第216話 人の驕り、神の過ち(1)
こうして無事、宮古島旅行を終えた俺はまたしばらく時を待った。
そして、二週間ほど経った頃――アイちゃんの力の源泉である神のパワーが増す、アステカ歴で縁起の良い日。
真夜中にこっそり起き出して、黒ウサワープでやってきたのは、淡路島にある、
国産み神話によって最初に創られた島であり、色々あってイザナミと離婚することになったイザナギが最期を迎えたとも言われている土地だ。
「……どうしても、いらっしゃらなければなりませんか」
たまちゃんが宮古島の時と同じような儀式を終え、虚空に空いた円い穴をじっと見つめて、不安げに言った。
そう言いたくなるのも無理はない。
俺の鈍い感覚ですら、スムリャーミャーカとは段違いのヤバイ気配を穴の奥から感じていた。
呪術対策装備で完全防備してても、本能が危険を訴えている。
「うん……。俺は、兄だから」
俺はちょっと憂いを帯びた声色で、でも決然と答える。
これでも、本編の楓ちゃんルートよりはマシなんだよ!
行くしかねえんだ!
ついでに、イザナミの方はさらにヤバそうだからこれくらいでビビってられないしな!
強いられてるんだ!
「ご武運をー」
たまちゃんが瞑目して、深々とお辞儀をする。
「近親相姦の負け犬ヒゲ親父ごときに何ビビってんのよ! さっさとぶっ飛ばすわよぉ!」
アイちゃんが爪をジャキジャキ伸ばして意気込む。
異能のケツァルコアトルの爪が、妖しい緑色を放っている。
アイちゃんは日本人ではないので、全く日本神話に対するリスペクトなどはない。
いや、多分、アステカの神の方もリスペクトはしてない気がする。
あくまで力として利用しているだけなのだろう。
「……行こう」
アイちゃんが先陣を切って突っ込んでいく。
俺は他の兵士娘ちゃんに囲まれて守られたフォーメーションで、その後に続いた。
瞬間、空気感が変わる。
凍えるほどは寒くはないが、ひんやりとした気温。
静寂。
空は分厚い鉛色の雲に覆われ、足下は波一つない『
海といっても、深海ではなく、浅瀬だ。
その先にある、巨大な高床式の神殿に、イザナギはただ座している。
黒いヒゲモジャで、彫りの深い男性だ。これは別に神の本当の顔を示している訳ではなく、日本人の平均的なイザナギのイメージを反映しているに過ぎない。
宮古島の二柱は割と普通の人間サイズだったが、こっちはウルトラ●ンかゴジ●並にデカい。神としての力の差が関係しているのか。
その手には、巨大な
ちなみに、この鉾は『
「俺、成瀬祐樹は御柱のご威光により薄命をつないだことに深く感謝しております。しかし、人は人、神は神の理がある故に、妹と交わる禁忌を犯すことはできません。無論、約束も決しておろそかにはせず、代わりに征服せし南の神を捧げ、その約束を果たしたいと思っております」
二礼二拍手一礼の後、俺はイザナギにそう宣言する。
「……」
イザナギは人の分を超えた俺たちの非礼を許さず、無言で鉾を振った。
たちまちに海面が盛り上がり、砂利と水の入り混じった土石流のような怒涛がこちらに押し寄せてくる。
まあ、神様は神様で大変で、毎日、星の数ほどいる人間があれこれ願ってくる訳だから、いちいちその内の一人の言うことなんて聞いてらんねえからな。
でも、まだ本気じゃないな。羽虫を払ってる感じだ。
「マスター、姿勢を低く保ってください」
兵士娘ちゃんが土壁を使って攻撃を防ぐ。
「わかった。苦労をかけるね」
俺は屈み、頭を抱える防御姿勢を取った。
土と土が激しくぶつかり合う轟音。
衝撃波が腹を震わせる。
(イザナギ様は属性としては土+水かな)
風+炎のアイちゃん的には微妙に苦手属性。
でも、アイちゃんは既にアステカの遺跡で洪水の試練をクリアしているので、その手の耐性はついているはず。
「やってくれたわねぇ? じゃあ、次はアタシの番ねぇ!」
異能全開モードになったアイちゃんの背中から、極彩色の羽が生える。
伸びに伸びた髪が紅蓮に染まり、水面に触れた毛先が海水を蒸発させる。
挑発的に突き出された舌はも長く、蛇のように二つに割れている。
(頼むぞ! 進化系アイちゃん!)
