即興小説集

新矢晋

今日、世界が終わります。 999字/30分

 今日、世界が終わる事になった。

 芸術家も思想家も老いも若きも世界の終わりを様々に夢想してきたけれど、その「終わり」はきっと彼らが思ったよりあっけなくあっさりとしていた。

 僕たちは増えすぎた。そして憎みすぎた。僕たちはどうしようもなく愚かで、だからもう自分では終われなくなっていた。

 ママが終わりを決めた朝、怒ったり嘆いたりと僕たちは忙しかったけれど、午後にはいつも通り世界は回っていた。工場は必要の無い赤ん坊を作っていたし、僕は疑似AIを組んでいた。

 ママは僕たちより僕たちの事を知っていて、そのママが僕たちは終わるべきだと決めたのなら間違っていないと思う。まだ反抗期を抜けていないひとたちはママに文句を言ったり殴り掛かったりしたけれど、パパや兄弟たちがママを守り、彼らの反抗期を終わらせた。

 僕はママの用意してくれた寝床に潜り込み、パパは僕の頭を撫でた。僕はいつものように安心して眠りについて、だから、どんな風に世界が終わったか知らないんだ。


 ……M.A.M.というプログラムがある研究者によって生み出されたのはつい百年ほど前の事。

 増えすぎた人類を管理する為に生み出されたそのプログラムは、どんな政治家よりも完璧に社会を動かした。

 人口は一定数に保たれ、赤ん坊は工場で培養され適格者へと配布される。その価値が一定水準を下回ったと判定された人間は回収され煮溶かされて再利用された。

 「ママ」はしかしこの管理を強要はしなかった。反乱者は人間自身の手によって鎮圧された。

 人類は絶望していた。倦み疲れていた。自己判断自己責任にすり減らされていた。だからママに全てを委ねた。


 整然と並ぶ建築物を見下ろすのは、高空域を飛行するママ。

 人間による管理を必要としないママは、だからこそ中立で、完璧な管理者である。

 ママのかいなが衛星起動砲を手繰り寄せ、地上へと照準を合わせた。

 地上ではパパがとても小さな、茶色の、かつて滅んだ文明において「無線機」と呼ばれたものを操作して、衛星軌道砲の狙いを調整し、薄く笑った。


 ママのお腹の中には何も入っていないって、パパが書いたプログラムはたったの一行だけだって、誰も知らなかったんだ。

 パパはちょっとしたゲームをしていただけだって、ラムを一杯賭けてただけなんだって、誰も知らなかったんだ。


 そして世界は白い光に溶けて消えた。

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