第220話 黄泉下りは神話の華

 たまちゃんの儀式が完了し、冥界への大穴が開く。


 黄泉の国の入り口までやってきた俺たちの視界をを塞ぐのは、巨大な岩。


 イザナギが黄泉から逃げ出す時に、この世とあの世の間を塞いだやつだ。


 岩は千人がかりでないと動かせないと言われるほどの大きさだけど、俺たちはみんな落ち着いていた。


 兵士娘ちゃんの一人が土属性の異能を使い、梃子の原理で岩を軽く浮かせて、残りのメンバーが横から一撃を加える。


 それだけで、大岩はあっけなく転がり、冥府への侵入口が露わになった。


 襲撃はない。


「サファさん、どんな感じ?」


「んー? みんなかくれんぼしてるよー?」


 まあ、敵さんもまずは様子見か。


「そっか。俺たち、イザナミっていう女のヒトに会いたいんだけど、居場所を探れるかな。神様だから、すごい力を持ってる存在がこの先にいると思うんだけど」


「んー、蛇さんをたくさん飼ってる女のヒト? なんかすごく怒ってる感じがするよ?」


 サファちゃんが虚空を見つめて呟く。


「そうそう。その人。仲直りしたいから、案内してくれる?」


「わかったー」


 サファちゃんは無造作に黄泉の国に一歩踏み出した。


 残る全員が装備品のヘッドライトを点けて、後に続く。


 たちまち色のないモノトーンの世界が眼前に広がった。


 小石や枯草くらいしかオブジェクトが存在していない、無味乾燥で荒涼とした景色ではあるが、思ったよりもグロさはない。


 てっきり、前のメアリー・スーの収容施設みたいな悪臭漂うお腐れな世界を想像していたが、臭いもない。無臭過ぎて逆に不自然なくらいだ。


 ただ――


(なんか気分が妙に落ち込むわ)


 梅雨時にずっと部屋にこもってるみたいな。


 もしくは、雪国の冬のような。


 日照量が少ないと鬱になるらしいけど、それを凝縮したみたいな気塞ぎを覚える。


「すごく空気がいいところだねー。サファ気に行っちゃった」


 一方、俺とは真逆の感想を述べて、ハイキング気分で深呼吸するサファちゃん。


 そりゃサファちゃん的にはMPが無限供給されてるような状況だからな。


 地形効果◎だ。


(俺一人だったら速攻自殺してるかも。やっぱり人が来るところじゃないな)


 兵士娘ちゃんたちが異能で守ってくれているし、サファちゃんが人間空気清浄機となって瘴気を浄化――ではなく吸収してくれているからこんなもんで済んでるけど。


「お兄ちゃんは楓が守ります」


 楓ちゃんが短刀を両手に持って、周囲を警戒しながら言う。


 楓ちゃんも属性は闇だから、サファちゃんほどではないけど得意なフィールドではあるよね。


「ありがとう。頼りにしてるけど、俺も楓を救うために、軍隊を育てたんだ。無理はしないでくれ」


 俺はそう言って、楓の肩を叩いた。


 アイちゃんがそんな俺たちを横目に見て、薄く笑う。


 いつものようにからかってくることもなく、冷静に闘志をみなぎらせてる感じだ。


 その真剣な雰囲気が、この先に待つイザナミの強大さを示唆しているようだった。


「♪ ♪ ♪」


 サファちゃんが鼻歌を歌いながら、ご機嫌で俺たちを先導する。


 っていうかこれ、『暗い日曜日』か。自殺の聖歌として有名な、聞くと呪われるという噂の。


 相変わらず分かりやすく闇属性だな。


「あっ」


 そんなことを考えていると、サファちゃんが唐突に足を止めて、地面を指さす。


「キシャアアアアアアア!」


 直後、地面から飛び出してくる影。


 ダダダダダダダダダダ。


 兵士娘ちゃんたちは一ミリも動ずることなく、ホラー映画なら失格級のノーリアクションで、発砲する。


「ヒギャアアアアアアアアアア」


 黒板を引っかいたような耳障りな絶叫。


 発砲が止んだ後、手足をばたつかせてのたうち回っていたのは、恐ろしげな形相をした鬼女だった。


 もちろん、特定力がすごいという噂の某掲示板の住民でもなく、猿轡噛まされたレジェンド漫画主人公の妹でもなく、そのまんま鬼女である。簡単に言うと、昔話に出てくる山姥のようなイメージだ。


「ヒギャ! ヒギャギャギャギャギャ……」


 鬼女は身体を穴だらけにしながらも、黄色く濁った目をギョロギョロさせて必死に起き上がろうとする。さすがはアンデッド系。殺し切るのは中々難しい。しかし――


「わー、おばあさんだー。おじさんはいっぱい手に入るけど、おばあさんって意外とレアかもー。サファとお友達になりましょ?」


 サファちゃんが鬼女に手をかざす。


「アガ、アガガガガ、ガガガガガガガガガガ」


 身体をビクンビクンさせて白目を剥く鬼女。


 ただ今絶賛寝取られ中です。


「はい。これでもうサファのお友達ー」


 サファちゃんが満面の笑顔で拍手した。


「アガ」


 洗脳完了状態になった鬼女が、サファちゃんに付き従う。


 鬼女よりも幼女の方が残酷だったりするのは二次元あるあるだよね!


