06 ENDmarker.
それからも、彼と屋上で過ごした。
特別なことはなかったけど、ふたりで、一緒にいた。
彼の隣で、校庭を眺めて。
そして、その日が来た。
目覚めたときから。雨であってくれと、願った。
外は、曇り。雨は降りそうになかった。
彼は、たぶん。今日。誕生日に、飛び降りるのだろう。そしてわたしは、それを止めることができない。
彼の腕。脚。傷。それを、わたしが癒すことは、できない。きっと、本当の傷は、身体じゃなくて、心にある。
通販で買った、誕生日プレゼント。
わたしの分も一緒に持って、学校に向かった。
泣きそうだけど、がまんした。彼の前で泣いてしまったら。彼のやさしいえがおを、曇らせてしまうから。
屋上。
彼がいる。
「今日は、早いね」
「あなたも」
屋上を眺める、彼。
雰囲気が、いつもより、濃かった。濃密な、生の終わりの気配。
「あの」
誕生日プレゼントを。
渡した。
「誕生日。おめでとう」
「ありがとう。うれしいな」
彼がやさしく、ほほえむ。
ふれたらこわれてしまいそうな、笑顔。
「鞄か」
「背負ってみて」
リュックサック。
「おお。ちょっと重いけど、いい感じだ」
「背負ってて。最期の、ときまで」
彼。
「わたしには、止められないけど。でも。すこしでも、ほんのすこしでも、あなたと一緒にいたい、から」
泣かないように、こらえた。
「わたしも行くって言ったら、あなたは止める、よね?」
「ああ。飛び降りたいのは俺であって、きみじゃない」
「だから。お揃いの鞄で。がまんします」
「きみも買ったのか」
「二個セットだと通販で安かったので」
袋を破いて、リュックサックを背負う。
「おそろい」
「そうだね。おそろいだ」
彼とふたりで。
屋上から。
校庭を眺める。
「正義の味方に、つかれたんだ」
彼。ぽつぽつと、喋りはじめる。
「最初は、きみと同じように、飛び級システムを使うためにこの高校に来た。正義の味方に時間を割きたくて」
彼の顔。校庭のほうを向いている。
「でも、正義の味方に、つかれて、ここの景色を見て。勉強をする必要が、なくなってしまったんだ。ここから飛び降りれば、きっと楽になれる。正義の味方なんかやめて、自分のことを、終わらせられる。そう思った」
今なら。彼は見ていない。
涙を、流した。静かに。音もなく。泣いても、気付かれないように、そっと。
「最期に、きみに会えて。うれしかった。たのしかったよ。ありがとう。最期に会ったのがわるいやつじゃなくて、きみで、本当によかった」
彼。
フェンスを軽やかに飛び越えて。
その向こうへ。
消えていった。
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