第60話 ブラックフラワー・クリスマス(7)
……目の前に、スーツ姿の人たちがいる。……よりにもよって、目の前に『紫原』と書かれたネームプレートがある。
傍聴席にも人が多い。もしかしてこの人たちも……
「……」
いや、ここで気圧されちゃダメだ。私は目を閉じる。次第に委員の人々が多く入ってきて……
「失礼いたします」
そして最後に入ってきた。
「……」
高級太りしている、紫の髪をなびかせる男と、紫のおかっぱヘアの男。その男は2人とも目の前に座る。
「……ふん」
そして私を見るなり、小ばかにするような表情を浮かべた。
「これより、12月の臨時教育委員会会議を始めます」
しかも進行役もこの紫原のようだ。……この男の名前は紫原 健人。私を……姉さんをひどい目に遭わせた男だ。私もネットニュースで、この名前は見た。
「今回議論するべきことは、私の息子、紫原 魁人に、目の前にいる黒嶺 麗華の姉、黒嶺 あきらが故意にバイクをぶつけ、事故を起こしたこと。皆様、手元の資料をご覧ください」
「その前にパパ。言いたいことがあるのだが」
するとおかっぱヘアの男が私を指差し、
「加害者である黒嶺 あきらはどこにいるんで?」
「どうせ雲隠れでもしているのだろう?卑怯者め」
「!?」
その瞬間、私は立ち上がり、
「お姉様は」
「黙れ。パパの許しなく喋るな」
一撃。と言うより、このおかっぱヘアの男は何者なんだ……?
「今回、こちらへの被害があまりに大きかったことから、息子にも同席を頼んだ。すでにあの時の会見を見てご存じの方も多いと思うが、私の息子、魁人は意識不明の重体。お手元にある資料にも診断書を提示してあります。ご覧ください」
私はその診断書を見て愕然とした。……足の骨折や全身の打撲……これはお姉様の症状じゃないか……!
つまり、紫原サイドが、お姉様の診断書を使って、紫原 魁人の症状を偽装している……!?
「足の骨折……!?」
「これはひどいわね……」
辺りの声が聞こえる。
「……兄は……ボクの大切な人でした……その兄に……ひどいケガを負わせた、この黒嶺と言う悪魔を……悪魔を……」
顔を覆って慟哭……する、おかっぱヘアの男。
「拓人、悲しみに飲まれるのは目の前に見えるその悪魔を断罪してからだ……落ち着きなさい」
『拓人』と呼ばれた男は、顔を覆う手を除けた。
「……!」
瞬間、ニヤリと笑うような唇が見えた。
「黒嶺 麗華、お前には何か反論があるか?」
「……」
私は立ち上がる。
「あります」
「そうか。この期に及んで反省する気もないと。座りたまえ」
「え?」
「座りたまえ」
にらみつける紫原父。
「ですが、反論の機会ぐらいは」
「座りたまえ」
「そもそもこの診断書は」
「座りたまえそして口を慎め私を怒らせるな教育委員として平等な裁きを下すことが難しくなるだろう!」
大声で、そして早口で、私に有無を言わさないようにまくしたてる。
「下衆め。私を怒らせるのが目的でここに来たのか。それだけでこの事件の加害者である黒嶺 あきらの外道っぷりがわかるだろう。もはやこれ以上の議論は無駄だ」
「失望したよ。昇陽学園と言う学校は、このように黒を白と言いかえるようなバカ者が風紀委員をやっているのだね。お笑い草になるだろうな」
それを言った瞬間、はっはっはと下卑た笑いを見せる。周りの人々は、がやがやと騒ぎ出す。
まるでこの部屋一帯が、紫原と言う名前の液体で満たされるかのように、部屋の中の空気が変わる……空気は徐々に淀んだものへと変わってくる。
……闇だ。
もう光も何も見えない。このまま、私の意見は……
――そういうところだぞ。黒嶺。
――その真面目過ぎるところがお前の長所でも短所でもあって、お前の魅力でもある。
「……!?」
灰島さんの声が、頭の中で反響する。
「では、このまま処分を下すということでいいな。皆様もご意見は?」
無言と言う名の静寂に包まれる。
「ふっ……」
すでに勝ち誇った顔をするおかっぱヘアの男。
「だが、このまま終わるとなってもあまりにかわいそうだからな。お前が謝罪の言葉を言うのであれば罪を{軽くしてやってもいい}ぞ?」
こちらに下卑た顔を向ける紫原父。その顔はもはや、『歓喜の瞬間』を待ちわびているようだった。
「……」
このまま、この空気を変えることなんて、無理……
――お前は無理って言葉で、最後の一歩を踏み出せない。それは悪い事じゃない。
――でも、最後は自分自身で、一歩を踏み出さないと何も変わらないぞ。
変える……ことなんて……無理……
――南條先生は、お前が守るんだ。
…………私は、ゆっくりと話し出した。
「……すべては、私の姉の不注意が招いた事故です。本当に……申し訳ございませんでした」
その発言に、時が止まる。
「ふ、ようやく認めたか。パパの骨を折らせおって」
「……」
――無理なことなんてないぞ。出来ると思ってたことは出来るからな!
「……なんて……」
そして私は……顔を上げて……!
「なぁんて言うと、思ったかよバーーーカ!」
……しばらく不気味なほどの静寂が、室内を支配する。私の発した大声が山彦のように天井や壁を跳ね返り、しばらく反響し続ける。
「……なんだと?」
「お前は自分が何を言ったかわかっているのかね?」
「えぇ、わかっていますとも!少なくともあなたのように圧力をかける事だけが目的な人と違って、私は戦う力を持っていますから!」
私は身振り手振りを交えて続ける。
「そもそもこの診断書は、私の姉のものなのです!どういった方法で改ざんしたかはこの際どうでもいいですが、それを自らの、自らの兄のものにしないでいただけますか!?」
「ほう?では私を悪者に仕立て上げると言うのか」
すると机を叩いて紫原父が立ち上がり……
「貴様はどこまで身勝手な輩なのだ!この私が{わざわざ}被害を訴え出ているのだぞ!?」
と、真っ赤な顔をして言う。
「{わざわざ}!?あなたは家族のケガを、その程度のものだとしか思っていないんですか!?」
「黙れ!私の質問のみに答えろ!私は委員会の委員だぞ!命令無視は許さんぞ!」
「そうやって権力を笠に着て、色々な人に圧力をかけてきたのですか!?お姉様にも、そしてあの人にも!」
そして、こんな時、思わずボロが出るものだ。
「貴様!今{黄瀬}の事は関係……!」
「……い、今、なんと?」
女の人の声に、拓人は口を塞ぐ。それを聞いた瞬間、私は拓人の方をにらむように見つめる。
「黄瀬って……どなたですか?それに、圧力と言うのは一体……」
「関係ないだろう今は!い・ま・は・こ・の・お・ん・な・の・事だろう!?」
大声を上げる。
「……私、自信がなくなった時に、とある人にこんなことを言われたんです。{お前はどうして、風紀委員になったんだ}と」
「黙れ!{俺}の許可なくしゃべるな!」
「皆さんも思い出してください……どうして教育委員会に入ったんですか!?」
「黙れ黙れ黙れ!こいつの言う事に耳を貸すな!」
紫原父の顔から、湯気が出るようだった。しばらく無言が続く。
「……ほ、ほらみろ……みんな俺の味方だ……貴様のような小娘が、この俺に逆らうことなど……片腹痛い」
「……もるため」
女の委員の人が、小さく言った。
「何のためですか?」
私が指を差すと、女の人が立ち上がっていった。
「……子供を、守るためです!」
「何のためですか!?」
別の人に指を差す。するとその男の人も立ち上がり……
「子供が、笑顔で学校に行けるようにです!」
「安心して、子供たちが勉強できるためです!」
「私だって、あなたのような権力を笠に着て、圧力をかける人物の言いなりになるためにではなく、このような委員会に参加しているわけではないです!私はただ、お姉様のでっち上げられた疑いを!晴らしたいがためにここに来たんです!あなた方2人のように!唯我独尊な考えでは参加していません!」
「だ、だったら僕も!」「あたしも!」「お、俺だってそうです!」
続々と立ち上がる教育委員会の委員たち。それに気圧され、徐々に余裕をなくしていく紫原親子。
『……皆さん、聞いてください。僕の名前は……紫原 魁人です』
「!?」「「な!!?」」
突然聞こえ出す声。
『僕は、交差点を曲がる時に減速をしようとしました。でも……何故かブレーキが効かずに、黒嶺 あきらさんを……結果的に運転していたのは僕です。罪から逃れるつもりはありません。この腕の骨折が治れば、警察に出頭しようと思います。ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした』