例えて言うなら、紅白でかつてはおなじみだった
ケツァルコアトルの化身となったアイちゃんは、そのまま土壁を足蹴にしてはるか上空へ飛び上がった。
「じゃあ、まずは様子見ぃ!」
アイちゃんは荒ぶる鷹のようなポーズで、爪から無数の棘を繰り出す。
アウトレンジからの射撃で削るというのが基本的な戦闘方針だと聞いている。
アイちゃんは回避はすごいけど防御力は微妙なので、妥当なところだろう。
「……」
イザナギはいつの間にか神殿から立ち上がっていた。
鉾を海水に差し入れると、無数の尖った石柱が隆起し、アイちゃんの攻撃を防ぐ。
それはそのまま、不遜な侵入者を貫く神の槍となってアイちゃんへと殺到した。
(おお、マジで異能バトルっぽくなってきた!)
ちなみに、現実世界では大体速すぎて見えない異能バトルを俺が実況できているのは、これが物理的な戦闘ではないからである。あくまでここは神域の霊的なフィールドであるので、精神世界のイメージバトル的なアレになっているのだ。
「地味地味地味地味地味ぃ! 土属性が主人公になれる訳ないでしょぉ! 出世ルートから外れた窓際の負け犬の分際でぇ!」
アイちゃんが色々とヒドい罵倒を吐きながら、石柱を掻い潜る。
さらには手刀でその先端を切り取って、風の力でイザナギに向けて射出した。
(精神攻撃は基本だからね。しょうがないね)
イザナギはイザナミと別れた後、地上に留まった。
神様なのだから、高天原に帰ってもいいはずだが、そうはしなかった。
そして、天皇家の祖先は
まあ、真実は分からないのだが、アイちゃんは敵の力を矮小化するために、敢えてディス気味の見解をとっているということだ。
(アイちゃんは学校のお勉強は嫌いだけど、敵の情報はきっちり調べ上げるタイプだからな)
自分でググったのか、それとも、祈ちゃん辺りに教えてもらったのかな?
「遠つ国の神よ。何故に我が神域を冒すか」
イザナギが喋ったぁ! 声は
アイちゃん――というよりは、その背後にいる神に向けての言葉だな。
ともかく、ようやくこっちの存在を認識してくれたらしい。
羽虫から害獣くらいにはランクアップしたかな?
「いいからさっさと負けなさいよぉ。あんたより元妻の方が強そうだからさっさとそっちに行きたいんだけどぉ?」
「
イザナギが鉾を振り上げて叫ぶ。
刹那、鉾が変形する。二つの王冠をひっくり返してくっつけたような形状。その両側の中心からは、槍の穂先にも似た刃が突き出ている。
(あっ、さすがに怒ってる)
天逆鉾は基本的には武器というよりは、クラフト系のアイテムなのだが、中世辺りからその事情が変わってくる。すなわち、神仏習合が進み、一部の宗教勢力でイザナギと梵天が同一視された結果、天逆鉾も退魔の性質を帯びることになる。
ま、つまり、イザナギも本気の戦闘モードになったということね。
ゴゴゴゴゴゴと、せり上がってくる地面。
大地は無限に広がり、空を押しつぶしていく。
どういう原理か、曇りだったはずの天井も岩へと変わり、下に降りてくる。
このままだと圧死は確実だ。
===============あとがき==============
おふざけかと思いきや、意外に真面目な神話バトル……?
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それでは、どうぞ引き続き、拙作を何卒よろしくお願い致します。
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