第59話 ブラックフラワー・クリスマス(6)
結果的にシャワーを浴びた後、タクシーを拾って病院へ戻る。
ちなみにそのタクシー代も、潤一郎さんが手配してくれた。
「悪い、待たせ……た」
病院に戻ると、そこには南條先生しかいなかった。
「南條先生……黒嶺は?」
「麗華ちゃんなら、ちょっと売店に買い出し。ついさっき言ったから、結構時間かかると思う。……今日はもう少しいてくれるって」
「そうですか。俺もお供しますよ」
「……灰島君。ちょっと聞いてくれる?」
俺は椅子に座ると、こくりとうなずいた。
「喋り方を聞いて分かるよ。麗華ちゃんは、すっかり自信を無くしてしまってる」
「……南條先生も、そう思いますか」
天井を見上げたまま、それでも遠くを見るような視線を送る南條先生。
「……麗華ちゃんね。クリスマスの日は、いつも楽しそうに笑って、それを見てるだけでも楽しそうで……父さんや母さんは、{ブラックフラワー・クリスマス}って言って、楽しみにしてたな。毎年」
ブラックフラワー……『黒』嶺麗『華』だからか。
「パッとお花が開くように、麗華ちゃんが笑ってくれることが、アタシは幸せだった。もちろん、アタシだけじゃない。父さんも母さんも」
「……」
「でも、去年も、そして今年も……麗華ちゃんにはつらい思いばかりさせて、クリスマスが、楽しくないと思われてるよきっと」
南條さんの言葉は、あまりに空虚に包まれていた。……絶望。それが言葉の一つ一つに深く深く刻まれている。
「……ごめんね、灰島君。キミにこれを言っても、しょうがないのにね」
「構いませんよ。少しでも楽になれば、それで」
「……キミ、本当に自分より他人なんだね。あの時からずっと」
あの時……か。
「だから……あなたとアビスで初めて会った時にも、あなたを受け入れることが出来たのかも知れませんね」
「!?」
部屋の入口に黒嶺が立っていた。手には病院の売店で買ったんだろう。弁当がふたつ。
「れ、麗華ちゃん……ごめん。灰島君に」
「……いいですよ。灰島さんに話していたことくらい」
黒嶺が弁当をひとつ、俺に手渡す。俺は軽く礼を言いながら、その弁当を受けとる。……まだ温かい。
「で、灰島さんは何をしていたのですか?」
「……」
ここで潤一郎さんに会っていたことを話すべきか迷った。
だが、潤一郎さんのあの言葉が気にかかる。
――ふむ……つまり期限は明後日の朝ということか。どれほど力になれるかはわからんが、善処しよう。
潤一郎さんを信用していないわけではないが、ここでもし間に合わなかったら、それこそ黒嶺へのトドメになる。
「空が今日、傘忘れてたからな。それを届けに行ってたんだ」
「……そうなんだね。急に雨が降り始めたもんね。クリスマスの日も、雨の予報だったね。そう言えば」
ん?なんだ?南條先生の言葉に、何かすごく違和感が……
「……」
すると、突然……
「ぐすっ……うぅっ……」
黒嶺が、涙を流し始めた。
「どうしたの?麗華ちゃん」
「ごめんなさい……お姉様……!」
「え?なんで謝るの?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ぶるぶると肩を震わせる。俺には、黒嶺が何故泣いているのかがわかった。
「……南條先生。ちょっと、2人でいいですか?」
「うん。帰ってくるまで軽く寝ておくよ」
廊下に出る。さすがに面会時間の終了が迫っているためか、もう人もまばらだ。
「……おおよそ、2日後の教育委員会の会議が怖いとか、そんな感じだろう?」
「灰島さんには……バレているんですね……はい。大けがをしたお姉様の代わりに、私に出席命令が出ているんです」
顔を赤くする黒嶺。
だが、恐怖する気持ちもわかる。あの紫原のことだ。おそらく何人かをすでに買収していて、黒嶺の事を徹底的に叩き潰すつもりなのだろう。
また紫原が……いや、そうはさせたくない。
「私なんかに……出来るでしょうか……人の心も読めない私が……他の人の心を動かすなんて」
「出来るかじゃない。やるんだ。お前の姉さんがこのままだと一方的に悪者にされてしまう……そんなことになったら、きっとお前自身が後悔する」
「……」
落ち込む黒嶺。左胸をそっと押さえる。
「人の心を読めないからって、出来ないわけじゃない。お前が南條先生を守らずに、誰が南條先生を守るんだよ。やる前から諦めるんじゃない」
「……やる前から……そうかも、知れませんが……」
「いつもの気概はどうしたんだよ、{シャルロット}」
その声で言っても、黒嶺はうつむいたままだ。
「お前が思ってる以上にお前の存在は大事なんだ。俺たちにとって」
「勉強を教える人として、ですか?」
「そんなんじゃない。でも……なんというか……大事なんだよ。お前が」
「えっ……!」
こちらを見ていた黒嶺は、急に肩を怒らせた。……あれ?俺何か変なことを言ってしまったのか……?
