第217話 人の驕り、神の過ち(2)

「隊長を援護します!」


 副隊長級の兵士娘ちゃんが地面に手を当てる。


 神には及ばないものの、押しつぶされる前に大地の隆起を抑え込むことに成功した。


 結局、残された高さは三メートルほど。普通の部屋よりちょっと高いくらいの感覚だ。


 イザナギの姿もそれに伴い、普通の人サイズになったが、弱くなった感じはない。


 ドラゴンボー●のセルの最終形態みたいに力の凝縮された感がある。


(逃げ場を塞がれたか……)


 アイちゃんの回避力がすごいなら回避できるスペースそのものをなくしてしまえばいい。


 そういうことか。


(合理的な詰め方に思えるけど、アイちゃんは大丈夫だろうか)


 アイちゃんの力を正確に推し量るのは難しいが、メキシコの人口は大体1億2000万人程度。ちょうど日本の人口と同じくらいで、力そのものは釣り合っている。いや、メキシコ以外の旧アステカ文明の勢力圏の人口も加味すると、若干アイちゃん有利とも言えるかもしれない。


 でも、ここは日本で、しかもイザナギを祀った聖地である。


 となれば、当然、地の利はイザナギにある。


 結局、総合したらトントンかなあ。


「接近戦上等ぉ! さっきのダサい鉾雑魚チ●ポよりは楽しめそうねぇ?」


「遠つ国のまつろわぬ神の巫女よ。なぜ神意に沿わぬ。そなたの神は戦を求めてはおるまい」


 イザナギがレスバをしかけてきた。


 中々痛い所をついてくる。


 アイちゃんが日常的にパワーを借りてるケツァルコアトルは、文化神であり、農耕神である。


 ケツァルコアトルは人を生贄にするのをやめさせたというエピソードがあるほど平和的な神様なので、本来はあまり戦を好まない。


 でも、アイちゃん的には『平和的=コストを要求しないし、使い勝手のいい神』ということで、彼女に悪用し倒されている。


「ちっ、余計なこと言うから出力が落ちたじゃなぃ、うっさいわねぇ。そんなに言うなら、生贄と戦いが大好きな方にしてあげるぅ」


 アイちゃんはそう言って、自らの親指のつけ根を噛む。そして、滲む血で、目の下に化粧を施した。


 刹那、アイちゃんの髪と爪が赤黒く変化し、羽が失せる。


 代わりに、黒い猫耳と尻尾が生えてきた。


 アイちゃんが四つん這いの低い姿勢イザナギに襲いかかる。


 決して黒猫のコスプレではなくこれは――


(おっ、テスカトリポカモード)


 俺はレアなアイちゃんの姿に目を見開いた。


 テスカトリポカは、ケツァルコアトルのライバルとされるアステカの神の一柱である。


 猫っぽく見えるが、あれは実はジャガー。

 こっちは割と生贄大好きな、アイちゃんの嗜好ともばっちりな感じの神様だ。ただし、代償がエグめなので、日頃はあんまり使っていないようだ。


 ま、簡単に言うと、スピード型からパワー型に切り替えた感じかな。


 確かに肉弾戦ならこちらの方が適しているか。


「必ずや報いがあるぞ。人の都合で、神威を弄ぶとは」


「それが人ってもんでしょうがぁ! そもそも、生まれたばかりの我が子をノリでブチ殺すアンタにアレコレ偉そうなことを言う資格があるのぉ?」


「黙れ! 人の――異国の童に我の何が分かる!」


 イザナギが金剛杵を振りかぶり、アイちゃんに襲いかかる。


「もしかして、クリティカルヒットぉ? 事実陳列罪ぃ?」


 アイちゃんが易々とそれを受ける。


 たちまちルール無用の激しい近接戦闘が繰り広げられるが、魂を乱したイザナギの攻撃はどこか精彩を欠いていた。


(アイちゃんは容赦ないなあ。あれは嫌な事件だったね)


 イザナミはカグツチという炎の神を産んだせいで、陰部が焼けて死ぬ。そのことにブチキレたイザナギはあろうことか、遺児のカグツチを切り殺してしまうのだ。


 まあ、俺もさすがにアレはどうかと思ったよね。日本神話だとスサノオの乱行が話題になりがちだけど、イザナギパパも結構ダメ男だよなあ。


「誰も成したことのない難行だったのだ! 何もわからず、助けもなく、我は、ただイザナミと二人で、この国を、それがどれほど辛く厳しい道のりだったか――」


 国産みの苦しみを切々と語るイザナギ。


 彼が地団駄を踏めば、足下の大地がまるで神話の再現のように日本列島の形に縁どられていく。


 やがて、人を除くありとあらゆる動物がそこからボコボコと生まれ出した。


 日本神話に限らず、国産みは大変な仕事だ。すんなりいくことはまずない。


 代償を支払い、苦心の末、ようやく天地創造は成るのだ。


「タイマンに雑魚を持ち込んでくるなんて無粋な奴ぅ!」


 アイちゃんが目から、某巨神兵かオタクショップのマスコットのような熱線を射出して、動物を薙ぎ払っていく。動物とは言っても、神使扱いなので、一応半神みたいな感じだと思うんだけど、瞬殺だな。


よろず全てに長けた神などおらぬ。そのような神を人の子は愛さぬ」


 イザナギはアイちゃんから距離を取り、冷静にアイちゃんを観察している。


 陸の動物を大方作り終えると、次は川や海の生き物に移った。


「っつ」


 その内の一匹を見た瞬間、アイちゃんが一瞬、足をガクつかせた。


 2億年もの昔から、その姿を変えていないと言われる爬虫類。


 刺々しい肌、鋭い牙に、黄色く濁った瞳。太く筋肉質な尻尾――鰐だ。


「ふむ。そなたの神は鰐を忌むか。我は遠つ国の神は知らぬ。されど、その苦労はしのばれる」


 とかいいつつ、鰐を量産し始めたイザナギ様。


「チッ、神のクセにセコイ戦い方をするわねぇ!」


 テスカトリポカは創世の時、鰐の神様に足を食いちぎられた過去があるので、苦手としているのだ。鰐に足を食いちぎられたテスカトリポカの苦しみを慰めるため、古代アステカ人は生贄を捧げるようになったらしい。


(クロウサといい、テスカトリポカといい、鰐が苦手な子が多いね)


 なぜ日本神話で鰐が出てくるのか? 日本神話のワニはサメのことじゃないのか?


 これは実はエジプトのミイラ女との関連で、神話には裏の裏があり、ぬばたまの君の呪いは地縁に縛られた矮小なものではなくワールドワイドであることを示す伏線――って、気を散らしてる場合じゃないか。


「神の苦しみを知るが良い! 遠つくにの巫女よ!」


 クソパニック映画のごとく、アイちゃんに群がっていく鰐たち。


「――モジャ子ぉ! ロバ子ぉ! 雑魚は任せたわよぉ! アタシの楽しみを邪魔したら許さないからぁ」


 アイちゃんが兵士娘ちゃんたちに呼びかける。


「はい! キワナ! 水を埋めて逃げ場を塞いで! できれば口に圧をかけて」


「わかった!」


 兵士娘ちゃんたちが巧みに連携して、ワニワニパニックを無力化していく。


 イザナギさんは歯牙にもかけない雑魚扱いでスルーしてたっぽいけど、彼女たちもきっちりそれぞれの試練を突破して、雑魚神くらいなら殺せる力を持ってるんだからナメないで欲しいよね。俺を守るため、イザナギのヘイトを買わないように敢えて力を抑えめにしててくれたのよ。今、全開になったけど。


「ぐぬぅ。なぜだ。なぜ、まつろわぬ神々が、ただの人の子に従う」


 イザナギがそこで俺を一瞥する。


 あ、ようやく責任者が俺だって分かっててくれた? よかった。


「……」


 俺は静かに目を閉じて、礼をした。


 雄弁は銀、沈黙は金。


 まだ何か言うには早い。


 交渉はもうちょっとマウント取ってからだな。

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