第1話 封印の洞窟と聖剣(オレ)-前編-


 そして、目覚めたオレは“錆びた剣”に転生していたのでした。


(だ・か・ら、なんでやねええええええええんんんんんんんんんんっっっッッッ!!!!???)


 怒りと不安を吐き出すように、また絶叫してしまった。


 絶叫したくなる気持ちを察してくれ、理解してくれ、解るだろう。

 転生してくれるのなら、また人間に転生してくれるのが普通でしょうに、当然でしょうに。


 よしんば人間でなくても、エルフとかゴブリンとか異世界ファンタジーならではの生命体とかに転生して欲しかった。


(いや、ゴブリンとかモンスターはちょっと嫌だが……そう期待するものだろうに。なぜに剣に転生!? しかも錆びているし……人の気配がまったくない洞窟にいるし……もうダメだ。お終いだ。ここから、どうすりゃいいんだよ……)


 転生してすぐに文字通り手足が出せずに動けない。もはや詰んだ状態だろう。


(このまま何もできず、寿命を迎えてしまのかな……死んだら今度こそ、ちゃんとした異世界ファンタジーに転生して、異世界ライフを満喫できるだろうか……)


 しかし、この状態になってから、長時間何も口にしていないというのに空腹というものを感じたことは無い。


(もしかして、餓死とか寿命とかない?? そもそも、この身体は死ねるのか? でも、剣身は錆びているしこのまま朽ちていけば……)



 ◇◆◇



 剣とかの物質に命はあるのだろうかと哲学的なことを考え、今度転生したらどんなモノに生まれ変わりたいとか願望をめぐらせては、幾歳月いくとしつきが流れたのだろうか。


 残念ながら、オレはまだ生き永らえていた。


(どうやら、本当に剣なんだ……)


 いかんともしがたいと絶念ぜつねんして、ただの錆びた剣としての人生…いや剣生けんせいまっとうしようと覚悟を決めた時だった―――


(ん?》


 遠くの方で、地響きと共に何かが崩れる音が響き渡った。

 しばらくして――


「なにか宝が残っているかと思ったけど、これまでまったく無かったな……」


「“封印の洞窟”と言われているけど、数百年前から存在している洞窟だし、あらかた宝は取り尽くされているでしょうね。壁が崩れた先のここに何も無ければ、ただの骨折り損のくたびれ儲けね」


「もう、ここで宝探ししている冒険者なんて居ないでしょう」


「今はレベル上げの為に、洞窟に棲み着くモンスターを倒すのがメインだにゃ」


「今更ながら、なんで“封印”の洞窟という名称が付いているんだ?」


「なんでも数百年前に凶悪な魔物を封じ込めたといういわれがあるところよ。だけど、この何百年、色んな冒険者がこの洞窟を探索・探検したけど、凶悪な魔物を見たことも遭遇したこともないけどね」


「確かに。遭遇したのが、よくてレッサートカゲの魔物ぐらいだったな」


 “人”の話し声が聞こえてきた。

 声からして複数の男女のようだ。


 いつ以来の人の声が枯れ果ててしまったオレの心に染み渡るようだった。


 声の主たちが持つ提灯らんたんの明かりで照らされて、その姿を視認できた。

 男1人に女3人の若者。


 その者たちは剣や杖を手にしており、革の鎧やローブといった如何にも冒険者な衣服を着飾っていた。

 どこからどう見ても冒険者一行パーティだろう。


「あ、あれ……」


 金属製の胸当てなどの軽装の鎧 (スケイルアーマー)を身に着けた女性 (腰にぶら下げている片手剣から見て女剣士のようだ)が、地面に突き刺さっている錆びた剣オレを指差した。


「剣? なんでこんなところに剣があるんだ?」


 と大剣を背中に担いでいた男の冒険者が呟いた。


(オレもそう思う)


「ひどく錆びているわね……」


「もしかして、封印の洞窟の名称の理由は、この剣が封印されていたからじゃないのか?」


「そんな大仰おおぎょうな剣には見えないんだけど……。ねえ、鑑定の魔術で調べることは出来る?」


 そう女剣士が、とんがり帽子を被り、メガネをかけている杖を手にした女性に話しかけた。


「鑑定するほどでもないわ。特段、その剣から変な力を感じないし、ただの剣よ」


 そっけなく答えたとんがり帽子の女性は特徴的な身体部分があった。

 耳が長く尖っていたのだ。


(まさかあれって、エルフ耳ってやつでは? ということは、この魔道士っぽい格好している子はエルフ!? メガネをかけたエルフ!!)


