる。はっきりと白枝に伝えると、白枝はもじもじして、俺の方を向いた。


「……ほ、本当、かな」

「あぁ。間違いない。あとはお前の、思うようにやってみろ」

「そ、そうだな。ここで逃げちゃダメだ。友達の誕生日を祝う。それだけだもんな!

 それを言うと、白枝の顔はきりっとしたものに変わった。


「……ありがとう奏多。自信がついてきた」

「おう、で?何をプレゼントするつもりか決まったのか?

「あぁ!それも決まった!」

 白枝はこくりとうなずく。相当自信があるのだろうか?


「お?マジか。なんだ?」

「下着」


 ・ ・ ・ ・ ・




 翌日。


「ありがと~!すずっち!大好き!」(一番大きなリアクション)

「……」


 ごめん。やっぱ俺赤城の事わかんねぇかも。




問56.次の意味を持つ言葉を答えなさい。

『失敗や不運をいつまでもあれこれ悩まずに思い切ってあきらめ、気持ちを楽にもつのが心の健康によいという教え』

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