第52話 光彩陸離

 シューズが床に擦れる音、バスケットボールが、床に何度も打ちつけられる音。周囲の生徒からの歓声。

 それらがひとつにまとまり、格調高い調べを奏でる。

 今日は赤城の所属する女子バスケ部の大会の1回戦。1回戦から強豪校と激突するらしい。

 と言っても昇陽学園もバスケ部は強豪校と呼べるくらいの実力はある。現に今も互角に渡りあってるし。


「……」

 隣に座り、緊張で震える白枝。俺はその白枝に目線を送ると、再びコートに視線を戻す。

 試合は一進一退の攻防が続き、現在81対81。

 コートの上にいる赤城は、うまく敵の動きを避け、そのまま走り込み……


 ファサ……


 ボールをゴールにねじ込む。まるでゴール側が、ボールを取り込むかのような滑らかな動きだ。


「うおおお!やっぱうまいな梓!」

 盛り上がりを見せる白枝。ちなみに今日は青柳はアルバイトが入ってしまい、緑川は風邪をひいてしまったためこれなかった。

 黒嶺は……


───────────────────────


「そこ、登場人物の心きょ」

「あ、ええっと……ごめんなさい」


「……黒嶺、ちょっといい」

「!?……」


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 ……最近、俺を避け続けている。

 まぁ、無理もない……かも知れないが。さすがにいきなり黒嶺先生は図に乗りすぎたよな……

 試合に目を戻すと、残り時間が10秒を切っている。

 このままいけば勝利は確定だ。そう確信した。


 ……そう、確信した時が、油断を生むんだ。


 紺色の髪の女の子から、ボールが赤城の元へ投げられ……


 ……なかった。突然間に割り込んできた相手の手の中にボールが収まり……

 残り3秒。2秒……1……


 ファサ……




 83対84。……傍から見れば、劇的な逆転勝利だろう。……俺たちの高校にとっては、劇的な逆転負けだが。


「あ~あ、負けちゃったよ。北斗の奴がパスミスしなかったらなぁ」

「せっかく勝てる試合だったのに、もったいないよね~」

 思い思いの言葉を言いながら引き上げていく生徒たち。


「……」

 うつむく白枝。


「白枝、そろそろ帰るぞ」

「……あぁ」

 本当は、俺も慰めることくらいはしてやりたかった。でも……下手に慰めるのは、返って傷を抉ることにもなりかねない。

 掴みかけたものが壊れること……その辛さは俺も知っているから。


「……悪い。ちょっとトイレ……」

「なんだよまったく……ここで待っとくから、早く戻ってこいよ」


 トイレに差し掛かった時だった。


「!?」

 俺はトイレの前で……


 さっきパス回しを失敗した女の子を、抱きしめている赤城の姿を見つけた。


「……」




「待たせたな、白枝」

「いや、1階のトイレ使えばよかっただろうが。なんで2階から降りてくるんだよ」

「……」

 本当の事を言うべきか言わざるべきか少し迷ったが、黙っていると……


「そう言うやさしいとこ、本当梓に聞いた通りだな」

「え?何が」

「……兄貴待たせてる。早いとこ外に出るぞ」

「お、おう」

 俺は白枝の言った不可解な言葉に首をひねりながら、会場を出た。




 翌日の放課後……


「……」

 もう冬休みも近いので、図書室に集まること自体が少なくなった。夕方ともなると肌を刺すような寒さもある。

 それにしても……学食にも黒嶺は現れなかった。……相当嫌われてしまったのか……?


「が~りべ~んく~~~ん」

 背後から聞こえる声に、俺は体ごと振り向いた。


「……どうした?赤城」

「今日せっかくだし、一緒に帰ろ?」

 にこにこと笑いながら言う赤城。……こいつの方から誘ってくるって、そう言えば珍しいな。




「……でさ~、その時すずっちが……」

 無邪気な顔をして話す赤城。そんな赤城の会話を、少しだけ後ろを歩いて聞く。

 沈み始める夕日に照らされる赤城の背中からは、まるで翼でも生えたかのように白い残滓が伸びていた。


「……ねぇ、聞いてる?」

「……え?お、おう」

「……」

 すると背中を向ける赤城。また歩き始めるのか?と思って足に力を込めた時、


「聞いたよ、すずっちから」

「え?」

「がり勉君、あたしをそっとしておいてくれたんだよね。正確には、あたしとみやみやだけど」

 見透かされている……?


