第36話 昇陽祭(7)緑川 麻沙美に起こったこと
「へ!なんだよお化け屋敷って聞いたけど、これじゃ小学校の出し物にも劣るっての!」
金髪のいかにも不真面目な男が、真っ暗な1年D組の教室の中を歩いていく。
「なぁ~にがお化け屋敷だよ。やる気ねぇなら帰れって話だよ!」
同じく不真面目そうな赤髪の男。
「こんなんテレビゲームの方がまーだこえぇっての!あぁ~超恥ずかしい~!」
その時だ。
ピト。
「?なんか落ちてき……」
それは、赤い液体……
「お前、それ、血?」
「まさか、本物の血なんて用意できるわけ……」
――アアアァァァ
「……!?」
彼らの頭上から、何かが聞こえる。恐る恐る2人が上を見上げると……
「アアアァァァ……」
血まみれの服と、血まみれの骸骨(の、お面)を付けた『あたし』の姿が。
「でっ……でででっ……!」
「ででっ……!」
「「出ぇたああああああああ!!」」
2人とも大急ぎで、お化け屋敷を抜け出していった。
「……はぁ」
天井からつるされた状態からようやく解放される。背中が少し痛い。それにしても……これ、やりすぎじゃない……?
「緑川氏!」
そこへ西園寺がやって来た。
「大丈夫ですの?背中とかお尻とか」
「うん。ありがとう西園寺。気にしてくれたんだね」
「あと、喋る時はそれをお外しになって」
あ、しまった。これにはボイスチェンジャーも入っているんだ。
「それにしても……ようやく落ち着いてきましたわね。お客様も」
「朝は人いっぱいだったからね~。やっぱりお金安くしすぎたかな……特に子供が多かったよね」
ちなみにこの衣装やボイスチェンジャー付きのお面はすべて、お父さんや西園寺のお父さんが用意してくれたもの。……2人とも体力を使う部分が少しずれている気もするが、まぁいい。
あたしだってこの出し物は成功させたいから。のちに笑って振り返られるような思い出になるように。
「それにしても……」
スマートフォンを動かすあたし。
――1年D組のお化け屋敷超怖かった!途中まで余裕だったけど最後が本当無理!
――1-Dのお化け屋敷、すごかった!特に最後、鳥肌出た!
――1年D組のお化け屋敷、最後まで怖がらずに行けた人おる?
「あらら、ほとんどが緑川氏ですわね……さすがは緑川氏、正しくは緑川氏のお父様、ですわね」
「もう……茶化さないでよ。お父さん張り切りまくってて、今日も上の方との会食を断ってまでここに来てるんだよ……?」
「え!?そんなこと」
その時、高笑いが聞こえた。……誰かがお化け屋敷に来た合図だ。
「と、いけませんね。準備をしないと」
「う、うん」
西園寺があたしを天井にぶら下げる……
───────────────────────
「……」
それは、今日の朝学校に来た時だった。
「ふ、雰囲気が……ますますホラーに……!?」
おどろおどろしい照明、あちらこちらに血(と言うか血のり)。
そして着る予定だった服にも、色々な恐怖をあおる仕掛けが施されている。
「これ、誰かがやったの?」
「……少なくともわたくしは昨日下校する時以降手をつけていませんわ」
他の生徒たちも、一様に『さぁ』と手を横に。
「……」
なら、導き出される結論はひとつだけだった。その結論を後押しするかのように、私の元にメールが届く。
『やっほー!麻沙美!実は昨日の深夜麻沙美に内緒で1年D組のお化け屋敷をリノベーションしちゃったよ!これで大成功間違いナッシングー!そして今夜の後夜祭に勢いを付けれるよ!ちなみにちゃーんと、学校の方々には許可を得た上でやったから安心しておくれ!』
そして、教室を出てキョロキョロと左右を見回すと、一斉に親指を立てる大勢の『一般市民』。
「……」
お父さん、お願いだから出しゃばらないで……嬉しいけど。大体こんな仕掛けをしたところで……
「ぎゃあああああ!!」
したところで……
「いやあああああ!!」
したところ……で……?
「ひいいいいいい!!」
……あれ?結構……人気?
───────────────────────
「アアアァァァ……」
「いやあああああ!!助けてお兄ちゃ~~~ん!!」
灰色のお団子ヘアの女の子が、あたしの前から逃げ出す。……怯え方が尋常じゃなかったけど、大丈夫かな?
「……」
でもなんだか複雑……あたしたちは怯えさせることで満足感を得てるけど、他の人はどうだろう。
まぁ、お化け屋敷だから……いいのかな?
「しかし、来ませんわね……」
「え?」
「緑川氏がお世話になっている先輩方です。もしや皆、お化けが怖い……などとは言わないでしょうね?」
そんなわけがない!と、言おうとしてやめた。理由?