……声は聞こえなくなった。
「と、言うことですが?」
目の前に、お姉様が2年ほど前に会わせてくれた人……緑川 潤一郎さんが立っていた。
「な、なんだ……!?今の……音声は……と、言うより、貴様!市議会の分際で教育委員会に圧力をかけるつもりか!?」
「紫原家の行ってきた悪行の数々を見せたら、喜んでこの委員会に入る許可を出してくれました。それに、圧力をかける{悪者}なら同じ穴のムジナでしょう?少しくらい黙って話を聞いては?」
ゆっくりと歩み寄る。
「よく、がんばったね。黒嶺 麗華君。あとは私がやろう」
すると1枚の紙を取り出す。
「まず、先ほど聞いたのは本物の紫原 魁人……この事故の{被害者の1人}の本物の肉声です。あとで声紋鑑定をかけてもいいでしょう。次に、この紙を。これは{もう1人の被害者}黒嶺 あきらの診断書。おや?どうしたことか、この診断書と、ピッタリ一致しますね。ケガの位置といい、加療が必要な日数といい」
「な、何を言っている……でたらめだ!でっち上げだ!」
と、言いつつ徐々に顔を青くしてじりじりと後退していく。
「そして次に、清音高校で、あなたよりにもよって多数の教師、そして校長先生に圧力を駆け回っていたようですね?」
「それもでっち上げだ!いい加減に……」
「私はこれでも議員の端くれ。少し強硬的に圧力をかけたところ、清音高校の校長先生も、あなたに圧力をかけられた先生も、すべてあなたからの圧力を吐いてくれましたよ?」
「なっ……なっ……!」
すると何を思ったのか。
「そ、そうだ!ボクはパパ……この親に操られた!」
拓人は父を裏切った。
「なっ何!?裏切るのか!?拓人!」
「黙れ鬼畜め!このボクを操っておいて!ただで済むと思うな!」
『……今この小さな子にぶつかった拍子にケガしちゃったかもなぁー。ボクのパパは教育委員会の委員なんだよなぁー。このことをパパが知ったら、キミたちもただじゃ済まないかも知れないなぁー』
「!?」
もう一方の音声データを流す潤一郎さん。
『な、脅してるつもり!?』
『命が惜しくないのか貴様らは!このボクが許してやろうとしているんだぞ!貴様らを消すことなど、ボクのパパの力を使えば造作もない事なのだよ!わかったならさっさと道を開けろカスどもが!』
赤城さんの声に交じり、甲高い拓人の声。その顔は、みるみるうちに青ざめていく。
『てめぇいい加減に……!な!?離せよお前ら!』
『外見てください白枝先輩!ここでこの人を殴りでもしたら、それこそ動かない証拠になっちゃいますよ!?』
『おや?殴らないのか?ふん。意気地なしが。キミたちは裏から帰りたまえ。選ばれた一流であるボクに遠く及ばない三流のキミたちにはそれがお似合いだよ』
「……吐いた言葉は返ってくるものだよ。わかったかね?」
それを聞いた瞬間、拓人はその場に座り込む。
「……お姉様が、あなたの悪事を追っているうちに、あなたのインタビューの載ったネットページにたどり着きました。{子供に寄り添う教育を}と」
私は紫原父に歩み寄る。そして顔を近付けて……
「何が{子供に寄り添う}ですか……笑わせないでください!」
その言葉を聞いた瞬間、紫原親子はがっくりと顔を伏せた。
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