 若干イメージとは違うが、初めて異種族を目にして長い歳月に失われたテンションが上がっていく。

 そして、彼女の背後にいる肌の部分を多く露出した軽装の服を着ている女性もまた特徴的な身体部分があった。


 頭に獣のような耳があり、大きなふわふわとした尻尾が見えた。


(獣人的な何かだあ~~~!!)


 真っ暗闇で孤独だったオレは最高潮に達してしまった。

 あの透明人間 (正しくは透明ではないので、今後は“門前の小僧”と呼ぶことにした)が言っていた通り、ここは確かにファンタジーな異世界なのだろう。


 冒険者たちは周囲を見渡す。

 どうやら、おかしな点は錆びた剣ぐらいだけだった。


「宝箱や鉱物とかは無しか。とりあえず、この剣を持ち帰って売るか。二束三文だけど、少しは値段がつけばいいだろう」


 男冒険者は錆びたオレを抜こうとするが抜けない。

 渾身の力を込めて抜くが――抜けない。


(頑張れ! オマエが抜いてくれたら、ここからオサラバが出るんだ。フレー!フレー!)


 錆びた剣なので、もし変えられて武具屋に売られてしまったら、一度剣身は溶解されて再鍛錬されるということはつゆ知らず、オレが精一杯応援したのにも関わらず、抜けてくれなかった。


「もう何やっているのよ」


 見かねた女剣士が助太刀に加わり、一緒に柄を握り締めた。


(ん? なんだ?)


 女剣士が握っている箇所だけ気持ち良い暖かさが伝わってきた。


「せーの、で行くよ」


「わかった。行くぞ!」


「「せーの!」」


 男冒険者と女剣士がちからを込めて引くと、


--スッポン!


 と気持ち良い音と共に錆びた剣を引っこ抜けた。


(オレ、大地から解放!)


 抜けた拍子で、勢い余って二人は尻餅をついてしまう。


「あ痛たたた。もう、何やっているのよ」


「スマン、スマン。それじゃ、さっさっと……!?」


 錆びた剣を抜いた箇所から急激に重々しく黒い霧が噴き出した。

 普通の霧ではなく、邪悪な魔力に満ちており、冒険者たちは全身が凍りついたように身体が震えだす。


 誰もが危険を察知して、今すぐにでもこの場から離れなければと思うが、霧から発せられる威圧におくして一歩もそこから足も身体も動かせなかった。


 噴き出した黒い霧が一箇所に集まりだし、ゲームや漫画でよく見るようなドラゴンのような姿を形成していった。


「オマエタチカ・・忌々シイ封印ヲ解イテクレタノハ・・・」


 ドラゴンの化物は人語を話せるようで、言葉を発する度に空気が激しく振動して、冒険者たちの身体をより震わせる。


「なに……ガッ!」


 男冒険者が勇気を出して発言した矢先、ドラゴンのような生物は己の尻尾でしならせて、男冒険者の心臓を突き刺した。


 尻尾の先端は鋭利に尖った形状をしており、身につけていた鎧は紙切れのように難無なんなく身体をつらぬいたのだ。


 男冒険者は数度痙攣けいれんした後、ピクリとも動かなくなり、あっけなく絶命した。


「ツイ殺シタガ・・マア、ヨイカ・・・オトコハ不味イカラナ。ワレハ“邪神竜・ヴィルガライズ”ト呼バレシ者。我ノ封印ヲ解イテクレタ礼ニ、我ノにえニシテクレヨウ」

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