黒嶺先輩はものの見事に当てはまるからだ。
『くしゅんっ!』
「む……そろそろ午後2時になりますわね。おなかがすくはずです。わたくしが買ってきましょうか?」
「ん~……とりあえずそろそろ休憩したいよね。悪いけど、お願いできる?」
「わかりましたわ。すぐに買ってきます。……希望はありますか?」
「そうね……2年A組の焼きそばで。あ、お金は出すね」
西園寺に金券を渡すと、西園寺は来ていた白装束を脱いで教室を出て行った。……もちろん、白装束の下はちゃんと制服。
と、そこで合図の高笑いが聞こえた。
「よっと」
再び天井に吊り下げられる。……もちろんこれも父さんが仕組んだもの。
「……」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あれ?ちょっと遅いな。それに……何だか騒がしい。何かあったんだろうか……
……しばらく経って、ようやく足音が聞こえてくる。
「やっと最後か……」
それと同時に、なんだか妙に高い声が近付いてくる。
「……アアアァァァ……」
まぁ、どんな相手でもあたしは最善を尽くさないと。あたしはそのまま『それ』を待った。
「アアアァァァ……」
「ん?」
「アアア……」
そしてあたしの目に飛び込んできたのは……
顔や体を血(のり)まみれにした、頭が丸くて、体がペンギンのような……血のりがかかってまるで、魔物のような……
「あああああぁぁぁ!!」
あたしはお化けとしてでなく、緑川 麻沙美としての悲鳴をあげて……
スポッ
その瞬間、バランスを崩して吊り下げられたロープが緩んでしまった。
「あぶなっ……!?」
ドスン!
落ちた拍子に、仮面がずれて……
「……!」「……」
あたしはその着ぐるみに、思い切りキスをしていた。……しかも、口同士で。
「緑川氏~!焼きそば買ってき……」
そして出口側から入ってきた西園寺に……その姿を見られた。
「……!?ち、違う!?違うよこれは!?」
「わ、ごっごっごめんなさい!ごめんなさいペンよ~~~!」
そう言うと着ぐるみは猛スピードでお化け屋敷を抜けていった。
「……」
その後ろ姿を見た西園寺とあたし……
「な……なんだったんですの……?あれ……?」
「う、うん……」
着ぐるみ越しとはいえ、見ず知らずの人とキスしてしまった。その事実が、あたしの頭の中でグルグル回る。
「と、とりあえずこちらを」
焼きそばを取り出す西園寺。
「……あんがと。2年A組は、どんな感じだった?」
「いや、なんだか中庭で別のクラスと揉めてたみたいでしたわ。何だか男の子がA組の男の子に喧嘩を売っているみたいで……」
男の子……あぁ、白枝先輩だ。
『ぶぇっくし!』
「それで……灰島氏はどこに?」
「灰島先輩……?なんで灰島先輩の名前が出てくるの……?」
「わたくしは言ったはずです。あなたと灰島氏の恋路を応援すると。なのに……」
「なのに……?」
すると西園寺は腕をバタバタと動かし始めた。
「なんでも、わたくしのパパもママも緑川氏のお父さんも、今日灰島さんを一度も見ていないのです!」
「うん。それが……?」
「それが!?あなたは灰島氏に思いを伝えるのではないのですか!?」
……ん?
「まさか……お父さん、あなたのお父さんに」
「え!?違うんですか!?今日の後夜祭で灰島氏に思いを伝えるものだと、あなたのお父さんから」
「声が大きい!声が大きいから!」
慌てて口を抑える西園寺。すでに結構手遅れだと思うなぁ。
ひとまず着替えて、廊下に出て焼きそばを頬張る。
「じゃあ、誰も灰島先輩を見ていないの?」
「登校したのは確認してるんですが……わたくしのパパやママも、灰島氏の事を一度も見ていません」
何かあったんだろうか?灰島先輩の身に。あたしは少し心配になってきた。
「……」
決して、後夜祭のジンクスにあやかって、灰島先輩と……
灰島先輩と……
……何を考えているんだあたしは。
灰島先輩が自分の彼女なんて、あたしがついた嘘じゃないか。青柳先輩、黒嶺先輩の前でも言ったし。
そう、自分のついた嘘……
「どうされました?緑川氏」
「あ、いや……その……」
そうさ、自分で……ついた嘘。だから灰島先輩に、本来近付くことさえも許されないんだ。
だから、ジンクスに頼ることだって……
「あ、あさちゃん!」
そこに、赤城先輩が通りがかった。
「あれ?赤城先輩?どうしたんですか?」
「がり勉君見なかった!?」
「灰島先輩?」
2人とも首を横に振った。
「困ったなぁ。がり勉君……」
「着ぐるみを直す人が来たから急いで探さないといけないんだけど……」
その瞬間、あたしはびくりと肩を動かした……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます