第37話 昇陽祭(8)白枝 すずに起こったこと

「ふぅ~……」

 用意してあったパイプ椅子に腰かけ、大きく息を吐くと、途端に疲労が体を支配する。スマホを見ると午後1時になっていた。

 ほんのりとソースの焦げたにおいが漂う。オレはそのソースのにおいが染みついたバンダナをたたむと、予備のバンダナを取りだした。


「お~い、すずっち~」

 梓がフランクフルトと焼きトウモロコシを取り出す。


「あなたが落としたのはこの、2年B組のフランクフルトですか?それとも、2年F組の焼きトウモロコシですか?」

「……トウモロコシあんま好きじゃねぇからフランクフルトで頼む」

「そっか。おいしいのになぁ」

 梓がまるでリスが硬い木の実をかじるように高速で焼きトウモロコシの粒を歯で剥がし始める。

 それと同時にオレもフランクフルトを食べようと、顔を近付ける。


「……?」

 片面は焦げるほど焼け、もう片面はほんのりと焼き目が付く程度。しかも、切れ目がない。

 口に入れると、案の定熱い肉汁が飛び、皮はパサついて食べにくい。


「これ、B組で買ったのか?」

「うん。でもB組の屋台、閑古鳥が鳴いてて、あたしが初めてのお客さんだったみたいだよ?」

「そりゃそうっすよ」

 そこへ北斗もやって来た。


「あんまりおいしくないし、何より店員さんがなんか上からで腹立つっす」

「……まぁ、あんまりおいしくないのは同意だが……」

 と、その時だ。


「おいそこのキミたち」

「あ?」

 ある程度食べたところで、男がオレたちに向かって話し出す。


「あれ?B組の細井君だったっけ。どしたの~?」

「{どしたの~?}じゃない!なんでこんな場所で焼きそばなど売っているんだよ!?」

 どうやら怒り心頭の様子だ。


「お前らがこんな場所で焼きそばを売るせいで!においにつられ客は着々とそっちに横流れ!オレらB組の評判はウナギ下がりなんだよぉ!」

「ウナギ下がり?」

「この僕のプランに失敗などあり得てはならないのです!あなた方は即刻この場から退去なさってください!」

 あー、そう言う話な。


「いやだ。と言ったら?」

「ふん、キミたちに選択の余地はない!立ち退かないなら……僕たちにも考えがありますわ!」

「考え?なんだよそれ」

 すると細井と呼ばれた女は、いきなり店の前に飛び出し……


「皆様!ここの焼きそばは賞味期限切れのそばを使っております!だから食べたら腹痛を起こします!」

 どこから取り出したのか、メガホンでそう言った。


「ちょっ細井君!」

「やめるっす!それをしたところでなんになるんすか!?」

 慌てて止める梓と北斗。しかし細井の暴走は止まらない。


「ご覧ください!それを気にも留めずに作っているのです!これを恥知らずの常識知らずと言わずになんと言いましょう!?」

 足を止める人々。それは徐々に黒山の人だかりとなっていく。


「そんなことより!僕たちB組のフランクフルトの方がおいしいです!ここからすぐ近くにあるし、選べるなら断然そちらだろう!?」

 相手を蹴落として自分だけが特をしようとする。オレの一番嫌いな手段だ。


「ど、どうしようすずっち」

「……」

 オレはぼんやりとスマホを取り出し……そしてしまった。


「まぁ見とけ。これから面白いことになるはずだ」

「え?」

 そしてその人ごみの一部が細井に集まってきて……


「おや?僕の言う事を信じてくださるのか!嬉しいぞ!」

「{信じてくださるのか}ねぇ。……お前か」

 そこにいたのは、銀髪の男。


「お前かって言ってるんだ!フランクフルトで花蓮ちゃんを危ない目にあわせたのは~!」

「はい!……えぇ!?それはどういう……」

「SNSで話題になってるんだぞ!お前のところの出し物のフランクフルト、{焦げてる}とか{食べる時に肉汁が飛び出して危ない}とか!おかげで花蓮ちゃんも火傷しかけた!どうしてくれるんだ!」

「ど、どうしてって……」

 ざわざわとざわめく集団。その集団は大挙して……こちらに向かってくる。


「そう言う事なら焼きそばがいいな」「おなか減ってきたし、焼きそばでも食べよう」

 などと、多数の声が聞こえる。


「おい細井、何やってんだよお前……」

 さらには2年B組の奴らまで。


「あ、いやっこれは……」

「{フランクフルト屋をやれば絶対成功する}って、{綿密にプランを練ってる}って、蓋を開ければよそを蹴落として俺たちだけ気分がよくなるってことかよ」

「自分たちだけじゃないよ。細井だけがでしょ?」

 あっさり瓦解した様子。


「は~あ、やってらんねぇ。おいみんな、こんな奴ほっといて別んとこ行こうぜ」

「賛成」「異議なし~」

 そして店番をしていたB組の面々も、散り散りになっていく。


「……」

 がっくりと肩を落とす細井。


「ふん、ざま~みるっす。因果応報って奴っすよ」

「まったくだよ!まったく!」


 それからしばらく人込みをさばくのに必死になって焼きそばを作り続ける。誤発注の分はわからないが、とりあえず結構な量は作れそうだ。


「……」

 途方に暮れ、うろうろとしている細井。それを見たオレは、さすがに哀れに思えてきた。

 ……1人になる恐怖や空虚感は、オレもよく知っているから。


「すずっち、気になる?」

 無言でうなずいた後、梓と北斗にあることを耳打ちする。


「え?……まぁ、わかったっす。すずネキ、本当やさしいんすね」

「すずっちの頼みだもん。任せて!」


「……誰か頼めるか?」

 そう聞いた後、手を挙げた男子生徒にヘラを手渡す。




「クソっ……何故だ……何故誰も客が来ない!僕のプランは完璧だったはずだ!何が足りないんだ……!」

「何が足りないって、そういうとこだろ?」

「!?」

 屋台の前に顔を出す。細井はこちらをにらみつけた。


「なんだねキミは。今になって僕をバカにしにきたかね?」

「……」

 するとフランクフルト用のウインナーを持ち……竹串を刺す。


「片面ばかり丁寧に焼きすぎだ。焼きムラが出来るだろ。あと、どっちの面でもいいから焼く前に切れ目入れとけバカ。だから火傷するとか言われんだよ」

「な、なんで……切れ目……!?肉汁は」

「どの道焼けて皮目が破れたら肉汁なんて意味ねぇよ。それに、その肉汁のせいで火傷とかされたら本末転倒だろうが。こういうフランクフルト一本で勝負する店じゃあるまいし」

 コロコロと転がしながら焼く。油と肉汁が熱々の鉄板に落ちる小気味よい音が辺りに響く。


「食ってみろ」

 と、フランクフルトを細井に差し出す。細井はそのフランクフルトにケチャップとマスタードをかけて食べる。


「!?」

「……焼きムラなくすだけで全然違うだろ。あと{熱いから食べる時気を付けてくださいね}くらい言え。そうすりゃああいうトラブルは減る」

「そ、そうか……僕のプランには、気遣いが足りなかったのか……」

 冷や汗を流す細井。


「で、でも、このままではこの大量のウインナーをどうすれば」

「あぁ、その心配ならねぇよ。だって……」

 と、そこへ人々がやって来た。


「あの、このチラシ……」

「え?」

 そこには手書きで『2-B フランクフルト20円引き券』と書いてあった。


「あ、いや、その……」

「ありがとうございます」

 オレはそれを受けとる。


「ど、どこで……こんなものを……」

「いいから話合わせろ」

 そしてフランクフルトを売り、20円引いた金を受け取る。


「でも、どうして」

「同じクラスの奴に頼んだんだよ。これを作ってくれって。ありがてぇことにオレのクラスの焼きそば大人気だから、それを利用してお前らの宣伝出来るかなって思ってな」

「何故だ……お前のクラスを貶めようともした僕のクラスに、何故協力できる?」

「さぁな」

 吐き捨てるようにそう言った後、オレはさらに続けた。


「ほっとけねぇんだよ。お前みたいにみんなから目の敵にされる奴が」

「……」

「自分のプラン通りいかない?んな下らねぇプライドは捨てやがれ。自分自身のためじゃなく、こう言うのはクラスの奴らのために全力を尽くすべきだろうが」

 フランクフルトを手際よく焼きながら、そう続ける。


「お、おい……すごい行列じゃねぇか……」

「やっば、いつの間に!?細井君すごい!……これ、私たちも手伝わないと!」

 そこへ先程細井を見限ったB組の奴らも、大挙して戻ってくる。


「じゃ、後はうまくやれよ。オレはそもそもA組だ。そろそろ戻らねぇと」

「あ、あの……」

 すると細井は、大きく頭を下げた。


「ごめんなさい!先程はあんなことをしてしまって……」

 そして素直に謝る。しかしオレは細井の方を振り向かなかった。


「いいからさっさと売れ。客待ってんだろうが」

 それだけを言い残して、オレはフランクフルトの屋台を後にした。




 それからしばらく、店先で焼きそばを焼き続ける。しかしそれにしても……なぜこんなに焼きそばが人気なのだろうか?

 ビラ配りをしてもらった灰島のおかげだろうか?確かに見た目的に目立ちそうだし。

 ……灰島か。さっきの細井の時みたいに誰かのために動けるって言うのもあいつのおかげ……


「……!」

 何考えてんだオレは。とにかく早く焼きそばを焼かないと。


 ある程度客をさばいた後で、少し気になっていたことを北斗に尋ねる。


「そういや北斗、梓は?」

「梓ネキなら、灰島さんを探すために出かけたっすよ。なんでも{緊急事態}らしくって」

「緊急事態……?」

 顎に手を添える。大方あの着ぐるみにまつわるトラブルなのだろうが……


「オレも探してくるよ」

「分かったっす。店番なら任せてほしいっす」

 オレはバンダナとエプロンを取り、灰島を探しに校舎へ向かった。


 探しに行く理由?別にたいした理由はない。梓が探しているから……それ以上の理由はいらないだろう。

 ……そう言えば梓と灰島は……幼馴染なんだよな。

 ……梓は灰島の事……好きなんだろうか。


「…………」

 あいつの手……ガッチリしてて……


「!!?」

 こんな時に何を想像してるんだよ!こんな時に!落ち着けよ白枝 すず!

 オレは自分を保持するためにパチパチと頬を叩いた。

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