「……あ、あぁ、いや。変な意味じゃなくてだぞ!?あくまで変な意味じゃなくて!」
「……そう、ですよね」
噛みついてこない。大分丸くなったよな、黒嶺も……
「灰島さん」
「え?」
「もし、もし私が遠くに行ってしまっても……私の事を、忘れないでくれますか……?」
ここでこのような話をした。つまりよほど……
――喋り方を聞いて分かるよ。麗華ちゃんは、すっかり自信を無くしてしまってる。
「……黒嶺」
俺は、その質問には答えずに話の内容をすり替える。
「お前はなんで、風紀委員になろうって思ったんだ?」
「え……?……」
うつむいて考え込む。
───────────────────────
なんでなろうと思ったか?……誰も立候補者がいなかったから。
いつも、誰にも相手されることなく、むしろ煙たがられて、私の存在なんて気にも留めない。
当然そんなことにやり甲斐なんて感じられるわけがない。だからそんなことを灰島さんに言われても……答えられるわけが……
……答えられるわけが……
……答えられる……わけが……
「おはようございます」
「おっはよー黒嶺さん!いつも頑張ってるね!」
「……え?」
目の前にいた『人物』が、そう言った。
「いつもって……どういうことですか?」
「知ってるよ!黒嶺さん、いつも月曜日に校門の前に立って、挨拶してるんだよね!あたしどうしても朝弱いから、早起きできるの羨まし~な~!」
「……なんで、その事を……」
「えへへ、まぁ友達に聞いただけなんだけどね!あたしも。今日会ったので黒嶺さんに会ったのも初めてだし!でも本当に、いつも同じことが出来るのってすごいよ!」
……赤色のポニーテール。そして笑顔が似合う……赤城さんだった。
彼女にそう言われてから、私は少し振る舞い方を変えてみた。
「おはようございます」
なるべく笑顔で、みんなの顔を見ながら言う。朝の挨拶が少しでも楽しくなるように。
もちろん、それを煙たがる人だっていた。例えば、緑川さんのように。でも……1人でも足を止めて、
「おはよう、黒嶺」
と、言ってくれることが、本当に嬉しかった。
私が風紀委員を始めたのは、もしかして『立候補者がいなかったから』でも『学校の風紀を守りたかった』でもなくて……
自分自身に、自信を付けたかったから。なのかもしれない。
───────────────────────
「……」
再び涙を目に溜める黒嶺。
「思い出したか?」
「はい……」
「お前も、南條先生のような、生徒に寄り添う先生になりたいんだろ?」
「……はい……!」
そして顔を上げる。
「でも、相手は……お姉様を守ることは本当に出来るでしょうか……」
「あぁ、無理だろうな」
「!?」
俺に突然言われた言葉に、黒嶺は目を真ん丸にする。その顔を見た後、俺は黒嶺に向かってバカにしたような顔を浮かべ……
「……なぁんて、言うと思ったかよバーカ」
「ちょっひどくないですか!?」
わかりやすく涙を引っ込め、俺に対して怒る黒嶺。
「そういうところだぞ。黒嶺」
「……は?」
「その真面目過ぎるところがお前の長所でも短所でもあって、お前の魅力でもある」
「み、魅力!?からかうのは、やめてください……!」
顔を真っ赤にする。
「わ、私、本当に、自信がないんですから。もし、無理だったらって……!」
「……」
「無理なことなんてないぞ。出来ると思ってたことは出来るからな!」
「!?」
――無理なことなんてないよ!出来ると思ってたことは出来るから!
「お前は無理って言葉で、最後の一歩を踏み出せない。それは悪い事じゃない。でも、最後は自分自身で、一歩を踏み出さないと何も変わらないぞ」
「最後の……一歩」
「また、南條先生とクリスマスパーティしたいんだろ?だったら、こんな場所で止まるな。南條先生は、お前が助けるんだ」
また左胸を押さえる黒嶺。一体どうしたんだ?さっきから……
「私が……お姉様を……」
「お姉様を、守ってみせる……!」
黒嶺の目に、強い光が宿った。
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「……信じてたよ。灰島君」
何かを察したアタシは、部屋の中でゆっくりと目を閉じる。
「……がんばれ。麗華ちゃん」
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あっという間に、12月24日になった。この日は、クリスマスイブでもあり、終業式でもある。
終業式を終えた後、黒嶺の処分が決められる教育委員会議が行われる会館にやって来た。
「ふわぁ……」
珍しくあくびをする青柳。
「どうした?最近寝れてないのか?」
「うん……まぁ、色々あってね……」
「で?会議は正午からって、言ってたよな。あとは黒嶺の頑張り次第ってことかよ」
そう言った後、何故か白枝も……
「はふぅ……れいれいなら、きっと大丈夫だと思う、そのために……」
「そのために?」
何か口を滑らせた様子の赤城。緑川もバタバタと手を振る。
「……お前ら……水臭いぞ」
俺はすぐに、青柳たちの行動の真意を察した。
「むぅ……そう言う灰島君だって。あの時廊下で何言ってたの?」
「……!?」
……えっ。見られてた……のか!?俺は顔から火が出る勢いだった。
「あ、始まる……みたいです」
緑川が声を上げる。今回の教育委員会議は公開されるので、俺はモニターに映るその映像に釘付けになった。
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