ポンタ 1388字/30分

 吐き気がすると思ったら、おろおろと口から竜が出てきた。ただの風邪ではなかったようだ。

 竜はポンタと名乗り、私の心から生まれたと言った。どうやら私の心は竜を飼っていたらしい。

 ポンタはそれから私と一緒に暮らすようになった。他の人間にはポンタの姿は見えないらしく、説明しても頭がおかしくなったと思われるだけだろうから誰にも言っていない。

 ポンタの好物はビーフシチューで、それからうちのメニューはビーフシチューが多くなった。私もビーフシチューが好物だから問題はない、むしろ私から産まれたからポンタはビーフシチューが好きなのだろう。

 ポンタには翼は無く、けれど空中を泳ぐように飛び回った。すらりとした長い胴をくねらせる様は優美で、見惚れているとあっという間に時間が経った。

 部屋に引きこもっていた私だが、ポンタを散歩させるために外に出るようになった。散歩すると太陽は眩しくて、目がしばしば痛んだが、すぐに慣れた。

 私が外に出るようになったのを友人や家族は喜んでくれたが、私はポンタのことを説明しないままだった。ポンタのために外出しているだけで、私の性根がただされたわけではない。そう言ったら落胆させると思った。

 ポンタは何も知らないのかそれともわかっているのか、ただゆらゆらと空中を泳いで、たまに私を見詰めた。夜空に吸い込まれるような心地がした。



 ポンタを連れた外出先で竜を連れている人を見た。その人は自分の竜に気付いていないようだった。

 真っ赤な鱗と、捻れた角を持つ、凶暴そうな竜だった。ポンタはなんだか怯えているようで、私の後ろに隠れていた。

 あの人も竜を吐いたのだろうか。あの竜はあの人の心から産まれたのだろうか。だとすれば、あの人は凶暴な心を隠して暮らしているのだろうか。

 色々と考えながら帰路へついた私の頭上で、くるりとポンタが回った。

 それからちょくちょく外で竜を見かけるようになった。だがやはり私以外には竜は見えていないようで、なんだか優越感を覚えながら私は街中を散歩した。

 いつもポンタはきょとんとして何もわかっていないようだったが、私はどきどきと胸を高鳴らせていた。部屋に引きこもっている時には味わえなかった高揚感に、なんだか自分がまともな人間になれた気がした。



 ある日ポンタがいなくなった。必死で探し回る私に、友人が、もう諦めろと言った。

 どうしてだと食って掛かる私に、友人は、ポンタは竜なんかじゃないと言った。お前の心がじくじくと膿み爛れた末に産まれた悪しき蛇だと。

 私は愕然とした。知っていた、私の心は竜を産めるほど美しくはないということは知っていた、けれどもポンタを産めたから私も悪くない生き物なのだと思うようになっていた。

 だから私はポンタがいとおしかった。私の醜さを反証明してくれる彼に執着していた。ああ、最近の友人が私を悲しげに見ていたのは、それに気付いていたからなのだろう。

 けれども私はそんな友人を罵倒し、街中へと駆け出した。ポンタを探す為に。



 何日か経って、ポンタの夢を見た。艶々した青い鱗、美しく湾曲した爪、宇宙のような瞳。

 ああ、もうポンタは戻って来ないのだ。

 予感を確信に変えて、私は少し泣いた。

 同刻、誰も知らない場所でポンタは青々とした鱗をきらめかせて、夜の空へと溶けて消えた。

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