「いいよ。正直に言って」

「……わ、悪い。昨日、トイレの前で、お前がお前と同じ部員の子を抱きしめてる姿、見つけてしまったんだ。本当は声をかけようとも考えたんだけど、なんかそんな感じでもなかったから……」

「やっぱり」

 くすくすと笑う赤城。


「{やっぱり}?」

「横目で見えてたよ~?がり勉君の姿」

 バレてたのか……野性的な勘は強いんだな……


「悪い」

「いいよ」

「……その、新聞でも載ってたから……気にしてるのかなって。昨日の事」

「……」

 再び歩き出す赤城、俺はそれについていく。


「みやみや……北斗 都って子なんだけど、あの子を泣き止ませるのは苦労したよ。{自分のせいだ。自分のせいだ}って、ずっと呪文のように言い出すもん。……負けなんて、誰のせいでもない。相手が強かっただけなのにね」

「……」

「あたしからしたら{高々1回の失敗}だよ。だからみやみやが、そんなに引きずる必要ないのにさ」

 にっこりと笑いながらこちらに振り返る。


「……本当にそう思ってるのか?」

「もちろんだよ」

「……強いな。赤城」

「えへへ、それほどでもある」

 ……でも、俺にはわかる。


 赤城は、かなり無理をしている。と。


「じゃ、あたし、そろそろ帰るから!」

「待てよ」

 その言葉に足を止める。


「……お前がその北斗って子を抱いてた理由……本当に、北斗が泣き止まなかった{だけ}なのか?」

「どういうこと?それ以上でも、それ以下でもないよ」

「……」


───────────────────────


 引き返そうとして足に力を込めようとした時だった。


「……ごめんね、みやみや」

「?」


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「なんでその子に謝ってた?」

「……盗み聞きなんて趣味悪いよがり勉君」

「あ……言いたくないならいいんだ。悪かった……な……」

 背を向けていた赤城の肩が、ぷるぷると震えだす。


「……無理をするな。一応幼馴染だろ。お前の考えくらいわかるんだよ」

「……」

 すると赤城は……


「……あたし、あがり症で……昨日の試合でも、実力の1割も出せなかった……それどころか、コートがすごく広く見えて……相手チームの事も全然見えていなくて……」

「……」

「あたしを信頼して、パスを回してくれるみんなの思いも……全部無駄にしてしまって……でも……そんなあたしのせいじゃないって、みやみやが言ってくれたんだ。全部、あの時パスを出した自分のせいって」

 『でも勝ち越しのゴールを決めたのはお前だろ』なんて慰めの言葉をかけようとしたが、出かかった言葉は寸前のところで引っかかった。何故なら……


「がり勉君……いや、奏多君……」

「え?」

 こちらに振り返った赤城が……


 ぎゅっ


「!?」

 いきなり抱き着いてきた。


 ……泣いていた。


 俺の体に顔をうずめ、う~う~とうなりながら、俺の制服を濡らしている。


「あ、赤城……」

「ご、ごめん……奏多君……!もう少しだけこうさせて……!すぐ、元通りに戻るから……!」

 ……悔しかったんだろう。辛かったんだろう。正しく『自分のせいだ』と言われないことが。友達に負担をかけてしまったことが。

 だが、俺は赤城にどんな言葉をかければいいのかわからなかった。

 堰を切ったように泣き出した彼女の体はしばらく木の根っこのように俺と彼女の体をガッチリと繋ぎとめる。

 いつだって元気だった赤城の、こう言った姿を見るのは初めてだった。




 駅の前にやってくると、赤城は立ち止まった。


「……もう大丈夫なのか?」

「う、うん。だいぶん……落ち着いてきたから」

「そうか」

 すでに陽は沈み、わずかな光が彼女の背後に見える。その光があまりに眩く見える。


「……ありがとう。奏多君」

 『奏多君』彼女はそう呼んでいる。


「君がいなかったら、あたし……きっと立ち直れなかったのかも知れない」

「そんなこともないと思うけどな。お前、単純だし」

「ふふ、そっか」

 少し笑みを浮かべた赤城の顔は後ろから夕日を浴びて……どこか煌めきを感じる。


「じゃ、俺そろそろ行くから。また明日学校でな」

「うん!またね!奏多君!」

 赤城が手を振る中、俺はゆっくりと改札を通り抜ける。


───────────────────────


「……」

 ドクドクと、鼓動があたしの体を支配する。


「……」

 ダメ。やっぱり……止められなかった。本当は……こんな思い考えちゃいけないのに。


 やっぱりあたし……

 灰島 奏多君の事が、どうしようもないほど……




 ……好きだ。




問38.次の意味を持つことわざを答えなさい。

『相手が自分より弱そうだと判断すると、いきなり喧嘩を売る大声を出して威張り出すこと。また、その人物』

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