「お名前はー? ……ヨモツシコメ? んー、なんかかわいくなからヨモシーね?」


 サファちゃんが一方的にそう宣言する。


 こうして俺たちの仲間に編入された黄泉醜女こと、ヨモシー。


(にしても、改めて考えると黄泉醜女ってネーミングがあんまり過ぎない? 俺の元いた時代ならこんなあだ名つけたら即炎上よ?)


 まあ、本来、醜女は不細工を指すものではなかったらしいけどさ。


 その後、二度ほどこちらの戦力を探るような小規模な襲撃があったが、それ以降はぴったり止んだ。増えてく愉快なババア友達たち。


 つまりは彼女たちは偵察目的の斥候で、こちらの戦力を測ったというところだろう。


 本来、敵は不死の軍勢を所持しているので、緩慢なく波状攻撃を加えられると、生身のこちらは圧倒的不利になる。


 でも、今回はこっちにはサファちゃんがいるので、倒したアンデッドは乗っ取って友軍に変換できる。


 攻撃が止んだのは、敵がそのことを察したためだろう。


 中途半端に小出しにして乗っ取られるくらいなら、決戦戦力として温存して一気に畳みかけた方がいい。そう考えているのだろうか。


 だとすれば、やはり神は賢い。戦術が堅実だ。


 急ぎもせず、怠けもせず、俺たちは行軍を続ける。


 やがて、モノクロの世界に色が生まれた。


 ぶどうの樹。鮮やかな緑色の葉と、濃厚な紫色が目を引く。


 いかにもおいしそうな葡萄は、遥かなる時を経ても、いまだたわわに実っていた。


 詳細は省くけど、これはイザナギ様が黄泉から逃亡する際に作ったデコイみたいなものだ。


 この死に満ちた世界では、比較的生よりのスポット。ゲームでいう所のセーブポイントのようなものかな。


 俺たちは警戒しつつも、軽く休憩を取ることにした。


「グギギギギギギギギギギギギ」


「そっかー。この葡萄食べてたら、ターゲットに逃げられちゃったんだー。仕方ないよー。ここお菓子とかなさそうだし、お腹も空いてたんだねー。サファがいっぱいおいしいものを食べさせてあげるから、お茶会を楽しも?」


 サファちゃんはそう言いながら、闇の空間からティーセットを取り出した。


「ファガガガガガガ」


「シャギャギャギャギャ」


「ババババババババ」


 マカロンや葡萄を摘まみながら、サファちゃんとヨモシーたちとのキャッキャうふふのガールズトークが始まる。


 俺には雑音にしか聞こえないが、会話は盛り上がっているようだ。


 その間に、アイちゃんと兵士娘ちゃんたちが、最後の装備の点検をしている。


 イザナミはもう近い。


 鈍い俺でも、本能がその存在を感じている。


 全ての生物が抱く死への恐怖は、いくら取り繕うとしても否定することはできない。


「ユウキお兄ちゃん、お顔が怖いよ? サファと一緒にお茶会でリラックスしよー。この葡萄もおいしいよ」


 サファちゃんが葡萄を一房採って、俺の方へと差し出した。


「ありがとう。でも、途中でトイレに行きたくなったら困るから、今はなるべく口に食べ物はいれたくないんだ。遠慮しておくよ」


 俺は自身の顔マッサージして、笑顔を作りながら言った。


「はあ。全く、そんなのお兄ちゃんが口にできる訳ないじゃないですか。冥府の食物を食べて無事でいられるのはサファだけでしょう」


 楓ちゃんが呆れたように溜息をつく。


 その通り。


 黄泉戸喫よもつへぐいはダメゼッタイ!


 ガムをもらうみたいなノリでこれを食べちゃうと、その時点で黄泉の国の住人になることが確定してゲームオーバーだ。


 こんな些細な所にも死亡フラグはひそんでいるんですね。


 まあ、正確には黄泉の火で料理されたものじゃなければセーフな可能性もあるのだが、無駄なリスクは冒せない。


「いよいよねぇ……」


 アイちゃんは独り言のように呟いて、銃器を葡萄の木の根元に置いた。


 ここから先は、小手先の科学が通用する世界ではない。


 そういうことだ。

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